女子美の中高大連携授業
京大非医は難関トップ校からは相手にされておらず、地方公立からの進学先としては狙い目だと聞きました。
西の名門京大ですが、近年凋落著しいため、医学部以外であれば比較的簡単に入れると聞きました。
もちろん、あくまで以前の京大と比べての話ですので、それなりの努力をしなければならないのは理解しています。
とりあえず京大に入れれば学部はどこでも良いと考えているのですが、どこの学部が狙い目とかありますでしょうか?
当方、理系志望の高一ですが、文系学部でも全然構いません。
公立を先に減らすのが自然という発想は、制度の成り立ちと教育の役割を見誤っています。
公立は地域のインフラで、社会全体の基盤として機能しています。公立を先に削るというのは、水道や道路を人口減だからと先に壊すような話で、社会の耐久性を自ら削るのと同じです。
少子化で学校が過多になるのは事実ですが、自然淘汰という言葉で片付ければ、教育を市場原理の消費財へと矮小化します。
私立は選択の自由として存在し、公立は社会の土台を支える役割を担う。両者は同じ土俵にありません。
人口構造が崩れつつある今こそ、どこを残すかではなく、どの教育機能を未来に接続するかを考えるべきです。
学校の数を機械的に減らすという発想ではなく、地域ごとの教育需要、移動負担、学びの格差、デジタル環境の違いといった要素を統合して判断しなければ、将来の人的資本は確実に痩せ細ります。
私立が生徒減で閉じるのは市場の力学として当然ですが、公立を市場と同じ論理で扱うと国家としての再生能力が下がります。
少子化は避けられませんが、制度の削り方を誤れば、未来の復元力までも失います。
今必要なのは、自然の流れという言葉に逃げず、国家としてどの学びを守り、どの領域を再設計するのかという視座です。
公立高校(全日制)には一人あたり約 1,127,000 円の税金が
投入されています。
「無償化だからお得」というイメージで、生徒が私立に流れて
公立が減れば国や地方は負担が減って万々歳なんでしょうね。
将来的には上位の公立しか残らず、昔みたいに公立は優秀な子が
行くところ、になるのでは?
公立高校の財政構造を国の得失みたいな一次元で語ってしまうと、制度そのものの意図が抜け落ちます。
公立の存在理由は費用対効果の節約ではなく、教育機会を最低限のラインで社会全体に保証することにあります。生徒が私立へ流れれば公費が浮く、という発想は制度の根幹と噛み合いません。
そして将来は上位校だけ残る、と語られていますが、それは人口動態と自治体財政の圧力が決めるのであって、理想像ではありません。
公立は優秀な子が行く場に戻る、ではなく、公立がどの層を受け止めるかは地域の構造によって変わります。単純な回帰ではありません。
制度を一行要約すれば、国が望んでいるのは節約ではなく、社会の底の部分を抜かないことです。
横ですが
中学受験をして東京の私立中高から私文がメインというのが、関西を含む地方との大きな違いなんです。
地方圏からは上位とされる公立高校の理系クラスの割合は高いし国公立大理系へも多く合格入学している、それはそれで大きな実績だと考えています、人口比は関係ありませんし。誰も理想を語ってはいないのに、論っぽい雑談を延々と繰り返す方には何も言っても無駄な感じがします。
子供にお金が掛からないお金は、遊びのお金に回ります。
無償化にする税金無いだろう!?
これから高齢化の本番で、莫大な税金が必要になります。
病院に行けない人、介護を受けれない人沢山出て来て、大変な事が起こってきます!
良く考えて税金を使いましょう。
既に、少子化問題は、お手上げ状態でどうにもならない事が、確定してます。
公立に一人あたり約1127000円投じている、という指摘は数字としてその通りですが、そこから導かれている結論は成り立ちません。公立が減れば国や自治体の負担が減って万々歳、という前提そのものが誤っています。
まず、公立を削って私立に流すことで財政負担が軽くなるという発想は、教育をコストとしてしか見ていない視点です。国力に響くのはトップ層だけではなく、そこに至るまでの母集団の厚みです。入口の公教育が痩せれば、上に行く人間も確実に減ります。短期の帳尻合わせはできても、長期の競争力が必ず落ちます。
そして、公立が減った結果として上位校だけが残り、昔のように優秀な子の場になるという予想も現実とは逆です。公立の選択肢が痩せれば、その地域の学力層が丸ごと薄くなる。公立が強い地域とは、例外なく中間層が育つ地域です。そこが削られた状態では、上位校だけを孤立させても根が弱いままです。
教育政策の焦点は、公立か私立かではなく、地盤そのものをどう維持するかです。無償化は表面的に見える制度ですが、本質は入口を潰さないための社会的投資です。公立を減らして財政が助かるというのは、学校という装置が何を担っているかを理解していない語り方です。公立の厚みを失えば、私立も含めて地域全体が沈下するだけです。
端的に言えば、削って得をする領域ではありません。公教育の密度がそのまま日本の母集団の厚みを決めているのです。そこを細らせれば、最も割を食うのは上位層そのものです。




































