在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
地方旧帝ってそんなに凄いの?ぶっちゃけ駅弁国立とそんなに変わらなくね?
ぶっちゃけ地元の駅弁に進学した方がよくね?
まあ東大と京大ぐらいまでならわかるけど、阪大以下ぐらいでわざわざ下宿していく意味ある?
「国の公式見解」の誤用(最大の誤り)
「投稿者:人間の大地」は
国の公式見解なんだからしょうがない
と断定していますが、完全な誤読です。
国際卓越研究大学制度は「大学の格付け」ではない。
これは
限られた財源を
特定の研究戦略・ガバナンス改革モデルに
一時的・重点的に投下する
ための政策ツールです。
→「採択されなかった=研究大学として劣る」ではない。
→「旧帝が凄くない」という評価文書は、国は一切出していない。
制度の目的と評価対象を混同している時点で、論理は破綻しています。
②「科学大=最強」という短絡(選抜理由の無理解)
東京科学大学(旧東工大+医科歯科大)が選ばれた理由は、
学部構成が理工・医療に極端に特化
学内の意思決定が速い
世界ランキング向けKPIを作りやすい
という「制度との相性」です。
これは
科学大 > 阪大・名大・九大
を意味しません。
「投稿者:人間の大地」は、「制度適合性」を「学術的序列」にすり替えています。
これは典型的な評価軸の錯誤です。
③「継続審査の価値すらない」という虚偽の拡張
「投稿者:人間の大地」は
継続審査の価値すらないとのご神託
と煽っていますが、実際には申請で不採択
将来的な再編・再挑戦は明示的に否定されていない
つまりこれは制度上の一時判断です。
→「論外」「切り捨て確定」という表現は事実ではない。
単なる感情的誇張です。
④「地域中核大学=駅弁」という無知なラベリング
これも致命的。
地域中核大学:
→ 研究・人材供給・産業連携のハブ機能
いわゆる「駅弁」:
→ 受験ネットスラング(制度的定義なし)
政策カテゴリと受験煽り語を混同している。
阪大・名大・九大が
大型共同研究
国家プロジェクト
博士人材供給
で担っている役割は、地方国立一般校とは明確に異なる。
⑤ スレ主の主張が「半分当たっている」という錯覚
「投稿者:人間の大地」は、最後にこう結論づけています:
スレ主の戯言は半分当たっている
しかし実際には、
「研究大学としての役割」
「学部教育・進学価値」
「下宿する意味」
「個人のキャリア最適解」
これらを全部ごちゃ混ぜにした上での“当たり判定”です。
→論点が未分化なまま、結論だけを評価している。
これは議論ではなく、印象操作です。
端的に
↓
「投稿者:人間の大地」の文章は、
制度の目的を誤解し
評価軸をすり替え
事実を誇張し
ネットスラングで格付けした
「政策理解ゼロのまま、権威を振り回しているだけ」の文章です。
「国がそう言ったから正しい」という姿勢そのものが、最も反知性的だと言っていい。
まず集合を定義する。
A:研究大学全体
B:国際卓越研究大学に採択された大学
C:地域貢献型大学
制度の現実はこう。
B ⊂ A
採択校は、研究大学集合 Aの真部分集合にすぎない。
「投稿者:人間の大地」はこれを、勝手にこう読んでいる。
A\B=C
つまり、
「国際卓越に選ばれなかった研究大学は、全部『地域貢献型』」
という根拠ゼロの同一視
数学的に言えば、
「投稿者:人間の大地」は、
補集合
直和分解
同値類
を一切定義せずに、いきなり等号を置いている。
本来あり得る構造はこう。
A=B∪D∪E (B,D,Eは、互いに異なる役割)
B:国際卓越研究大学
D:基盤研究型(旧帝など)
E:地域中核・教育重視型
Bでないからといって、即 Eになる論理は存在しない。
さらに致命的な誤解をしている。
「投稿者:人間の大地」は暗黙に、
研究力↔B
という偽の同値関係を置いている。
しかし現実は、
B⊂{研究力が高い大学}
であって、逆は成り立たない。
「投稿者:人間の大地の議論は、「最大値を取らない関数は、全部ゼロ」と言っているのと同じ。
数学的には、議論以前のレベルで不適切。
論点は単純です。集合の扱いが破綻しています。
研究大学全体を集合A、国際卓越研究大学を集合Bと置くなら、BがAの部分集合であることまでは誰も否定していません。問題はその先で、Bに含まれなかった大学を自動的に地域貢献型だとみなしている点です。これは論理として成立しません。AからBを引いた残りが一種類の大学になるという前提が、どこにも定義されていないからです。
現実には、研究大学の中には複数の役割と段階が存在します。国際卓越に選ばれた大学、基盤的な研究力を担う大学、教育や地域連携を重視する大学が併存しており、単純な二分法では整理できません。選ばれなかったという事実だけで役割が一意に決まるなら、制度設計そのものが不要になります。
さらに深刻なのは、研究力と国際卓越採択を同一視している点です。国際卓越に採択された大学は研究力が高い、その方向の含意は成り立ちます。しかし研究力が高い大学がすべて国際卓越に入る、という逆向きの関係は成立しません。これは選抜制度の性質上、当然の話です。
要するに、最大値を取らなかったものはすべて無価値だとみなすような議論をしている。これは評価でも分析でもなく、単なる思い込みです。数学的にも、制度理解としても、その前提の置き方自体が不適切だと思います。
このスレでは、旧帝とその他の国立大学の違いを問うのかと思いますが。
例えば、九州だと九州大学と他の県にある国立大学、、。
もちろん何の関係もない人は違いはない。
ただ、九州内の高校から一部は関西、首都圏に出るとしても、州内で進学希望の生徒は、難関度合いと成績で決めていくと思います。
県内の公務や医師などなら県内国立大進学アリでしょうけど その上めざすなら九大受験めざすと思います。
東北でも同じこと言えるのではないでしょうか。




































