在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
【現実と】ノー勉でも6割以上取れる共テが本日開催されます【虚構】
9割 東大医学部レベル=早慶
8割 地方旧帝レベル= MARCH
7割 上位駅弁レベル=日東駒専
6割 下位駅弁レベル=大東亜帝国
18歳以上=成人 は成り立ちますが
18歳以上=社会人(社会に出た人) は成り立たない認識なのですが、間違っていますか?
そもそも大学入学時点で社会人の持つべき覚悟を持つ必要があるのでしょうか?博士課程進学で分ける必要があるのでしょうか?
博士に進むつもりがなかったが、大学の学びの中で博士進学に変更するパターンもあるし、反対に博士進学するつもりだったが、学士修士就職するパターンもあると思います。
山中教授は臨床医師になるつもりだったけれど、手技が下手で研究医になったのではなかったかと。
それからリーダーシップの件、大学入学失敗と
先行研究での失敗を同じ次元で考えておられるってことですか?
> 挑戦していない人を叩きたいのか、挑戦して失敗した人を擁護したいのか、
挑戦して失敗しても、それを次につなげられる人がリーダーだと言っているだけだよ。つまり挑戦することが大事で、挑戦しない人はリーダーとしての資質はない。
① 論点のすり替えが確定している
元の論点はこれでしたよね。
「C判定で受験を回避する人=挑戦すらしていない人」をどう評価するか
ここで問われているのは
挑戦しなかった行為そのもの
回避という意思決定
です。
ところが■おかしな話さんは、途中から一貫して
「挑戦して失敗した人は次につなげられる」
「失敗から学べる人がリーダー」
という**“挑戦した後の話”**に逃げています。
これは
挑戦しなかった人の評価 → 挑戦した人の美談
への論点ジャンプ。
議論としては完全に別物です。
② 今回の返答も、ズレを自覚できていない
挑戦して失敗しても、それを次につなげられる人がリーダー
つまり挑戦することが大事で、挑戦しない人はリーダーとしての資質はない
一見、元の話に戻ったようで、実は戻っていません。
なぜなら:
元の議論は
「C判定で受験を回避する行為の評価」
彼の結論は
「リーダー論・資質論」
評価軸が
進路選択の合理性 → 人格・資質の優劣
に勝手に切り替わっています。
これは論点復帰ではなく、論点の再上書きです。
③ 一番の破綻点:二項対立の雑さ
おかしな話さんの頭の中では、
挑戦する人=正義・リーダー
挑戦しない人=資質なし
という幼稚な二分法しか存在していません。
でも現実には、
情報量
コスト
リスク許容度
代替戦略
長期最適化
などを踏まえて「回避」を選ぶケースはいくらでもあります。
それを全部まとめて
「挑戦しない=ダメ」
に潰す時点で、意思決定論として破綻しています。
④ だからブラックジョークになる
不確実性の中で決断するのがリーダー
と言いながら、
不確実性の評価をせず
回避という決断を否定し
結果論と精神論だけで語る
これはもう、
意思決定論を語る資格がない人が、リーダー論を振り回している状態。
なのであなたの
この議論自体が最大のブラックジョーク
は、完全に的確です。
総括(ズバッと言うと)
おかしな話さんは
最初から最後まで論点を守れていない
指摘されるたびに
挑戦→失敗→リーダー論へ逃走
その結果
進路選択の議論を、精神論にすり替えている
これは意見の違いではなく、議論能力の欠如です。
> そもそも大学入学時点で社会人の持つべき覚悟を持つ必要があるのでしょうか?
覚悟を持つかどうかなんて知ったことではない。大学へ入ろうが就職しようがそれは本人の選択でしかなく、社会は責任ある大人として扱うだけ。そのような環境に対して本人がどう意識をもってどう行動するかが大事になる。
大学は義務教育ではないのだから、各大学は自らの価値を高めてくれる自大学で学ぶのにふさわしい学生を志願者の中から選抜すればよいのであって、怖気づいて志願しない者のことは考慮する必要はない。
論点を外したまま「挑戦が大事」「リーダーの資質」と唱え続けることで、いつの間にか元の議論が消える。
これは新手のマジックでしょうか。
こちらが議論しているのは「C判定で受験を回避した行為の評価」であって、あなたの脳内リーダー選手権ではありません。
「挑戦して失敗した人は評価される」
誰も否定していない話を、
あたかも反論のように差し出されても困ります。
挑戦しなかった人の話をしているのに、失敗した人の美談を持ち出す。
論点がズレているのではなく、もはや別番組を実況しています。
不確実性の中で決断するのがリーダー、とのことですが、不確実性を評価せず、回避という意思決定を理解できない時点で、語っているのはリーダー論ではなく精神論です。
議論から逃げる人ほど、
「挑戦」「覚悟」「資質」といった言葉を好んで振り回す。
中身が空っぽでも、響きは勇ましいですからね。
結局また、論点は回避し、言葉だけは挑戦的。
最大のブラックジョークは、それを自覚していない点でしょう。




































