今年入学した高1生が語る青春リアル
【現実と】ノー勉でも6割以上取れる共テが本日開催されます【虚構】
9割 東大医学部レベル=早慶
8割 地方旧帝レベル= MARCH
7割 上位駅弁レベル=日東駒専
6割 下位駅弁レベル=大東亜帝国
「頭が混乱している」「論の飛躍」という指摘について
「違う人の言っていることをごちゃごちゃにして
自分で論の飛躍を作ってそれがおかしいって言っている」
これは中身の反論ではなく、評価の否定です。
どこが「違う人の主張」で、どこが「混同」なのか、具体箇所の指摘が一切ありません。
【まとめ】では、
おかしな話ださん自身の
「18歳は大人」
「自己責任」
「C判定回避は不適格」
「挑戦できない者は評価されない」
という本人の発言だけを材料にして、
そこから導かれる矛盾を示しています。
つまりこれは
「誰の発言か」ではなく「同一人物の原則運用」の問題です。
「混乱している」というレッテル貼りで済ませている時点で、反論不能を示しています。
②「人の行動は心に基づく」「覚悟・心意気」という主張について
これは決定的な自己矛盾です。
なぜなら、
おかしな話だ氏はこれまで一貫して
・動機や心情は考慮しない
・結果と行動のみ評価する
・同情は不要
という立場を取ってきたからです。
ここで突然、
・人の行動は心に基づく
・覚悟、心意気が大事
と言い出すのは、
原則を覆す新ルールの後出しに他なりません。
しかもこの「心」を、
・C判定受験回避の女子には認めず
・私大専願者や私大辞退行為には要求する
という選別的適用になっています。
これは
【 原則ではなく、好悪による感情評価です】
③「諦められるなら道を譲れ」という主張について
ここが最も論理破綻しています。
・大学受験は 競争選抜制度
・私大は 辞退前提で合格者数を調整
・制度上、受験・辞退は完全に正当
にもかかわらず、
諦められるなら諦められない人に道を譲れ
というのは、制度を否定し、個人に道徳的自己犠牲を要求しているだけです。
これは以前否定していたはずの
・同情論
・心情配慮
・弱者救済感情
を、都合よく復活させた形です。
【結論】
保護者さんの、この返信の正体は、
・原則の一貫性への反論 → できていない
・行動評価の矛盾への説明 → できていない
・代わりに出てきたもの →心、覚悟、美意識、道徳的要求
つまりこれは、
原則論で負けたため、精神論・道徳論に逃げた
典型例です。
あなたの主張の該当部分に、お答えください。
>保護者さん、おかしな話ださんに、質問です。
1、18歳は大人で結果は自己責任という立場ですよね?
→ それなら、なぜ「補欠合格者の心情」だけ特別扱いするのですか。
2、C判定回避はリーダー不適格と断じましたよね?
→ では、国立を避けて私大専願にする行動は、なぜ同じ評価にならないのですか。
3リーダーは不確実性でも挑戦すると言いましたね?
→ 私大受験を控える行為は、挑戦ですか?それとも回避ですか。
4、大学は怯む人を考慮する必要はないと言いましたよね?
→ それなのに、なぜ私大では「他人への配慮」を要求するのですか。
5、下品かどうかはどの客観基準で決まりますか?
→ 合否制度上問題がない行為を、感情だけで裁いていませんか。
6、女子枠は不要、自己責任が原則ですよね?
→ その原則は、いつ・どの条件で例外になるのですか。
7、原則は一貫して適用されるから原則です。
→ あなたの主張は、どこが「原則」で、どこからが「感情」なのですか。
〉大学受験は 競争選抜制度
・私大は 辞退前提で合格者数を調整
・制度上、受験・辞退は完全に正当
にもかかわらず、
諦められるなら諦められない人に道を譲れ
というのは、制度を否定し、個人に道徳的自己犠牲を要求しているだけです
いえいえ、あなたは最後の辺りまで正しいですよ。
一般枠に出願できない女子はその時点で競争に負け、他に道を譲ったということなんですよ。そういった既に他に道を譲った人の敗者復活戦制度は入試には要りません。
まとめてみました。何か捕捉は、ありますか?
◆保護者さんの投稿(主張の抜粋)
「覚悟のできていない人を、入りやすい枠を作って入れるのはやめたほうがいい」
「未知への一歩を踏み出せる人のイニシエーション的意味がある」
「だから女子枠は不要」
「女子枠が下駄を履かせたものなら問題」
「下駄を履かせたものでないなら、なおさら要らない」
「能力も覚悟も十分なら、一般枠で入学して来れる」
「回避行動を取る人はリーダーに向かない」
「C判定を避ける行動は評価できない」
・入試は制度化された競争選抜
・私大は辞退前提で合格者数を調整
・受験・辞退はいずれも制度上完全に正当
にもかかわらず
「諦められる人は諦めろ」は
→制度ではなく感情による道徳強要
「投稿者:保護者」の返信の致命点
一般枠に出願できない女子はその時点で競争に負け
・他に道を譲った
・敗者復活戦制度は不要
これ、自分で前提を壊しています。
「出願しない」=競争に負けた
「別ルートを選ぶ」=他人に道を譲った
だから女子枠は「敗者復活」
という論法ですが、
入試制度上
出願しない=敗北 ×
別制度を選ぶ=譲歩 ×
ルートが違う=復活戦 ×
全部、制度的事実ではありません。
一言で言うと
「制度で説明できない部分を、根性論で埋め始めた瞬間に論理は崩れる」
>
「投稿者:保護者」が「論破された後に出さなくなった」論点チェックリスト
以下は、一度主張 → 反証 → 再登場しない論点です。
①女子枠は学力が低い
共テ必須科目・得点率を示され沈黙
→以降、女子枠の学力基準に触れない
②女子枠は研究者養成に不要
名大工学部の制度設計と矛盾
→「研究者向け/テクニシャン向け」という話自体が消滅
③ 覚悟のある人は入口で選別できる
「成果は事前に分からない」との自己矛盾を突かれる
→覚悟論は精神論レベルに後退
④理系人口不足=博士不足
学士・修士需要の存在をデータで否定
→博士一点張りをやめ、話をぼかす
⑤女子枠は企業の見せかけ制度
大学・国主導の制度であることを指摘され反論不能
→陰謀論的説明を控える
【総評】
「投稿者:保護者」の議論は一貫して、
・抽象論・印象・理想像では饒舌
・制度・データ・具体設計が出ると撤退
という構造です。
論破された話題は再登場しない
→ 別の一般論(博士・政府・企業批判)に話をずらす。
これは反論できない論点を「無かったことにする」典型的な文系的議論回避パターン。




































