アートの才能を伸ばす女子教育
大学受験ママの息抜きスレッド
日々の子育てお疲れ様です。
そんな私達の日々の潤い、美容、ファッション、音楽や趣味を語りませんか?
お互いの批判やら、浅いなどのマウント等もやめてくださいね。
ゆる〜くいきましょ?
今日はOHされたロイヤルオークを取りにAPに行って帰りにswatchOMEGAのバンドを取りに来つつ、明後日販売開始のAP×swatch、Royal Popの実物を見に来ています。
私との接客中もひっきりなしに電話問い合わせ、あとあたし同様、平日昼間からふらふらしてる富裕層が見に来る見に来る。
何時から並びますか?
整理券は?
私もスヌーピーOMEGAの時は並びましたが、普通に今ならメルカリで買えます。
「初日はオススメしませんね。」
お兄さんも言ってはるわ。
あたしも今回は落ち着いた頃に買おうかなと。
マルチカラービスの白が断然かわいいので白を。
セコンドは欲しいんだけど、白が無い。
8角形にちなんで8色展開だとすると、今後スモセコの白が出る事は考えにくい。
今年中に買えれば良いっかくらいのノリで買います
。
でも来てた富裕層カップルなおじさん、おばさん。1日一人一個なら一緒に並ばなきゃって言ってたけど、あたしはもう無理だわ。昭和の人元気だな。
そして更にもう一個、メーカーに不可能と言われた時計の修理を最後、ここならという工房に持って行くとこ。
やっぱりダメだったー
ブレゲもブランパンもOMEGAもジャケドロも扱う、要はスウォッチグループの修理工房なのにスウォッチは扱え無いんだって〜
すごいお気に入りなのに。
スウォッチは真空下で時計製造してるから開けて修理できないってお兄さん言ってたけど、できるでしょ?
クルマもそうだけど長く大事に使ってるユーザーって優しくしてもらえないんですよね。
悲しいです。
せっかく行くので、ということでTISSOTのクオーククロノ持って来てた。
何年か前にOHして以来、結局一度もつけてなくて当然電池切れてた。
見てもらうと、前回出したのが2014だって。12年経ってる。
もうとっくに生産終了で、次電池以外で止まったら修理不可ですって。
そっか。
この時計、2000年頃に、もう亡くなってしまったおじいちゃんとスイスに行った時に現地で買って貰った時計。
当時の小学生の私には少し大きかった時計も、今や小さくなりました。
ケースサイズも40mmってクロノにしたら本当にミニサイズになっちゃいましたよね。大型時計全盛です。
ただ、女子がはめるにちょうど良いサイズ。
今日持って来た、OMEGAのスヌーピーよりも一回り小さいんです。
前回OHしてから一度はめたかな?
「たくさん持ってらっしゃると、なかなか。ね?」
「でもはめてあげて下さいね。」
そうですよね。
でもちょっとおじいちゃんを思い出しちゃうんですよね。旅行中の元気だったおじいちゃん、晩年の脳幹出血で植物状態になったおじいちゃんも。
でも忘れたくないし、忘れる事も絶対にない。
ちゃんと使ってあげようかな。本当に止まってしまうその日まで。
>またハワイのスーパーを無意味に長時間徘徊したくなります。
海外スーパーの徘徊、私も好きです。
ハワイではパンケーキミックス以外に瓶ビールでもほぼ全銘柄買いをしたことがあります。飲まなかった分はダンボールに入れて持ち帰り、税関の人に笑われそうになりました。
結論としては気分が上がるけれど、コスパ的には日本に持ち帰るほどのものではなかったです(日本でも売っている)。
AP、swatch、修理工房と周ってまたハワイアンカフェ見つけた。
10年以上やってる店みたい。
オーダーはスマホから、ちょっと味気ないよね。便利だし、ログインすると決済までオーダーと同時にスマホ完結。
バーガーどうしようかなと思っているうちに選択肢がグレーアウト、え?
「ああ。オーダーストップ10分前に焼きメニューは頼めなくなります。」ってタッチの差なのに!ダメなの?
仕方なくパンケーキとカフェラテだけに。
ドバイチョコパンケーキですって。
結局ドバイチョコって?
「ピスタチオソースにカダイフ混ぜて。。。」
カダイフ?
「なんか中近東の食材?小麦でできているのかな?」
なんかドバイチョコ、食べたような食べて無いような。記憶が曖昧。
早速いただきました。
う!見た目、完全に昔飼ってたウサギのフンじゃん。
食べた草が未消化で混ざってるアレです。
その草がカダイフって訳ね。
まあ、美味しく無いかな。そもそもチョコあんまり好きじゃ無いし。
カダイフ、極細のベビースターラーメンです。
でも、コレ、どっかで食べたぞ。
そうだ!オスマン帝国外伝〜愛と欲望のハレム〜にハマっていた頃に行ったトルコで食べたお菓子の中に入ってましたよ、コレ。
あっちの食べ物なんですね。
まあチョコはあんまり美味しくないかな。
二度目はないです。
¥1,500もったいなかったな。
ハワイアン出て散歩。
あ。この道、。既視感。
そうそう。
医学部時代、このあたりのマンションで家庭教師やってて。センパイが。
確か洛南の女の子が東大、京大、阪大じゃなくて、名大医一本志望で、夏休みの間、名古屋にマンション借りて、名大生の家庭教師に教えてもらいたいっていう女の子。
当然家具も全然置いてなくて「私が座るイスもないんだよね〜運びたいけどウチ、クルマ小さいから乗らないんだよね〜◯◯(あたしの下の名前)のクルマでっかいじゃん?積めるよね?」
って、あたしのSクラスのこと言ってます?
大きいですけど荷物運ぶ用じゃないですよ?
ってかわいい先輩にNoも言えずに運んだ道です。
マンションに着くと、炎天下の中、先輩外で待ってた!
着いたら呼ぶって言ったのに!
◯◯〜ありがとね!
先輩の額から汗が一滴、頬に流れて、顎から胸に滴った。
!
ドキっとする程色っぽかった。
センパイ、あたしレズって知ってますよね??
まあ、そんな恋愛とかにはならなかったですけど、その時のファッション!何故にそんなマイクロミニである必要が??
女の子だから良いようなものの、パンツ丸見えやん。多分。あたしだったら集中できん。
そんな先輩も何年か前に結婚した。
式、呼んでもらったけど行かなかったなー。
実は行けたんだけど。
やっぱりちょっと先輩のこと好きでした。可愛くて天真爛漫でオシャレでセクシー 笑
もう会うことないのかな?
ちょっと切ない思い出が蘇っちゃいました。
さて、帰ろ。
夜の街の風。
優しく頬をなぜていく。
心地よい。
昔、まだ子供がもっと小さかった頃。
「風、吹いて来たね!」
と私が言うと
「違うよ。風の中にぼくたちが入ってきたんだよ。」
なんか深いと言うか、子どもの視点って面白いなって思った。
今日はマーク・ザッカーバーグの誕生日だって。
子どもも何かビッグな人になって欲しいな。
彼ほどじゃなくて良いからって、いやいや、ザッカーバーグ以上にだってなれるかも、って思わないとダメですね。
可能性は無限です。
気づけば、日本から春と秋が薄くなった。
5月に30℃の予報が並び、昔なら衣替えの合図だった季節に、冷房の室外機が唸る。10月を過ぎても半袖の人影が駅に残り、金木犀の香りと汗の感覚が同居する。季節が前後しているのではない。輪郭そのものが崩れている。
かつて日本には、四季という時間の呼吸があった。
梅雨の湿度に苛立ちながらも、やがて来る夏を待った。灼熱のあとには、夜風に救われる秋があり、冬の朝には白い息と静寂があった。暑さも寒さも、次の季節への橋だった。
今は違う。
長い夏と、短い冬。
その間に、申し訳程度の春と秋が差し込まれるだけになりつつある。二季化という言葉を、昔は冗談半分で聞いていた。しかし最近の空気は、冗談にしてはあまりにも粘ついている。
気候だけではない気がする。
日本人の感覚そのものが、季節と共に作られていた。俳句も、旬も、衣替えも、祭りも、受験の記憶も、卒業式の匂いも、全部が四季を前提に編まれていた文化だった。
桜が咲く速度まで狂い始めた時、人は単なる温暖化以上の喪失を感じる。あれは植物の話ではない。時間感覚の崩壊だ。
昔の日本映画を見ると、風に季節が映っている。
縁側の光、西瓜を切る音、夕立前の暗さ、秋の17時の寂しさ。日本文化は説明ではなく、気候を撮っていたのだと分かる。
だが今、夏だけが異様に長い。
まるで一つの感情だけが延々と続く人間のようだ。疲労は蓄積し、逃げ場がない。春の高揚も、秋の陰影も、ただ灼熱に押し流される。
気象データの問題として処理すれば簡単だ。平均気温、猛暑日、海水温、偏西風。
しかし本当に失われつつあるのは、日本人が無意識に共有していた季節のリズムなのだと思う。
四季の国、と海外に説明していた頃の日本は、単に気候区分を語っていたのではない。
時間に表情がある国だった。
その表情が、少しずつ単調になっていく。
真夏のような5月の空を見上げながら、私は時々、未来の子供たちが秋という季節を、教科書の中で学ぶ時代すら来るのではないかと考える。































