インターエデュPICKUP
507 コメント 最終更新:

大学受験ママの息抜きスレッド

【7789624】
スレッド作成者: Margaux (ID:ugxE8rxTfro)
2026年 04月 22日 12:56

日々の子育てお疲れ様です。

そんな私達の日々の潤い、美容、ファッション、音楽や趣味を語りませんか?

お互いの批判やら、浅いなどのマウント等もやめてくださいね。

ゆる〜くいきましょ?

【7803356】 投稿者: 西千葉   (ID:9d.Yk/1oiqk)
投稿日時:2026年 05月 18日 12:58

いわゆる異世界への標識ですね。

【7803364】 投稿者: Margaux   (ID:Z/yCFWvGcU.)
投稿日時:2026年 05月 18日 13:13

異世界への標識。

まさに、そんな感じでした。

巨大な工場の床に落ちていた、5mmにも満たない白い折り鶴。
あの瞬間だけ、TPSも5Sも品質管理も超えて、別の空気が差し込んだ気がしました。

考えてみれば、あの電車の少女もそうでした。

満員電車の熱気と騒音の中で、たった3mmの鶴を針先で折り続ける。
誰に見せるでもなく、誰に評価されるでもなく。

現実社会の座標軸から少しだけ外れた場所に、人は時々、小さな入口を作るのでしょうね。

しかも不思議なのは、そういうものほど妙に記憶に残る。

巨大工場のライン番号も設備名も忘れるのに、床に落ちた極小の鶴だけは、夏の光ごと脳裏に焼き付いて離れません。

【7803378】 投稿者: 西千葉   (ID:9d.Yk/1oiqk)
投稿日時:2026年 05月 18日 13:49

都内の手頃な異世界は、やはり、水道橋から飯田橋への総武線高架沿いですね。初夏の午後、白い陽射しが壁を不気味に照らす眺めから、詩(詞)が生まれようというもの。デイ・ドリーム百景?

【7803382】 投稿者: Margaux   (ID:AsMEY6prHhg)
投稿日時:2026年 05月 18日 14:04

あそこ、独特ですよね。
都心なのに、妙に時間の密度が歪んでいる。

総武線の高架、古いビルの裏壁、配管、室外機、錆びた階段。
初夏の白い陽射しが真上から落ちる午後は、現実感が少し剥がれる。

しかも水道橋から飯田橋にかけては、学生街、オフィス街、古書店街、神楽坂の残り香みたいなものまで混ざっていて、人間の層が妙に厚い。

だから時々、ああいう極小折り鶴みたいなものが、ふっと紛れ込んでも不思議ではない気がします。

デイ・ドリーム百景。

確かにあの辺りは、起きたまま見る夢の背景として、出来過ぎていますね。

【7803516】 投稿者: Margaux   (ID:ssIF8fqkLHU)
投稿日時:2026年 05月 18日 20:14

昨日は祖父の誕生日だった。

もう80代も半ばを過ぎたけれど、ありがたいことに元気ではある。

ただ、やはり少しずつ、時間の側が勝ち始めているのを感じる。

昔の祖父は、とにかく歩く人だった。
近距離でタクシーなんて考えもしない。雨でも暑くても、自分の足で行くのが当たり前という人だった。

それが昨日は、自然に「タクシーで行こうか」と口にした。

ほんの一言なのに、妙に胸に残った。

強がる人でもあった。

周囲が全員、その強がりに気づいていても、それでも強がる。
年齢や衰えを、どこか気迫で押し返そうとする人だった。

だから昨日も、鰻重のコースをきちんと完食した。

けれど、見ていれば分かる。
昔みたいに“普通に”食べているわけではない。

以前より少し時間をかけ、少し呼吸を整えながら、それでも箸を止めない。

毎回、途中で「あたし食べるよ? まだお腹空いてるし」と言うのだけど、絶対に渡さない。

でも、いつかは「頼むわ」と言う日が来るのだろう。

たぶんその時も、注文だけは一人前を頼む気がする。

ビールもそうだった。
昔なら平気で3杯4杯と飲んでいたのに、昨日は中ジョッキ1杯で終わった。

人は、老いを突然迎えるわけではない。

昨日まで出来ていたことが、今日は少しだけ重い。
その小さな変化が、静かに積み重なっていく。

いつまでも元気でいてほしい、と家族は願う。

でも本当は、それは少し残酷な願いなのかもしれない。

歳を取るな、弱るな、変わるなと言っているのと、どこか似ているから。

祖父にとってのひ孫たちも、曾祖母ほどには懐いていない。
時代も違うし、距離感も違う。

それでも、こういう3世代で同じ時間を囲むことには、たぶん意味がある。

食事をして、笑って、写真を撮る。

それだけのことなのに、後から思い返す記憶は、案外そういう断片ばかりだったりする。

最後に、滝の見える部屋で写真を撮った。

窓の外では、水が絶えず流れ落ちていた。

人は少しずつ変わっていくのに、水だけは昔と同じ音を立て続けていて、そのことが妙に綺麗だった。

【7803525】 投稿者: Margaux   (ID:gjRzWfbAaOo)
投稿日時:2026年 05月 18日 20:46

そうか。

子供たちの目線で言えば、昨日は正確には4世代だったのか。

祖父母。
その場にはいなかったが父母。
私夫婦。
子供たち。

そして、ふと思い出した。

私にも、曽祖母がいた。

もう片方の祖父母の家で、私は確かにひ孫という存在だった。

105歳まで生きた。

大往生、という言葉以外、見当たらないような最期だった。その時に私も105歳まで生きたいと思った。

1世紀を超えて生きるというのは、もはや個人の人生というより、時代そのものを跨ぐことなのだ。

戦前も、戦後も、高度成長も、インターネットも、全部見ている。

人間というより、半分、時間の側の存在だ。

ひ孫を見られるだろうか。
いや、どうせなら、その先が見たい。

5世代。

自分の血が、自分の知らない未来の言葉で喋り、自分には理解できない文化の中で笑っている光景を、少しだけ見てみたい。

けれど同時に、そんな未来まで、地球そのものが今の形を保っているのだろうか、とも思う。

気候も、都市も、国家も、価値観も、何もかも揺れている。

105年という時間は、昔よりずっと長い。

昔の100年は、どこか地続きだった。

でも今の100年は、人類そのものが別の生き物になっていても、おかしくない。

だから昨日、滝を背に4世代で撮った写真を見ながら、少し不思議な気持ちになった。

家族写真なのに、どこか未来への観測写真みたいだった。人は入れ替わっていく。

けれど、水だけは昔と同じように流れ続けていた。

【7803549】 投稿者: Margaux   (ID:DZmHWS610r.)
投稿日時:2026年 05月 18日 22:09

2年ほど前、祖父が庭でつまずいて怪我をした。

幸い大事には至らなかったけれど、私はその時、かなり本気で危機感を覚えた。

以前から家族内では言われていたのだ。
あの家はバリアフリーどころか、バリアフルだと。
子供たちは巣立ち、無駄に広い豪邸に老夫婦2人。

しかも当時は、ルフィの闇バイト事件が世間を震撼させていた頃だった。

目立つ豪邸。
高齢夫婦のみ。
近隣にも知られた資産家。

正直、条件が揃い過ぎていた。

しかも祖父は柔道有段者で、変に気骨がある。
もし強盗が入れば、抵抗してしまう。
そして最後は撲殺。

嫌な想像なのに、妙に現実味があった。

不思議なのは、実子である私の親世代の方が、その危機感をあまり持っていなかったことだ。

長年見慣れた実家というのは、危険ですら風景になってしまうのかもしれない。

だから私は、半ば独断で動いた。

自分の関わっていたタワーマンションの上層階を押さえ、家具も家財も全部こちらで揃えた。

あとは来るだけ、という状態にして、祖父母に引っ越しを迫った。

当然、大揉めになった。

祖父は激怒。
祖母は泣いて拒否。
親たちからは、孫のお前が出しゃばり過ぎだと言われた。

祖父からは、お前はもう孫じゃない、とまで言われた。

でも、カッとなっても最後には理屈が通じるのも、また祖父だった。私は何度も説得した。

防犯。
転倒リスク。
災害時。
老後の移動負担。

感情論ではなく、ひたすら現実を積み上げた。
祖父は最後、半ば諦めたように折れた。
祖母も、祖父に促される形で転居した。

そして、あれから2年。

今、一番マンション生活を満喫しているのは祖父である。

友人を呼びまくる。
景色を自慢する。
ラウンジを案内する。

生まれて一度もマンション暮らしをしたことがなく、あれほど嫌がっていた人とは思えない。

祖母も同じだ。
窓から抜ける風や、遠くまで続く緑の景色を眺めながら、

「死ぬ前に、こんなところに住めて本当に幸せだわ」

と、しみじみ言う。
あの時、泣いて拒否していた人と同じ人物とは思えなかった。

感謝を面と向かって伝えられることは、正直ほとんどない。

でも、それでいい。

こちらも自己満足に近い部分はある。
ただ、先日の栃木の老夫婦強殺事件のニュースを見た時、親や兄弟から、

お前のおかげで、両親は命拾いしたかもしれない

と言われた。
その言葉は、少し嬉しかった。

今の住まいは、タワーマンションではあるけれど、景色の半分が緑だ。

祖父母もそこを気に入っている。

セキュリティも厳重で、エントランスはカードキー必須の二重扉。
コンシェルジュたちも顔見知りだから、来客には自然と目を配ってくれている。

祖父にも、来客がある時は必ず事前に伝えてね、と言ってある。真面目な人だから、それを律儀に守る。

昔の豪邸には、豪邸の豊かさがあった。

でも同時に、老いは広い家を少しずつ“空白”に変えていく。

誰も使わない部屋。
上がらなくなる階段。
暗い廊下。
手入れされなくなる庭。

人が住むための家だったはずなのに、いつしか家の方が、人を消耗させ始める。

今の祖父母を見ていると、老後に必要なのは広さではなく、安心なのだと思う。

守られているという感覚。
誰かの気配が近くにあるということ。
そして、毎日ちゃんと景色が綺麗だということ。

年を取ると、人は新しい環境を嫌がる。

でも本当は、環境を変えることでしか守れない老いも、確かにあるのだと思う。

【7803550】 投稿者: 実際のところ   (ID:/jqCeYJ4DO6)
投稿日時:2026年 05月 18日 22:11

現在60歳から65歳で、開成から東大理3に進学し、脳神経を専門とする都内の開業医は1名もいないようですね。

スペシャル連載

すべて見る

サイトメニュー