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25 コメント 最終更新:

私大文系の3教科入試とリベラルアーツ教育

【7825949】
スレッド作成者: 数2Bの履修不要で高校卒業可能 (ID:MDj9FUYQAwo)
2026年 07月 25日 20:37

>そもそも、この論争の土台にある、文・理という二分法自体が、世界的にはすでに時代遅れになりつつある。



さて、日本の入試制度をどう考えるか、です。

日本では私立文系の多くが3教科受験です。
高校段階から学習範囲を狭める制度のままで、本格的なリベラルアーツ教育は成立するのでしょうか。

リベラルアーツ教育を本気で目指すのであれば、まず議論すべきは大学入学後ではなく、高校教育や大学入試制度ではありませんか。

「欧米ではリベラルアーツが主流」という部分だけ都合よく引用から踏み込んで、日本の制度との整合性には触れてみましょう。

【7826479】 投稿者: 臨界期   (ID:tvljt6HGPL.)
投稿日時:2026年 07月 27日 17:15

才能とは18歳での受験偏差値の成功ではなく 遺伝ポテンシャルが発露する40歳以降の職業上の成功のこと。
言葉の定義には興味ないが才能に上乗せする教育が有効な時期がほとんどの人が考える年齢よりはるかに前なことやある程度幼少期の教育が影響するという結論は変わらない。
一部の偏った幼少教育のため悪いイメージができてしまったが遺伝学が見直されやはり幼少期の教育が極めて大事という結論にアカデミアは落ち着いている。
マスコミやネット世論の理解があまりにずれてるのでかいただけ。

【7826482】 投稿者: いつものパターンか〜   (ID:MVgxeSLS.tY)
投稿日時:2026年 07月 27日 17:20

相手には「論文名を示せ」と求めながら、ご自身は「東大や医学部の同級生では」という体験談で話を締める。

エビデンスを重視する姿勢かと思って読んでいましたが、結局は「自分の経験は例外」という都合のよいルールだったようですね。

【7826538】 投稿者: プラスアルファ   (ID:b8v1gzW3Pus)
投稿日時:2026年 07月 27日 21:08

> 共通テストを大学受験資格試験にすれば良いと思います。

共通テストも数3Cまで入れないとダメなんじゃないかな。文系分野に進むにしても、大学で一般教養として微分積分と線形代数は履修させないと、その先を自分で学べる力がつかないよ。
あと理科基礎受験も廃止かな。

【7826549】 投稿者: Mǟrgaux   (ID:3YZCNJtKOks)
投稿日時:2026年 07月 27日 21:14

それに失敗作から生まれた失敗を転用した技術だって少なからずあるわけですから、全ての研究にとりあえず金を出す。

【7826760】 投稿者: バラード   (ID:EHiuMs50vSw)
投稿日時:2026年 07月 28日 11:47

今現在すでに私立文系全体では一般入試(3科)の入学者より、学校推薦型(附属 指定校)と統合選抜(従来のAO含む)の入学者のほうが多くなっていると思います。
どちらも全教科の成績重視で共通テストもあったりですので、軽量とは言えないと思います。

リベラルアーツは大学によってとらえ方も違うので何とも言えませんが学部の1-2年時に横断的科目設定のところがいわゆる教養課程として専門は3年目んらとか院からということもありますね。

【7827854】 投稿者: Mǡrgạux   (ID:HxqnNlq5Glc)
投稿日時:2026年 07月 31日 19:00

22年もエデュに巣食うと、ここまで入試制度の見方が独特になってしまうのですね。

「推薦・総合型選抜が増えた」
「だから私立文系は軽量入試ではない」

この論理展開には、なかなか驚かされます。

軽量入試という言葉は、入学者の選抜経路の割合ではなく、受験生が大学合格までに求められる科目数、範囲、記述負荷の話です。

推薦・総合型選抜が増加したことを理由に、一般選抜型の負担構造まで変わったことにするのは、さすがに制度論と印象論の混同ではないでしょうか。

また「全教科の成績重視」「共通テストもある」とありますが、高校の評定や活動実績を含めて評価することと、国公立大学型の5教科型学力試験を突破することは全く別物です。

もし推薦制度に共通テスト利用方式が一部存在することを根拠に「私立文系全体は軽量ではない」と言えるのであれば、例外を積み上げればどんな制度比較も不可能になります。

「推薦がある」
「共通テストを使う方式もある」
という個別事例ではなく、大学入試全体の構造を見て議論されることをおすすめします。

22年間、この掲示板で培われた独自の入試観には敬意を表しますが、現実の制度設計とは少々距離があるように感じます。

もちろん、反論がおありでしたら、ぜひ具体的なデータと制度比較を添えてお聞かせください。
お待ち申し上げております。

【7830967】 投稿者: 保護者   (ID:eQAHZ5J.d8w)
投稿日時:2026年 08月 08日 08:37

今が大きな移行期。
50 代以上の人の場合
ずっとなんらかのオフィス系の仕事に携わっている人なら
それなりにPC、データ、統計ソフトなりを使いこなせている。
でもそれ以外の人はスマホのアプリやボタンをポチポチ押す程度
の人も多いし、80代より上になるとスマホに文字を書き込む事も
難しい人も多い。

40代以下の場合はキーボードのブラインド入力が出来ない人が
珍しい。ウェブ会議とかで資料共有とかできない人が珍しい。
でも統計ソフト(エクセル関数)、無料解析ソフトSPSSとかRとかまで使っている人は
まだ半数を超えない程度。

そして大学入学前の学生。
プレゼンデータを統計的にまとめ、パワポで資料を提示、
動画でBGM入までは誰でもできる程度。
余力がある学生はグラフィックスで解説とか。
都内の高校はタブレットを片手に宿題は提出
アプリのアカウントから提出。場合によっては
全員の提出資料が閲覧でき、他者の資料から
学ぶ事もできる。

こんな状況ですので
エクセルでの計算とか、資料一覧のフィルターとか固定くらいなら
高校生で出来てしまっています。
入社後最初の自己紹介PR1分プレゼンなどの出来栄えを見れば明らかですし、
その後の新入社員研修では資料の格納場所を教えてみんな自分のPCで見ながら
チャットを確認しながら研修はすすんでいきますね。練習問題などで
分からない人はチャットから周りにいる新人研修担当の先輩社員を呼んで
教えてもらったりします。

現役と呼ばれる中での格差が大きい時代なんですね。

そして外国では教科学習は高校でもやりますが
どちらかというと中学までに基礎修了、高校では
応用。深堀りとか探究とか呼ばれる事に時間を
使うのでリベラルアーツは高校でやる、という
時代になってきている。でも日本はやっていない。
だから大学でやる。という流れなのではないでしょうか?

確かに外国では今後最初になくなる学部はリベラルアーツ系だと
いわれていますね。それは高校で終わっているはずだから、ですよ。
大学はその先。より専門性を高くして、社会のために必要な
新しい事を作り出す研究をする所。

【7830970】 投稿者: 保護者   (ID:eQAHZ5J.d8w)
投稿日時:2026年 08月 08日 08:47

外国の場合、大学入学者は
全般的に基礎的な内容は分野を問わず履修している。
その上で専門分野に強い、深ぼりしたくて
進学してくる。

日本は全般的な基礎内容が出来ているのは共テを
受験している学生のみ。
私立のような最初から専門だけ深堀り性質(職人とかを崇める傾向なのかな?)、
推進型国民。

外国と「大学生」の質が異なっている。

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