将来の選択肢が広がる学部合同説明会
九州の若者は関西圏を飛び越えて東京へ 東京一極集中で選ばれる大学になるには?
九州の若者はどうして大阪とかでなく東京の大学を目指すようになったのでしょうか?
1980年には、東日本では東京都、西日本では大阪府への就職者が多かった。全体としては明確な東西対立構造が存在していた。
1990年になると、九州のすべての県で東京都への大学進学者や就職者が多くなり、広島県や山口県でも関西圏より東京進学のほうが多くなった。
東京と関西という日本の二極構造は、東京を中心とした一極構造へと変化するようになった。
新幹線の発達で九州人も関西を飛び越え東京を目指すようになったのでしょうか?
メディアやITのような新しい産業は、首都であり情報が集まる東京に集中しているからでしょうか?
あの手この手のバラマキをしても地方人口減少は加速化し、大学受験者数は激減
千葉、埼玉、神奈川を含めると日本の大学生の約5割が集中するようになりました。
現在も地方の若年人口自体は減少しているのにも関わらず、地方から東京の大学への進学者数はいまだに増加し続けています。
学生から選ばれる大学になるために大学にはどんな変化が求められているのでしょうか?
現実的には無理でどんどん地方の大学は廃校や合併することになりますか?
>江戸時代の参勤交代まで持ち出して「東京一極集中は昔から」と言われても、現代の地方創生の議論とは別問題でしょう。
制度によって人口は移動するという例としては、江戸時代の参勤交代制は良い例かも。参勤交代制が確立した元禄年間に、江戸の人口は急増して京、大坂(20-30万人程度)を抜き去って、18世紀初頭には100万人を超えたそうですから。
明治以降も東京を増強する政策は続けられたのは正しい。
「制度によって人口は動く」という話から、なぜか「だから地方は衰退して当然」という方向に持っていきたいようですが、論理が飛びすぎです。
江戸時代の参勤交代を持ち出してまで東京集中の歴史を語る一方で、地方側の産業・人材・技術の蓄積には目を向けない。
歴史を分析したいのではなく、地方を貶める材料を探しているだけに見えます。
地方創生の議論に必要なのは「地方はダメ」という結論ではなく、地方に何があり、それをどう成長につなげるかでしょう。
「昔から東京に集まっていた」で思考停止するなら、それは分析ではなく、単なる地方蔑視です。
経済効率、GDPの最大化を追い求めて全てを東京に集中させるというモデルが機能しているならそれはある意味一つの正解だとは思います。しかしこの30年の人口が激増したにも関わらずの東京の低成長を見ていると、集積の経済というものが本当に働いているのか非常に疑問です。新しい産業もまるで生まれない。都市の規模が大きくなりすぎてマイナスに作用する集積の不経済の領域に相当前から入ってるんじゃないかと。にも関わらず東京一極集中をひたすら推し進めるのは非合理的な何らかの利権や政治的な理由以外に考えられません。
>にも関わらず東京一極集中をひたすら推し進めるのは非合理的な何らかの利権や政治的な理由以外に考えられません。
本来なら政府としては、東京にもしものことがあれば日本全体が道連れにされ沈没するような政策は取らないと思う。でも、一向に東京一極集中を解消しようとしないのには、何らかの利権があるのか、利権を持つものに忖度しているとしか考えられない。






























