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九州の若者は関西圏を飛び越えて東京へ 東京一極集中で選ばれる大学になるには?
九州の若者はどうして大阪とかでなく東京の大学を目指すようになったのでしょうか?
1980年には、東日本では東京都、西日本では大阪府への就職者が多かった。全体としては明確な東西対立構造が存在していた。
1990年になると、九州のすべての県で東京都への大学進学者や就職者が多くなり、広島県や山口県でも関西圏より東京進学のほうが多くなった。
東京と関西という日本の二極構造は、東京を中心とした一極構造へと変化するようになった。
新幹線の発達で九州人も関西を飛び越え東京を目指すようになったのでしょうか?
メディアやITのような新しい産業は、首都であり情報が集まる東京に集中しているからでしょうか?
あの手この手のバラマキをしても地方人口減少は加速化し、大学受験者数は激減
千葉、埼玉、神奈川を含めると日本の大学生の約5割が集中するようになりました。
現在も地方の若年人口自体は減少しているのにも関わらず、地方から東京の大学への進学者数はいまだに増加し続けています。
学生から選ばれる大学になるために大学にはどんな変化が求められているのでしょうか?
現実的には無理でどんどん地方の大学は廃校や合併することになりますか?
ノーベル章もそうだが愛媛県の実績は別格です。
大手商社で愛媛県ゆかりの経営者が存在感を示している。
三井物産の安永竜夫会長、住友商事の兵頭誠之会長、丸紅の大本晶之社長が同県出身。
三菱商事の中西勝也社長は大阪府出身だが、高校3年間を松山市(愛光学園)で過ごした。
同県の中村時広知事も三菱商事出身の元商社マンだ。
まあ明治維新が薩長(+土肥)による革命であり、占領地である江戸に担ぎ上げた君主が移り住むというマキャベリの君主論そのままの占領政策だったわけでして、九州から東京へというのは明治時代から。早慶の創立者はどちらも九州出身だし。
しかし昔と比べれば、九州や山口から上京して立身出世というのは減っているのでは?九州も人口が減っているし。関西は明治の昔から政治とは距離を置く土地だ。
皆さん、それぞれ部分的には当たっています。
航空網、明治維新、創業者の出身地、愛媛人材論。どれも事実ではあります。
ただ、それらはすべて個別事例の説明であって、なぜ東京一極集中が止まらないのかという構造そのものは説明できていません。
東京一極集中の本質は、交通革命でも、維新でも、個人の出世物語でもありません。
集積の自己増殖です。
企業が集まるから人が集まる。人が集まるから大学が集まる。大学が集まるから研究資金が集まる。研究資金が集まるからスタートアップやVCが集まる。そして企業はさらに東京へ集まる。
これは経済地理学でいう集積の経済であり、一度ある閾値を超えると自己強化サイクルが回り始めます。
だから東京への集中は、単なる人口移動ではなく、情報、資本、人材、意思決定機能が同時に集中する現象なのです。
逆に言えば、航空機がなかった時代でも東京への集中は起きましたし、航空網が発達した今も続いています。飛行機は原因ではなく、その流れを加速した一要因に過ぎません。
愛媛出身者が商社で活躍しているという話も興味深いですが、それは愛媛が強いというより、全国から集まった優秀な人材が東京で活躍している例として見る方が自然でしょう。
明治維新も同じです。薩長土肥が政治中枢を握ったことは歴史的事実ですが、それだけで令和の受験生が東京を目指す理由にはなりません。
結局、受験生は歴史に投票しているのではなく、将来の期待値に投票しています。
だから九州の高校生は、阪大か東大かという比較より先に、卒業後に自分がどの市場へアクセスできるかを見ています。
大学は教育機関であると同時に、人的ネットワークへの入口でもあります。
就職市場、研究市場、起業市場、投資市場、それらへの接続コストが最も低い場所が現在の東京です。
地方大学が生き残る方法も、本質はそこです。
東京の縮小版を目指しても勝てません。
その地域でしか形成できない研究拠点、産業クラスター、企業との共同研究、人材循環を作れるかどうか。
学生は大学そのものを見ているのではありません。
その大学に入ることで、自分がどんなネットワークへ参加できるかを見ています。
選ばれる大学とは、偏差値の問題ではなく、未来への接続性が高い大学なのだと思います。
「東アジアの呪縛」という表現は面白いですが、それだけでは東京一極集中の構造は説明できないと思います。
東アジアでも、首都圏一極集中の度合いは国によって大きく異なります。韓国のソウル集中は確かに著しいですが、中国は北京・上海・深圳・広州など複数の巨大都市圏が存在し、台湾も台北だけでなく新竹などの産業集積があります。
日本の場合は、戦後の中央集権体制、企業本社機能の東京集中、官庁・大学・研究機関・金融機能の東京集積、全国から若年人口を吸収する雇用構造が複合した結果です。
つまり「東アジアだから仕方ない」という文化論ではなく、日本特有の制度設計と経済構造の問題です。
地方が衰退する一方で東京だけが成長するのは、東京に人が集まるから東京が強くなり、東京が強いからさらに人が集まるという集積の正のフィードバックが働いているためです。
九州で考えるなら、東京への対抗軸は精神論ではなく、福岡などを核に研究開発、産業、金融、人材育成の集積をどこまで作れるかという話になります。
制度設計や経済構造が重要なのはその通りでしょう。
しかし、それだけで東アジアの呪縛を否定できるわけではありません。
韓国でも首都圏一極集中は深刻ですし、中国は国土・人口規模が日本と大きく異なります。制度論と文化・歴史・地理的要因は対立するものではなく、複合的に考えるべきでしょうね。
おっしゃる通り、制度と文化・歴史・地理は対立概念ではなく、複合的に考えるべきだと思います。
ただ、「東アジアの呪縛」という概念は、説明変数としては少し便利すぎる気がしています。
例えば韓国の首都圏一極集中は、儒教文化だからというより、政府機能、大企業本社、大学、雇用機会がソウル圏に極端に集積した結果と説明する方が、政策との因果関係まで含めて理解しやすいでしょう。
中国も、北京・上海・深圳・広州・重慶・成都など複数の巨大都市圏を育成する政策を長年続けています。もちろん国土や人口規模は異なりますが、「東アジアだから一極集中する」というだけでは、この違いは説明できません。
私が言いたかったのは、文化的背景を否定したいのではなく、それを主因に置いてしまうと、だから仕方がないじゃん、という結論になりやすいということです。
東京一極集中は、制度設計によって形成され、制度設計によってある程度は修正可能な現象です。その意味では、文化論よりも制度論の方が政策的な示唆を与えやすいと考えています。






























