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九州の若者は関西圏を飛び越えて東京へ 東京一極集中で選ばれる大学になるには?

【7826527】
スレッド作成者: 副首都 (ID:gz7RVaMn/OY)
2026年 07月 27日 20:54

九州の若者はどうして大阪とかでなく東京の大学を目指すようになったのでしょうか?
1980年には、東日本では東京都、西日本では大阪府への就職者が多かった。全体としては明確な東西対立構造が存在していた。
1990年になると、九州のすべての県で東京都への大学進学者や就職者が多くなり、広島県や山口県でも関西圏より東京進学のほうが多くなった。
東京と関西という日本の二極構造は、東京を中心とした一極構造へと変化するようになった。

新幹線の発達で九州人も関西を飛び越え東京を目指すようになったのでしょうか?
メディアやITのような新しい産業は、首都であり情報が集まる東京に集中しているからでしょうか?

あの手この手のバラマキをしても地方人口減少は加速化し、大学受験者数は激減
千葉、埼玉、神奈川を含めると日本の大学生の約5割が集中するようになりました。
現在も地方の若年人口自体は減少しているのにも関わらず、地方から東京の大学への進学者数はいまだに増加し続けています。

学生から選ばれる大学になるために大学にはどんな変化が求められているのでしょうか?
現実的には無理でどんどん地方の大学は廃校や合併することになりますか?

【7827157】 投稿者: ほらほら   (ID:TTUEdZvg1uw)
投稿日時:2026年 07月 29日 16:17

東京で生まれて育った人は何してるのでしょうね。数は圧倒的に多いでしょう。
東京で育つと皆んな同じ思想、同じ価値観、同調圧力に屈して成長できないのだと思います、計算が得意でも暗記ができても発想、構想力に劣るのでしょうか、志や野心もない。
今も昔も大会社のトップも地方出身者、ノーベル賞をとるのも地方出身者、国を変えてきたのも地方出身者。
さて、何しているのでしょうか?芸能界?いや、芸能人もどうかな。

【7827169】 投稿者: 無血革命(ほぼ)   (ID:Jcs/27V1FQI)
投稿日時:2026年 07月 29日 17:59

>ある意味東アジアの呪縛のようなものかもしれないですね。

イギリス(ロンドン)もフランス(パリ)もかなり一極集中しています。一方、ドイツやアメリカは分散。中国は、人口が多すぎて一箇所に集まれないけど、内政に関しては結構地方政府の裁量が多かったりする。まあだから土地バブルを引き起こしたり、赤字なのに高速鉄道を引きまくるのかもしれないですけど。

つまり東アジアというよりも、中央集権的な政治体制の国は首都に集まる、地方分権的な政治体制の国は人口や企業が分散する、ように私には見えますけど。

10数年前だったか、スコットランドがUnited Kingdom から独立するか住民投票を行った事があります。この時聞いたのは、スコットランドから上がる税収の9割は一度ロンドン政府が持って行く事が大きな不満の一つだったとか。日本と結構似ていると思いました。地方交付税で必要額は戻す仕組みになっていますが、取った税収の一部しか戻しませんし(東京都に至ってはゼロリターン)、どこに戻すかは中央政府が決めますからね。

【7827183】 投稿者: Mǡrgǟux   (ID:E9z1OLvxAGc)
投稿日時:2026年 07月 29日 19:17

興味深い視点ですね。

私も中央集権・地方分権は重要な変数の一つだと思います。ただ、それだけでは説明し切れない例が少なくありません。

例えばイギリスはロンドンへの集中が著しい一方で、ドイツは連邦制の下でベルリン、ミュンヘン、フランクフルト、ハンブルクなど複数の極を形成しています。ここまではご指摘どおりです。

ただ、フランスを考えるともう少し複雑です。パリ一極集中は中央集権国家だからというだけでなく、王権の時代から行政・文化・学術・金融・交通を徹底してパリへ集積させてきた歴史の積み重ねでもあります。

逆にアメリカも、政治はワシントンD.C.、金融はニューヨーク、ITはシリコンバレー、映画はロサンゼルス、医療・バイオはボストンやサンディエゴというように、機能そのものを分散させてきました。

つまり決定的なのは、中央集権か地方分権かという制度よりも、国家中枢機能を一都市へ集中させたのか、それとも複数都市へ分散させたのか、ではないでしょうか。

日本は明治以降、霞が関、永田町、最高裁、本社機能、大学、メディア、金融を東京へ集積させる政策を長く採ってきました。

企業も、その方が採用や情報収集、行政との折衝コストを下げられるため、さらに東京へ集まる。この自己強化が現在まで続いています。

ですから、東京一極集中は中央集権だから起きたというより、中央集権と集積の経済が相互に増幅し合った結果と見る方が、各国の事例も含めて説明力は高いように思います。

税制もその一部ではありますが、仮に税収配分だけを変えても、本社機能、人材、市場、大学、研究機関まで同時に動かなければ、集積の流れ自体は簡単には変わらないでしょう。

【7827191】 投稿者: それは   (ID:wxQ/t0p5JsM)
投稿日時:2026年 07月 29日 19:54

>イギリス(ロンドン)もフランス(パリ)もかなり一極集中しています。一方、ドイツやアメリカは分散。中国は、人口が多すぎて一箇所に集まれないけど、内政に関しては結構地方政府の裁量が多かったりする。

ヨーロッパは歴史的に諸侯の力が強かったれど、イギリスは本来相容れない地方同士を強権な王が無理矢理、フランスは革命パワーで1箇所にまとめた感じかな。ドイツあたりは部族大公制の影響が強いから難しかった。
中国の今の政府は、中国は広過ぎて一時的に中央集権にできてもいずれ瓦解することを十分理解している。本心では中華思想に基づいて中央集権にしたいのだろうけど。
東アジアの呪縛としたのは儒教と中央集権が相性がいいから。

【7827274】 投稿者: 無血革命(ほぼ)   (ID:7NlVmoTTkQE)
投稿日時:2026年 07月 30日 03:24

>ヨーロッパは歴史的に諸侯の力が強かったれど、イギリスは本来相容れない地方同士を強権な王が無理矢理、フランスは革命パワーで1箇所にまとめた感じかな。ドイツあたりは部族大公制の影響が強いから難しかった。

江戸時代の幕藩体制はかなりの分権体制ですよね。そこから明治の中央集権への道を決めるにあたって大きな影響があった岩倉使節団は、プロイセンでビスマルクに会って多いに感銘を受けたとか。現在のドイツからポーランドにまたがる地域を併合していったプロイセンを手本にしたらしいね。

大昔にドイツに旅行した時に、あるカトリック教会で、仰向けに倒れた男を女性が踏んづけて槍を突きつけている像があって、男の方がルター、女性の方が聖母マリアと聞いて驚いた事があります。カトリックとプロテスタントとの地域が入り乱れていたらしいし、なかなかドイツの文化や宗教も私の理解を超えているなあ、と思った。

【7827277】 投稿者: その聖母マリア像   (ID:HQknqttFe2o)
投稿日時:2026年 07月 30日 04:58

ご覧になったのはドイツでしたか?
ローマのイエズス会教会にはル・グロ作の、
聖母マリアがマルチン・ルターその他異端者を倒す彫刻があります。

【7827297】 投稿者: 無血革命(ほぼ)   (ID:7NlVmoTTkQE)
投稿日時:2026年 07月 30日 09:01

ハイデルベルクだったはず。ある学会で訪れて、そこに住む友人に散歩に連れていって貰ったので間違いではないと思います。調べ直したらイエズス会が建てた教会がありますね。これかな。プロテスタントの教会がすぐ近くにあるし、ルターってハイデルベルクと縁があったよね、、と思った記憶があります。

【7827322】 投稿者: Mǡrgạux   (ID:qP935vMN.zU)
投稿日時:2026年 07月 30日 10:38

岩倉使節団がプロイセンから強い影響を受けたという話は、近代日本を考える上で非常に重要ですね。

ただ、私が面白いと思うのは、その後の日本とドイツの違いです。

明治政府は中央集権国家の制度設計ではプロイセンを大いに参考にしました。しかし、現在の都市構造を見ると、日本は東京への一極集中、ドイツはベルリン一極集中にはなっていません。

これは制度だけでは説明できないということでもあります。

ドイツには神聖ローマ帝国以来の多中心的な歴史があり、ハンブルク、ミュンヘン、フランクフルト、ケルン、ライプツィヒなど、それぞれが商業・金融・工業・文化の拠点として発展してきました。戦後も西ドイツは首都をボンに置き、政治・経済機能が一都市へ極端に集中しない構造が維持されました。連邦制も、その分散を制度面から支えています。

日本は江戸という世界有数の巨大都市を土台に、明治以降は政治機能、戦後は企業本社、大学、金融、メディアが次々と東京へ集積しました。集積はさらに集積を呼ぶので、一度形成された優位性は自己強化され続けます。

経済学でいう集積の経済ですね。

ですから、東京一極集中は中央集権だから起きたというより、歴史・制度・経済・交通・人材・資本が長い時間をかけて相互作用した結果と見る方が実態に近いように思います。

逆に言えば、地方創生も「地方へ予算を配る」「大学を残す」といった個別政策だけでは動きません。企業、人材、研究機関、金融、交通などが互いに利益を生む生態系をどう設計するかという問題で、そこまで踏み込まない限り、東京の自己強化メカニズムには対抗できないでしょう。

ハイデルベルクのお話も興味深いですが、宗教改革やプロイセン史を含め、結局は「歴史が現在の制度や都市構造をどう規定しているのか」という視点で眺めると、日独比較はさらに面白くなると思います。

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