将来の選択肢が広がる学部合同説明会
『東京一極集中=AI時代も圧倒的に有利』という論理は成立するのか?
「東京には人材・企業・資本が集積している」
↓
「ネットワーク効果が大きい」
↓
「AIによる労働移動の受け皿として東京が有利」
↓
「新産業の勃興では東京圏が圧倒的に有利」
という主張があります。
確かに、経済学には「集積の経済」という考え方があり、人材・企業・知識などの集積が生産性を高めることは理解できます。
しかし、集積には反対側の概念である「集積の不経済」もあります。
地価・住宅費・交通混雑・通勤時間・人件費・土地制約など、集積が過度になることで生じるコストです。
つまり、
集積が進む
→ 集積のメリットが増える
→ さらに集積すれば、メリットが無限に増える
という単純な話ではありません。
集積のメリットが逓減し、集積の不経済が大きくなれば、追加的な集積が成長を押し上げる効果は弱まる、という考え方もあります。
それなら、「東京は集積しているから圧倒的に有利」と結論づけるには、
東京の集積による正の外部性が、集積の不経済を差し引いても、他地域よりどれだけ大きいのか
を示す必要があるのではないでしょうか。
2023年度の実質経済成長率でも、東京+0.5%に対して、愛知+3.6%、福岡+2.2%など、東京を上回る地域があります。
もちろん、この数字だけでAI新産業の立地優位性を決めることはできません。
だからこそ、
「集積しているから有利なはず」
ではなく、
「集積のメリットと不経済を考慮しても、AI時代の新産業では東京圏が他地域より圧倒的に有利」
とする具体的な比較データが必要なのではないでしょうか。
「すべてのファクトは幻想」ならば、空間経済学さんが根拠にしている「東京の集積の利益」も同じく幻想ですね。
ファクトを否定してしまえば、自説に都合のいい未来予測だけが残る。
もはや経済分析ではなく、反証不能な持論◯笑
>「東京の集積の利益」も同じく幻想ですね。
集積の利益の中核をなしている「多様性選好」は、人々の幻想が生み出す効用です。
私は、実態経済は、「インフレ期待」「デフレ期待」という人々の幻想によって動いていく、というニューケインジアンの経済思想に傾倒しています。
もともと消費税はフランスで輸出企業のために始められた輸出補助金なんだと聞いたことがある。努力してもわずかな差で志望校に届かないケースがあります。日本の労働生産性は東アジア最下位で、家賃も都会のどこに住むかで工夫できます。兄弟でも違うので半分賛成、半分反対です。これは大学ごとに採用数の大枠があって、配属する部署や将来の育成方針が決まってるから。自分が1991年の団塊ジュニア世代の大学受験を経て、現在は副業で講師です。今後も減税や日銀の国債買い増しなど、通貨安要因しかありません。
「人々の期待や選好が経済を動かす」という話と、「観測されたファクトはすべて幻想」という話は別ですよね。
「多様性選好」が主観的だからといって、企業数や投資額、研究拠点の立地まで幻想になるわけではありません。
そこまで「ファクト」と「人々の主観」を一緒くたにしてしまうと、もはや経済分析というより、あなたの世界観の披露会です◯笑
ロースクール化で随分と定員を絞ったところはさすが文1。選択と集中で地方国立大と旧帝大の差が縮まったというのはどうなんだろう。群馬大、茨城大、あたりだろうか。旧帝大でも地方にある所より、首都近郊の国立大の方が教授に力があり就職で負けるから学生は首都に出ざるを得ない。頭脳枠から漏れると慶応より優秀でも落とされるよ。ランキングは、英語圏や多国籍な人材が集まりやすい大学が上位を独占しやすい構造になるから、英語圏の大学には断然有利。また、論文数も見ているから、マンモス校や特定の巨額研究費を持つ大学が有利になりやすい。因みに、ハーバード大学のランキングは三位から五位に下げたのは、トランプ氏の排外による留学生が減ったから。東大のレベルを測るのは無知しすぎる。もし差が縮まっていたとしても、コロナ禍以降、共同研究を気軽にできるようになったので、共著でのトップ数%論文が増えた可能性はありそうだけど。ランキングは、英語圏や多国籍な人材が集まりやすい大学が上位を独占しやすい構造になるから、英語圏の大学には断然有利。
日本の企業も、雇った人間の追跡調査をしっかりやっているのでしょうか?外資は事細かに分析して、どういう属性で採用した人材がその後会社に利益をもたらしたかをデータ化し、それによって採用計画を決めます。有名なのが、フェルミ推定を利用しての採用です。IT大手のマイクロソフトやgoogleが採用して、話題になりました。日本にピアノは何台あるか、のような、答えがはっきりしない問題に対して、様々な知識を元に推定して答えを出す試験方法です。確かに、これが出来る人間は、外資が重視する論理的思考に強いので、一時期多くの企業に採り入れられました。日本でも追随する企業が結構ありました。しかし、今はアメリカの就活でフェルミ推定はあまり使われていません。それは、フェルミ推定による試験の結果が良かった者を採用しても、追跡調査により特別いい結果が出なかったためです。アメリカは教育などにしても、エヴィデンスファーストの考え方で動きます。データがあって、初めて分析ができるのですから、当然です。日本の企業は、そのあたりが怪しいですね。人事部も、採用は頑張る、人事評価は頑張る、という状況にはあっても、採用と人事評価を適正に組み合わせて、特定の採用方針により、どういう結果になったかを、長年の追跡調査によってエヴィデンス化すべきなのですが。今でも、日本には、フェルミ推定を利用した採用試験を行っている企業があるとも聞きます。世界標準から遅れるのは、こうした硬直化した考え方にあるのかもしれません。






























