在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
◆選択的夫婦別姓の是非を考える:建設的な議論の場へ
選択的夫婦別姓に関する議論が活発化していますが、感情的なやり取りや論点のすり替えが多く、建設的な意見交換が難しい状況も見受けられました。
このスレッドでは、選択的夫婦別姓の是非を冷静に議論し、具体的なメリット・デメリット、社会的影響、そして制度設計の課題について考えていきたいと思います。
以下の点を議論の基軸としたいと思います:
1️⃣:選択肢を増やすことの意義:強制ではなく、選択の自由を保障することの利点は?
2️⃣:懸念点と解決策:家族の一体感や戸籍制度への影響など、反対派の懸念にどう対応するか?
3️⃣:実現に向けた課題:法整備や社会的な合意形成に必要なプロセスは何か?
感情論に陥らず、具体的で理性的な議論を心掛けましょう。賛成・反対の立場を問わず、意見交換を通じてより深い理解を目指す場にしたいと考えています。
理想論だけではなく、現実的な視点から議論を進めましょう。
2代戸籍も知らないのに、どうしてそんな難しい問題に答えられようか?
厚労省の価値観に従わないとならないの?
女性活躍は全員が共有しないとならない価値観なの?いつ日本は思想統制国家になったの?
心持ちについては、少なくとも家族の絆を強めようという制度ではないわけだ。別にスマホの普及とかリビングのテレビを見ないとか色々の中の一つなんだけど。今、急に夫婦別姓がないと回らなくなるわけがない。答申から30年やらなくても特に問題起きてないしね。様々な問題の中で極めて重要でない問題の代表。しかも国民世論もキチンとそう認識してる。
「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らん」や「韓信の股潜くぐり」の格言のように、視野の狭い者や浅い見識に囚われた人々に対しては、大きな志を持つ者が無理に説得を試みる必要はないと感じます。
そのようなやり取りはただの消耗に繋がり、スレッドが荒れる原因となるだけです。どうか「大局を見据える心」を持ちつつ、無益な争いは放置されることをお願いします。
>2.理性に基づく社会設計の重要性を否定することは、変化への抵抗を超え、停滞と退行を肯定する行為です。このような意見の投稿は控えてください。
なんだか、ここにスレ主さんの革命を領導する者の独善性が如実に表れちゃっていますね。
フランス革命におけるロベスピエールにも見られた独善性です。
もちろん、ヘーゲルなんかは、彼の哲学の枠組でフランス革命を評価して、理性的なるものが現実化していく世界史の進歩を駆動するガイストの自己展開に則った肯定的な歴史現象と捉えていましたが、実際は、理性的な側面ばかりではなかった。
よく知られていることして、フランス革命時において、社会風俗が著しく乱れ、犯罪が多発したことが挙げられます。
理性の革命の内実は、想像を絶する社会の混乱と道徳の退廃でした。
革命の主要人物であるダントンが、ロベスピエールによる告発によってギロチンにかけられる前に述べた、「俺は革命を享受した、たらふく食った、女も抱いた、金もたんまりたまった、もう何も思い残すことはない、さあ眠りに就こう」という台詞にも如実に表れている。
彼は混乱に乗じて、たっぷりいい思いをしたのです。
理性の革命を評価するときには、このような裏側にある非理性的な側面も含めて評価しなければならない。
あなたには、そうのような思考が欠けています。
あなたのご指摘は一見するとフランス革命の「理性の革命」とその後の混乱を結びつけ、理性主導の社会設計がもたらす危険性を示しているように見えます。しかし、この議論にはいくつかの深い論点が欠けています。
まず、革命の混乱や道徳の退廃は、理性そのものの欠陥ではなく、それを実現するための社会的条件や統治の方法論の未熟さに起因するものです。理性が「非理性的な行動」を許容する土壌を生んだという主張は、理性を「絶対的な指導者」としてではなく、社会の中で進化し、調整されるべき一要素として理解する視点を欠いています。たとえばヘーゲルの弁証法は、このような矛盾を認識し、理性が歴史的過程を通じて自己批判的に発展する姿を示しています。
次に、革命の成果を短期的な混乱だけで評価するのは適切ではありません。フランス革命は、近代市民社会の基本である人権宣言や、法の下の平等を確立する基礎を築きました。それが直後の混乱を伴ったとしても、歴史的に見れば、それは進歩への通過儀礼だったと言えるでしょう。この視点に立てば、理性を否定するのではなく、それをどのように適用するかを議論すべきです。
また、「革命の裏側」に焦点を当てすぎると、社会進歩を否定することにつながりかねません。革命の過ちを列挙することで、現状維持の正当性を主張する姿勢は、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らん、という言葉を思い起こさせます。大きな理想を掲げる者を、目先の混乱やリスクで批判する姿勢は、歴史の大局を見失う危険性があります。
革命の非理性的側面を強調することで、選択的夫婦別姓の議論にも同様の批判を当てはめるのは誤解を生む恐れがあります。変革は必ずしも完璧である必要はなく、その過程での困難や課題を超えて、理想を追求する姿勢こそが重要です。その点で、議論の本質から目を背けることなく、もっと成熟した視点で現代の課題を考えるべきではないでしょうか。
西欧合理主義の理性への盲信で近代においては、1945年8月6日広島市への原爆投下が強行され、9万~16万人の主に非戦闘員が虐殺されたんだよ。
アメリカ合衆国に狂った独裁者がいたわけでなく、極めて民主的な決定としてね。
1次、2次の大戦で数千万人の犠牲が生まれた後、さらに理性による社会実験で、ヨシフ・スターリンは約2000万人、毛沢東は約6000万人の犠牲者を生み出す。
毛沢東思想はカンボジアでも猛威を振るうのだが、同姓も選択できるのだから自由に選べるようにしたらいいという単純明快なロジック。すなわち、スズメが米粒を食べるから、スズメを駆除すれば米の生産が増えると。これにより中国には大凶作が起こり、大躍進政策で数千万人が飢え死にした。
頭で考えた理性の改革なんてのはこんなもの。
書き込みが落ち着いてきましたので、話題を変えます。
それは「改姓して困った事!」
基本以降しばらく、この議題の書き込みのみお願いします!
改姓を経験した方々へ、実際にどんな不便や苦労があったのかをお聞かせください!
たとえば、以下のような具体的なエピソードがあれば嬉しいです:
⚫︎役所での手続きが面倒で何度も足を運んだ
⚫︎銀行口座やクレジットカードの名義変更に時間と手間がかかった
⚫︎会社の定款変更に数百万円かかり、思わぬ負担を強いられた
⚫︎仕事や人間関係で姓が変わったことで困ったこと
などなど。
実際の体験談をお聞かせください!
安心してください。
選択的夫婦別姓はやがて制度として実現されるでしょう。
その結果、別姓を選べる女性たちが、社会的強者としてもてはやされるようになり、女性たちの間に、別姓を選べることが社会的ステイタスの誇示になるような文化が生じる。
そうなると、同姓を選ぶしかない女性たちは、自分たちが相対的に貶められたように感じ、「文化的剥奪」を受け、幸福度が低下する。
この現象が、男たちにも波及し、やがて別姓を選べる妻を持つことが男たちのステイタスシンボルにもつながっていく文化へと発展していく。
こうなると同姓しか選べない男女の幸福度はますます低下し、やがて別姓が大多数を占めるようになる。
夫婦別姓の将来は明るいです。
夫婦別姓はドミノ倒しのように進んでいくでしょう。




































