在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
京都人とは?
大阪に住んで20年のアラフィフです。
最近、井上章一さんという学者さんの「京都嫌い」という本を読みました。
この本によると、著者は嵯峨の出身であることで洛中の京都人に田舎者扱いされ、悔しい思いをし、自分は京都市内の出身ではあるが、「京都人」であると名乗ることができないというようなことをユーモラスに、かつ本音で書いているようです。
私のような地方出身からすると嵯峨も立派な京都だと思うのですが、もし、この学者さんの書かれていることが京都の人に共通する認識であるとすれば、嵯峨の近辺は生粋の京都ではない、ということなのでしょうか?
私の身近な人で20代の嵯峨近辺で産まれ育ったお嬢さんがいます。
仕事の関係でこの方のブログやフェイスブックを拝見しているのですが、「京都人としてのこだわり」「京都人である自分としては~」等々、自分が京都人であることをことさら強調しています。京都外の人々に対するビジネスが目的ならそれもアリなのかと思うのですが、趣味の範囲を越えない店舗経営での京都人アピール、正直げんなりです。
このお嬢さんのお父さんが私と同郷のかなりな田舎で、地元の中堅私大の2部を卒業後京都の難関国立大学の大学院に進み、現在洛中のど真ん中に位置する場所で会社を経営していて、羽振りは悪くないようです。
お嬢さんは京都の有名私大の大学院を卒業後、そのままお父さんの会社に入っているようです。が、お父さんの会社の仕事も、自分で起業している店舗経営も中途半端なお嬢さんビジネスにしか見えません。
この親子を京都人と呼べるのでしょうか?
>違い、感じること多いですね。ちょっとした姿勢とかお辞儀の仕方、話す時の様>子とか、微妙に違いますね。
すみません。私は、上七軒の置屋のおかあさん(ほとんど妖怪なみに代々京都に住んでます)扇屋の女将さんなど(500年さかのぼれるがその前から京都)など、京都の老舗の女将さん達と知り合いが多く、仲良くさせていただいています。
京都の有名な料亭などで一緒にお食事を頂くことも多いのですが・・・。
ちょっとした姿勢、お辞儀の仕方、違いがわかりません。
お座敷の所作は確かに美しいですが、普段の話すときの様子に何か違いあります?
方言以外の違いなんて感じたこと一度もありません。品の良い普通の人たちですが。
お返事ありがとうございます。
・・・ですが、きわめて主観的な「かんじ」ですね。
それって、個人差のほうが大きいような気がします。
手や膝をそろえたり、口角をあげる・・・?
それが京都風なのですか??
もう少し具体的になにか、違いがあるのかと思い、
次の会食の時、観察してみようかと思ったのですけど。
ごめんなさい。
やっぱりわかんないです。
もうやめておきますね。
お掃除のレベルもだいぶ違いますよ。最近閉口してるのは蜘蛛の巣です。なんであんなもの平気なのか、速攻取ってよとか思うけど誰も気にしてないのか気がついてないのか、お正月過ぎるとさすがに生きてるのはいないので、とりあえず一安心してます。
京都は多様な人々が住んでます。
上七軒は、祇園などと同じ花柳界です。花柳界には花柳界で、独特の文化や言葉使いがあります。
京都の代表とは言い難いと思います。
京都には、①元貴族などの方々 ②舞子はん、芸子はんなどの花柳界 ③昔から住んでおられるアッパーミドル ④他地方からこられた普通の方々 ⑤他地方からこられている名士 などなど、大変複雑です。
それぞれに、それぞれの社会的地位と立ち位置があります。
どの立ち位置が京都の代表かは難しい問題です。
少なくとも、京都で一般的に尊敬されているのは、あえて言えば、元貴族や京都大学教授、京都老舗や名のある社長の方々でしょうか。
いろいろあってみんな良い。
それぞれが京都という事でよろしいのではないでしょうか。




































