女子美の中高大連携授業
歴史はロマン
古代史の理解を広めていきたいと思います。
仮説であってもその刺激感がたまりません。
なるほど。 さん
>例えば正座ですが、寒い時に対応する座り方である一方、
そういえば、確かに正座姿勢をとった土偶のもっとも古いものは、青森県の二枚橋遺跡で発見されていますよね。詳しい年代は忘れたが、確か縄文晩期頃だったような、、
元々、地に座して敬意を表するというのは倭の風俗として、魏志倭人伝にも記載されていたはずで、正座もその座法の一部だと思います。
調べてみたが、敬意を表する体として跪礼(頭をある程度地面より上げる)、葡匐礼(大和田常務がやったような土下座)の二通りが、礼法として書紀に記載されています。天武朝の頃、一時勅令でこの礼法が禁止され立礼を取ることが推奨されたが、じっさいには普及せずに終わっている。地に座する敬意の表し方が風習としては根深く、日本人の意識の中に古くから存在していることが伺える。
葬送儀礼としてまず正座(大腿部に腰を落ち着け手を膝がしらに置く)という座法が生じ(源流は北方系として、何某かの宗教儀式か?)、「カミ」を敬う座法として独自の姿勢を生み出していったとなれば、何とも「日本人的」。
我が国固有の武道の渡来説など信に値しない、ひとつの証左ともいえそうですね。
冷静にかんがえると君
>>その垂直的世界観は北方系、父系的、天皇、弥生的によるものだが、
出雲といえば、葦原の中つ国、根の堅洲の国とスサノオ→オオクニヌシは、南方的、母系的、国つ神、縄文的・・と水平的世界観ということらしい。
>そういう見方があるというのは知らなかったなあ、、
あ、失礼。
そういう見方もあるということで、
そこで、国譲りの神話が弥生による縄文の征服と解釈してしまったら、お馴染みの稲作伝来をこじつけた、くだらない唯物史観となってしまう。
以前、紹介したとおり、
日本人男性の4割に、世界ではほとんど存在しない日本人固有のY染色体ハプロタイプD2が確認されており、日本人の基層が縄文人から受け継がれていると考えられるところ、弥生人による縄文人の征服は、あまりにもナンセンスである。
>神話の古層が天皇家の権威に繋がるなどという単純な発想、神話アレルギーから抜け切られない状態では戦前の知性、心性のままである。
日本書記はともかく、古事記はある意味色々なイザコザも含めて書かれており、天皇家礼賛の物語ではない。神話を含めた歴史教育が必要ではないか。
なるほど君
>難しい話は、私にはよく判りませんが、日本の習慣等は北方系と南方系が混じってますよね。
>例えば正座ですが、寒い時に対応する座り方である一方、日本の昔ながら建物は、外人に「木と紙」で出来ていると言われ、隙間風が結構、入るような構造になっている、これは、南方系ですよね。やはり日本人は、各方面からやって来たんでしょうね。(=^・^=)
おっしゃるとおり。
日本人は、
縄文人を基層に色々な民族と融合し、
豊かな文化を形成してきた。
東アジアの国々とは全然違う。




































