在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
早慶の難易度って国立大学でいったらどれくらいですか?
早慶などの私大の偏差値は一見高そうにみえますが、科目数が少なかったり辞退者が大半だったりとかで、国公立大学の偏差値とは比較できません。
では、実際の難易度は国公立大学でいったらどれくらいのレベルなのでしょうか?
合格者ではなく、実際の進学者の偏差値をみるとだいたい埼玉大くらいのレベルでしょうか?
世界大学ランキングなどではだいたい広島大・千葉大・金沢大・岡山大レベルですので、やはり学力もそのくらいなのでしょうか?
難関国立を目指す受験生は、共通テスト、二次対策に時間がかかるので
早慶など私立対策は共通テストが終わってからになる。
早慶対策は2週間前後しかしないだろう。
そのため難関国立受験生といえども不合格の場合もある。
国立を早くにあきらめ、早慶専願で2~3教科に絞った受験生が
有利なのは当然。
早慶は国立下位~中位の学力があれば、2~3教科に絞れば、合格は
難しくない。
私もそう思います。
同級生でも早慶に進学した友達は、どの国立にも引っかからない人、
下位国立に合格できるかな?という人ばかりでした。
私の高校は進学校ではないのですが、進学校では5教科レベルが高く、
難関の国立大学を目指します。
よく早慶入学者が東京一工落ち、旧帝落ちなど言いますが、浪人する根性のない
負け犬の遠吠えだと思います。
落ちるだけならだれでもできますから。
>同級生でも早慶に進学した友達は、どの国立にも引っかからない人、
>下位国立に合格できるかな?という人ばかりでした。
学校によっていろいろでは?
子供は東大に合格しましたが、クラスメートで早慶に進学した方は結構いました(浪人後早慶も含めて)。
皆が皆、東大に合格できる訳ではありませんでしたから。
そのため、子供のクラスメートの進学先は、東大、医学部、早慶がとても多く、その他の国立はかなり少なかった(その他の国立を受けている方自体が少ないのです)。
ですから、東大以外視野に入る大学は早慶ぐらいだと思います。
早慶が優秀かどうかではなく、併願するからです。
要するに、東大以外の大学で見えている大学は少ないのです。
地方国立と早慶を比較して書かれても、地方国立のことをまったく知らないのですから、考えることもできません。
>難関大学ではない。
そのあたり異論はありませんが、「難関大」ってのは大学に入る段階の学力のことで、「社会に出るとき」(就活)や出たあと(社会的成功)とは関係ないですもんね。
そこだけ切り取れば東大に入るよりハーバード大学に入るほうがよほど難関ですが日本国内ローカルでの知名度も就活のしやすさも、東大のほうが断然優位ですもんね。
「東大などハーバードに入れない人間の集まり」とも言えますが、東大からすれば「だからどうした」ですもんね。日本の社会のなかでは圧倒的に優位ですから。
早慶やら旧帝も同じなのではないですかね。難易度などよくわからない世間一般の認識、世間ウケが気になるとすれば、それが東北地方であれば東北大は東大に比肩するポジションでしょうが、東京となると早慶のほうが立ち位置が上になるだけのことです。
世間の評判を気にするなら大学自体の魅力を高めて情報発信して世間ウケするブランド力をつけないといけない。入試方式も多様化して大学の定員も多くしないと社会への影響力を得ることはできないが、それをやると大学の難易度は下がる。結構大変です。
旧帝はそういったことが無益と思っているのでその方向の努力をしないわけですが、やらない以上は世間ウケが悪くなることは甘受しないといけない。
わかるひとだけわかればいい、旧帝卒にはそういう達観した心持ちが求められるように思います。
他大学を口汚く批判したり貶めるのは旧帝卒の矜持が無いんじゃないかなあ、とちょっと残念です。
日本帝国消滅後、今年で76年になる。それでもなお、いまだ「旧帝」なる封建的かつ権威主義的な言い回しを好んで用いるその時代遅れな感覚とはいかに。官尊民卑というか、卑屈な民草・奴隷根性とでもいうか。呆れるばかり。
実際には、国立大であれ私立大であれ、単なる設置者に相違あるに過ぎず、そこに見識乏しき輩が書き散らすような「旧帝=研究機関」、「私学=就職予備校」なる仕分けなど、各法制上どこにも見受けられない。当然である。
また、ノーベル賞受賞者は一般に高齢者が多く、当時の日本の時代背景・事情からも国立大・理系卒業生に偏重してしまったことはやむをえまい。しかし時代は移り、今後は優秀な私学出身者の受賞も大いに期待ができる。しかも、受賞者のうち、たとえばノーベル生理学・医学賞 大村 智博士などは、受賞に至るその経緯からみて、むしろ私学の北里大学ご出身といっても過言ではないほどなのである。
したがって、ノーベル賞受賞で真に問われるべきものは、彼等の形式的な出身校如何ではない。むしろ、当該受賞に関わる研究につき、いかなる大学ならびに研究機関がそれにどれほど関与・貢献を為したかの実質面で評価されねばならないはずだと考える。




































