女子美の中高大連携授業
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久しぶりに朝まで生テレビ!
橋下大阪市長が出てました。
5分ぐらい見て寝ようと思ったんですけど・・・。
なぜ橋下市長の構想に反対できるのかが、非常に不思議になっちゃいました。
今現在も見続けてますが・・・、ひとつの結論が見えました。
アレルギーなんですね。
橋下さんがいくら「タラバガニはおいしいよ」と言っても蟹アレルギーの人には
受け入れられないんでしょうね。
と、、、これを書いているうちに、、、
「君が代」の話になりました。
えーーー大阪の教育って・・・これが現実?
法令条例に反する教員を見逃せって・・・。
がんばれ!橋下市長。
SSJ28さん
私も、危険な、偏った思想を持つ人は教員になるべきでないと思うし、教え子の晴れの舞台である卒業式を己の偏った思想の表現の場として利用して台無しにすることは許されないと思います。
しかし、だからと言って橋下氏のやり方は行き過ぎの気がします。この「卒業式の君が代問題」が、橋下氏の「目的の為には手段を選ばず」という危険な政治手法を許す突破口として利用されている気がします。
「卒業式に君が代を歌わない教師を罰することは良いことだから」とこのやり方を許してしまったら、橋下氏の「俺流強権力の発揮の仕方」が次々と拡大解釈されて行って、とんでもない事にまで応用されていくことになるのでは?とどうしても危惧します。
それから「外国人であっても日本の義務学校の教師になって良い」というのが何故なのか?私にはどうしても理由がわかりません。教育は国の根幹に関わる重要な仕事で、「外国人お断り」で全く問題ないと思います。差別だと非難される謂れはないと思います。
私、誇張していませんよ。
ルールを守らない教員がいる。
公務員が職務中に特定の候補を応援する選挙活動をしている。
この二つしか言及した覚えはありません。
もちろん大阪の特殊な事情、左翼的な思想が強いイメージはあります。
在日韓国人の問題も耳にします。
怖いお兄さん方の話も、と言うかお見かけすることもあります(笑)
どなたかが踏み絵とおっしゃっていますが、私は違うと思います。
正しく国旗や国歌に接したい人、税金を納める市民の権利を守るためのルールであると考えています。
傍若無人なのは、橋下市長ではなく、ルールを守らない教師であり、犯罪を犯す労働組合
だと思います。
紅の梅さん
外国人は義務教育の教師にはしない・・・と言い始めると、英語教育の先生は全部日本人ということになりますよ。
日本人だからといって、正しい日本語を使えるかといえばそうでもないでしょうし・・・。
日本の自称知識階級【インテリ】さんたちも、ぼろぼろの時代です(笑)
無条件に受け入れると言うことではなくて、日本人によりよい教育をしていただける先生なら、外国人でも構わないと思います。
外国人の方が日本人より日本のよさを理解していることもあると思います。
「君が代は国歌だとは思えない」などという日本人教師よりは、日の丸や国歌、日本の文化を尊重してくれる外国人のほうが好ましく思えます。
でも、何が本当に正しくて、何が絶対的なルールと捉えるかは難しいですよ?
「ねずみ裁判」で正しいとされた事は何でしたか?守るべきルールとされた事は何ですか?
「民族差別をしない事」が絶対的ルールとされて厳守を迫られれば、あのような恐ろしい事になります。
【2475459】は【2475448】への返信でした。
【2475456】について、ふうさんへ
脳がよく働いていませんでした。小学校と違って中学校は、担任が全教科を教えるのではなくて、教科ごとですから、確かに語学の先生は外国人が望ましい場合もありますね。
しかし現実論として、歴史問題・領土問題が横たわり、小さい時から徹底的に反日教育を受けて育ったとわかっている特定の民族の方々には、日本の公立義務教育の教員にはなってほしくないというのが日本人の本音ではないでしょうか?
なぜ日本の学校の卒業式で日の丸と君が代が尊重されなければならないか?・・・その理由と意味を問い詰めていけば、「反日民族を日本の子供達の先生にすることは出来ない」という事につながると私は思うのですが。
英語が必修教科であるのと違って、韓国語は必修教科ではありませんから、韓国人の教師を日本の学校が受け入れなければならない理由はないと思うんです。受け入れたくない理由なら幾らでもあるでしょう?
もう脳が疲労しています。夜更かししすぎました。お休みなさい。
>二俣川さん是非ご覧になってください。
拝見した。
それで? というものが率直な感想。
あの人物の目撃談が事実かどうかまず疑問。また、彼の思想的背景から考えて、客観性も疑わしい。
そもそも、「国家あっての自由」とは、どういう意味だろうか。
周知のように、自由権とは国家への不作為・不干渉請求権をいう。すなわち、国家からの自由を本質とするものである。
本来対立概念であるはずの国家と自由との関わりについて、もっとていねいな説明が欲しいところである。




































