アートの才能を伸ばす女子教育
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修身と道徳
修身とは、戦前の小学校で教えられていた、今の「道徳」にあたる科目です。
そして、下記は教育方針を明記した教育勅語の12徳目 です。
SS様、あなたは特に読まなければいけませんね。
親に孝養をつくそう(孝行)
兄弟・姉妹は仲良くしよう(友愛)
夫婦はいつも仲むつまじくしよう(夫婦の和)
友だちはお互いに信じあって付き合おう(朋友の信)
自分の言動をつつしもう(謙遜)
広く全ての人に愛の手をさしのべよう(博愛)
勉学に励み職業を身につけよう(修業習学)
知識を養い才能を伸ばそう(知能啓発)
人格の向上につとめよう(徳器成就)
広く世の人々や社会のためになる仕事に励もう(公益世務)
法律や規則を守り社会の秩序に従おう(遵法)
国難に際しては国のため力を尽くそう、それが国運を永らえる途(義勇)
来年の卒業式にむけて、SSさまの目に留まるように時々スレを上げときますね。
ちなみに最近上梓された戸松秀典著『憲法』(弘文堂)には、こう述べられている。
「象徴天皇制は、1960年代に確立した(46頁)」。そして、現在の明仁天皇は裕仁天皇を踏襲して、
さらに象徴天皇制を深化させた、と。
すなわち、戸松先生(東大教授で最高裁判事を務めた故伊藤正巳先生の弟子)は、現天皇による東日本大震災等での慰問活動をもって確立した象徴天皇制の具体的な意義だと評価している。
また、皇位の継承についても、例外的に「皇統に属する女子」の継承資格を認める旨の定めを皇室典範1条に2項として付加するとの意見に事実上賛同しておられる(同49頁)。
ちなみに、同書はあえて学説の対立に深入りしておらず、正直内容的には物足りない。
しかし、学会を代表する先生による最新の専門書ゆえ、信頼に足る(百地や長尾、西らの駄本とは天地の差がある)。
憲法にご関心ある向きにはお勧めできる。
また、歴史的に「天皇」をお考えになりたい方々には、次の本をご紹介しておく。
その結論はともかく、学問的な水準は保っているように感じられる。
一読の価値あり、である。
大塚初重『古代天皇陵の謎を追う』(新日本出版社)
ちなみに戸松先生も自公両党による「集団的自衛権」に反対の立場を明確にしておられる(同書51頁)。
すなわち、自公のやり口をもって「憲法改正に匹敵する憲法秩序の変更」だと喝破している。
当然だ。まともな研究者らの共通した見解である。
研究者に呆れられながらも、砂川事件最高裁判決を珍妙に政治的利用する自民の高村や公明の北側ら。
そんなこと、この数十年どの専門書にも述べられていない。
まさに、苦し紛れの我田引水であり、都合のよいこじつけである。
そのような嘘を厚顔にも言い続けるところに、もはや法律家でない政治屋の真骨頂をみる。
彼ら自身、かつての司法試験勉強当時に「砂川判決」を学んだ際、
そこに論点として集団的自衛権云々とは想像もしていなかったはずだ。
よもやその寝言を答案練習で書こうものなら、「もっと勉強なさい」と採点者から酷評されたはずである。
>日本人としての精神の支えになるもの、それが天皇なんじゃないかな?
おてんとうさまのありがたさは普遍的なものであって異論をはさむ余地はないですよね。
玉音放送の前にひれ伏す町民の映像なんかを思い起こせば、当時の町民にとって天皇の声とおてんとうさまは同じくらいありがたい存在だったはず。
だけど今どきどうでしょう。「天皇は心の支え」に人口分イイネ!押されるだろうか。
町民の総意というにふさわしい普遍的な皇室のありがたさとはいったい何なのだろう。
ここ読んで、僕みたいなカスでもそれを知る義務があるということをなんとなく思うようになってきた。知れば僕も皇室を積極的支持派になるかも。でも今はまだのどのあたりがムズムズしてる感じ。
>皇室の存在理由ってなんなんでしょうね。憲法で天皇のお立場を定めているから・・っていうのは答えにならないと思うんですよ。憲法に定める必要のあるその理由って何なんだろう。
憲法ができる以前から、古代から「ある存在」なのだから、存在理由なんて必要ない。これからもあり続けるだけのこと。
天皇は憲法以前の存在だが、
それでは、なぜ、憲法で天皇を規定するかというと、
放置していたら、必ずこれを担ぐ政治勢力が現れるから。
憲法で規定することにより、恣意的な政治利用を制御しなければならない。
それは古代からの歴史的経緯をみても明らかである。
>だけど今どきどうでしょう。「天皇は心の支え」に人口分イイネ!押されるだろうか。 町民の総意というにふさわしい普遍的な皇室のありがたさとはいったい何なのだろう。
別に天皇、皇族がそんなにありがたい存在である必要はない。
天皇家がこれからもあり続ける、それだけでいい。
国家の中心にある「空」が、我々の独自の社会を生み出している。
>天皇家がこれからもあり続ける、それだけでいい。
>国家の中心にある「空」が、我々独自の社会を生み出している。
同感です。
世知辛くなった日本社会。
天皇家の存在で、とりあえずまだ国民は人間らしさを保っているのです。
天皇、皇后両陛下の存在があるからこそ、日本人はかろうじて今も尚、日本人らしさを失わずに存在出来る。
天皇家が崩壊してしまったら、もう、日本はどこへ向かって行くのでしょう。
秩序、モラル・・全てを失い、個々がそれぞれに好き放題し、慈しみ、日本人のわずかに残る他者への思いやりの心をも失うでしょう。
>別に天皇、皇族がそんなにありがたい存在である必要はない。
天皇家がこれからもあり続ける、それだけでいい。
天皇家があり続ける、それだけでよいなら
なくてもよいはずである。
天皇家が国家における「空」なら
まったくの「空」でもよいはずである。
>秩序、モラル・・全てを失い、個々がそれぞれに好き放題し、慈しみ、日本人のわずかに残る他者への思いやりの心をも失うでしょう。
「思いやり」とは何か。
天皇制の支持と同様に死刑制度も国民の8割が今なお支持している。
何故か?
集団リンチと同様に被害者以外に災難がふりかかることはないからであり、
いじめっ子に加担するほうが楽だからである。
集団リンチ殺人の犠牲者やいじめられっ子、死刑囚や天皇家はみな繋がっているのだ。
こうした多勢が寡勢を攻撃しても何とも思わない
いわば「イジメ社会」が日本に「思いやり」の心を喪失させている。
>天皇家があり続ける、それだけでよいなら
なくてもよいはずである。
はあ?笑
何を言っているのか意味不明。
笑
古代より、天皇家はあり続けてきたし、
憲法に規定しようがしまいが、これからもあり続ける。
それは所与のことであって、あとはリスクコントロールの問題。
それゆえに、憲法で制御している。
国家の象徴は国家元首とは異なり、国家機関ではないのだから、
必ずしも、憲法で規定する必要はない。
>古代より、天皇家はあり続けてきたし、
憲法に規定しようがしまいが、これからもあり続ける。
>それは所与のことであって、あとはリスクコントロールの問題。
それゆえに、憲法で制御している。
つまり、天皇家は処分に困った核のゴミのようなもの。
扱いを誤ると国民が被曝し危害が及ぶため憲法で制御しているということだ。
佳子君を脅迫したとして不当逮捕された池永利運氏は不起訴になったのかな?
天皇皇族の存在はこうしたネットにおける言論表現の自由をも国民から奪う凶器へと変貌する。
このように国民の権利を制限する天皇制を即刻廃止すべきであると考えるのは私だけではあるまい。
利運氏のような犠牲者が再びこの日本から出ないように祈るばかりである。































