将来の選択肢が広がる学部合同説明会
ついで参り
「ついで参り(ほかの用事のついでにお墓や神社へ行くこと)」は、ご先祖様や神様を軽く扱っているように思われるため、昔からの言い伝えでは良くないとされています。
ご先祖様や神様を二の次(軽視)にしているように思われるため、気にする日本国民が減少しました。
天皇皇后両陛下の長女・愛子さまは、2026年8月1日に三重県を訪問し、国内で唯一ラッコを飼育する鳥羽水族館でラッコの「イカ耳ジャンプ」をご覧になった後、翌2日に伊勢神宮を参拝されました。
友人のお嬢さんは、鳥羽水族館で愛子さまにお会いして帰宅したのは夜遅く遅かったようで、非常識だと怒っていました。
ついで参りが良くないというのは、あくまで民間の俗信でしょう。
それを前提にして、愛子さまが鳥羽水族館を訪問した翌日に伊勢神宮を参拝されたことを非常識とするのは、さすがに話が飛びすぎています。
そもそも皇族の地方訪問は個人的な旅行ではなく、公務です。訪問先、日程、移動、警備などを含めて行程が組まれる。
鳥羽水族館を見学したから伊勢神宮がついで、という発想自体が、皇族の公務を個人の参拝と同じ尺度で見ている。
さらに友人のお嬢さんが帰宅したのが夜遅かったという話は、愛子さまの参拝の是非とは何の関係もありません。
ついで参りが嫌なら自分が気にするのは自由です。
ただ、自分の信仰上の感覚を、他人の行動を非常識と断定する根拠にまで拡張した瞬間、話が変わります。
迷信と公務と他人の帰宅時間。
全部、別の話です。
潔斎(けっさい)とは、神事や仏事、写経などの重要な行事を行う前に、一定期間、飲食や行動を慎み、沐浴(もくよく)をして心身の穢れを払い清めます。
斎宮は「いつきのみや」とも呼ばれ、斎王の宮殿と斎宮寮(さいくうりょう)という役所のあったところです。斎王は、天皇に代わって伊勢神宮に仕えるため、天皇の代替りごとに皇族女性の中から選ばれて、都から伊勢に派遣されました。
古くは、伊勢神宮起源伝承で知られる倭姫命(やまとひめのみこと)など伝承的な斎王もいますが、その実態はよくわかっていません。
制度上最初の斎王は、天武天皇(670年頃)の娘・大来皇女(おおくのこうじょ)で、制度が廃絶する後醍醐天皇の時代(1330年頃)まで約660年間続き、その間記録には60人余りの斎王の名が残されています。
選ばれた斎王
斎王制度の概要は、平安時代に編纂された法令集『延喜式』により知ることができます。これによれば、斎王は、天皇が即位すると未婚の内親王(または女王)の中から、卜定(ぼくじょう)と呼ばれる占いの儀式で選ばれました。
斎王になると、宮中に定められた初斎院(しょさいいん)に入り、翌年の秋に都の郊外の野宮(ののみや)に移り潔斎の日々を送り身を清めました。
その翌年9月に、伊勢神宮の神嘗祭(かんなめのまつり)に合わせて都を旅立ちました。出発日の朝、斎王は野宮を出て葛野川(現在の桂川)で禊(みそぎ)を行い、大極殿での発遣の儀式に臨みます。
大極殿で天皇は、斎王の額髪に小さな櫛を挿し、「都の方におもむきたもうな」と告げます。この儀礼は、発遣儀式のクライマックスともいうべきもので、平安文学の中では「別れのお櫛」という名で呼ばれています。
伊勢神宮に「ついで参り」は良くない、どうしてもなら帰路に寄る、ということは皇族なら絶対に知っているはずですよね。
愛子さまが鳥羽国際ホテルを全館貸切にしたことも違和感があります。
同じ立場の内親王だった清子さまはそんなことをなさっていません。天皇皇后陛下でさえ1フロアの貸切でした。
伊勢神宮は、全国約8万社の神社を包括する神社本庁において「本宗(ほんそう)」と仰がれる、すべての神社の頂点に位置する特別な存在です。一般的に「総本山」と呼ばれることもありますが、神社界では「本宗」や「最高位の神社」と表現されます。
旅行や出張での神社の「ついで参り」はNG、正しい参拝法とは
藤原美津子: 神道研究家 ダイアモンドインラインより一部抜粋
実は、神社参拝の時に心がけておくべきことや、絶対にしてはならないことがあるなど、神様に対する接し方を知らないために、すごく損をしていることもあれば、ものすごく失礼をしていることもあります。
たとえば、旅行先や出張先で見つけた神社。「せっかく来たのだから、ついでにお参りしていこう」と思ったことはありませんか?これを「ついで参り」と呼びますが、そのままだと、このお参りの効果は限りなくゼロに近くなってしまいます。
では、なぜ「ついで参り」の効果は薄いのでしょうか?「ついで参り」の効果が薄い理由は、「神様はヒマではないから」です。「ついで参り」という以上、「主は別にある」はずですね。神様は、「相応の理」といって、人の思いに相応した力を入れてくださいます。
皇族が参拝する場合、周辺は警護体制がひかれます。
偶然に参拝しようとした庶民が外宮や内宮に思った時間に参拝できないということはあってはならない。そのためにもついで参りと思われるような参拝方法は皇族として注意していただきたかったという庶民の気持ちに寄り添って頂きたいと思います。
周囲の人間の日程の気配りに問題があるようですね。
参拝も広義の祭祀(さいし)、あるいは祭祀を構成する一環(お参りする行為)に含まれます。
祭祀を軽んじでいると権威は自然と失われます。






























