女子美の中高大連携授業
医学部人気はバブル?
みなさま、今の医学部人気はバブルと思いますか?それとも現状の人気度は適正とお考えですか?
諸外国の中でも特にアングロサクソン系では医学部は難関ですが、「全ての国立医が東大並み」「全ての私立医が早慶以上」という日本の現状には違和感を感じます。
わたしは、臨床医ならMARCH前後で十分と思います。逆に、歯学部の偏差値が低すぎるのが不自然です。
もちろん、多くのご家族が子供を医学部に入れたい理由もわかります。
①ある程度「親が関与」できる大学受験時点で医師の資格を(ほぼ)得られること、②激務とはいえ現時点では「雇用の安定」という視点では医師が一番いいこと、③時給ではそれほどではないが、高収入であること、④多様な勤務形態が可能なこと、
などがあげられると思います。
新設医学部(私立・高額授業料なのであまりいいとは思いませんが)や国立医の大幅な定員増で、医師不足、科の偏在、地域の偏在などを解消すれば、医学部バブルも多少収束するとは思いますが。
みなさま、日本の今後のあり方として「医学部一点豪華主義」についてどうお考えですか?
そして、改めて伺います。「現在の医学部人気はバブルでしょうか?」
子供を医学部に入れようとしているご家族としての意見、医療サービスの受益者としての意見、現在医療者としての意見、お待ちしております。
あの、、、 本筋からずれているとは思いますが、質問させて下さい。
東大 理3など国立大を卒業して医師免許をとり、医師業とは別の受験本を執筆されてる方もいますよね? 個人を断定するわけではありませんが、そんなに本業から離れても差し支えないのでしょうか? また、国立大は国から多額の援助があり、学費がおさえられますよね? 純粋に医師を目指して、医師業務を全うされない方は私学で学んでいただきたいのですが‥‥ 医師不足なら そんな方は国として応援できないみたいな‥ 素朴な疑問なのですが。
>純粋に医師を目指して、医師業務を全うされない方は私学で学んでいただきたいのですが‥
純粋に医師を目指して国立医で学んでも、その後気が変わる人だっていますよね。
それが出来るのが自由主義のいいところでしょう。
国立大学で学んだら一生何かに拘束されるような国に住みたいですか?
それに、先に学び、後で社会に出るのだから、おっしゃっていることは全く意味がないことだと思います。
今も昔もさんの示された1977年は一期校、二期校の時代ですよね。今の前期後期とはニュアンスが異なり、一期と二期では受けれる大学が違いました。二期のほうが一期が残念だった人が受験することになっていたかと思います。その時代にはつまり、one chanceで、一期に通らなければ地方に行くか、別受験日の公立を受験するかでした。(今は、東大や阪大医なども後期で受験できますよね)
1977年の偏差値を見て明らかですが、そのころには琉球大、香川医大、島根医大、大分医大、高知医大、名市大などの医学部は存在すらなかったことがわかります。その後に医師不足が叫ばれ、医大が乱立されたのです。ですから、今のほうが医学部は多くなり定員数枠はずっと増え、少子化であることを考えると入りやすくなったのではないでしょうか。
共通一次なるものがはじまり更に一期、二期の区別がなくなり、チャンスは1回のみとなりました。
その後前期、後期ができ東大でさえ2回受験機会を得ることができるようになったのです。
1981年とか1977年は高度経済成長時代で工学部がもてはやされ、農学部は非常に低偏差値になりました。
そして、今はバイオが騒がれ農学部は持ち直し、工学部はそれほど花型ではなくなりました。
でも、医学部はどの時代でも高偏差値です。
今がバブルなのではないと私も思います。
今のほうが入りやすいという意見にもある意味納得できます。
医学史様
>1977年の偏差値を見て明らかですが、そのころには琉球大、香川医大、島根医大、大分医大、高知医大、名市大などの医学部は存在すらなかったことがわかります。その後に医師不足が叫ばれ、医大が乱立されたのです。
正確な情報をお願いします。
ウィキによれば(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%BB%E7%A7%91%E5%A4%A7%E5%AD%A6#.E6.96.B0.E8.A8.AD.E5.8C.BB.E7.A7.91.E5.A4.A7.E5.AD.A6)
「新設医科大学は、1970年代に新設された医学部または医科大学・大学校である。医学部・医科大学(校)は日本に現在80校あるが、新設医科大学は34校あり、全体の42.5%を占める。」とあります。
新設医科大学34校のうち、国立17校、私立14校、目的別医科大学(自治、防衛、産業)3校です。
>そのころ(1977年)には琉球大、香川医大、島根医大、大分医大、高知医大、名市大などの医学部は存在すらなかった
各大学の医学部設置年は次のようになっています。
琉球1979年、香川1978年、島根1975年、大分1976年、高知1977年、名市1948年。
名市は新設医科大ではありません。
他の新設医科大の設置年もコピペしておきます。
国立 [編集]
* 秋田大学医学部(1970年(昭和45年)設置。地図)
* 旭川医科大学(1973年(昭和48年)設置。地図)
* 山形大学医学部(1973年(昭和48年)設置。地図)
* 筑波大学医学専門学群(1973年(昭和48年)設置。改組して「医学群」となる。地図)
* 愛媛大学医学部(1973年(昭和48年)設置。地図)
* 浜松医科大学(1974年(昭和49年)設置。地図)
* 滋賀医科大学(1974年(昭和49年)設置。地図)
* 宮崎医科大学(1974年(昭和49年)設置。現宮崎大学医学部。地図)
* 富山医科薬科大学(1975年(昭和50年)設置。現富山大学医学部。地図)
* 島根医科大学(1975年(昭和50年)設置。現島根大学医学部。地図)
* 佐賀医科大学(1976年(昭和51年)設置。現佐賀大学医学部。地図)
* 大分医科大学(1976年(昭和51年)設置。現大分大学医学部。地図)
* 高知医科大学(1977年(昭和52年)設置。現高知大学医学部。地図)
* 福井医科大学(1978年(昭和53年)設置。現福井大学医学部。地図)
* 山梨医科大学(1978年(昭和53年)設置。現山梨大学医学部。地図)
* 香川医科大学(1978年(昭和53年)設置。現香川大学医学部。地図)
* 琉球大学医学部(1979年(昭和54年)設置。地図)
私立 [編集]
* 杏林大学医学部(1970年(昭和45年)設置。地図)
* 北里大学医学部(1970年(昭和45年)設置。地図)
* 川崎医科大学(1970年(昭和45年)設置。地図)
* 帝京大学医学部(1971年(昭和46年)設置。地図)
* 東洋医科大学(1971年(昭和46年)設置。現聖マリアンナ医科大学。地図)
* 愛知医科大学(1971年(昭和46年)設置。地図)
* 埼玉医科大学(1972年(昭和47年)設置。地図)
* 金沢医科大学(1972年(昭和47年)設置。地図)
* 名古屋保健衛生大学医学部(1972年(昭和47年)設置。現藤田保健衛生大学医学部。地図)
* 兵庫医科大学(1972年(昭和47年)設置。地図)
* 福岡大学医学部(1972年(昭和47年)設置。地図)
* 獨協医科大学(1973年(昭和48年)設置。地図)
* 東海大学医学部(1974年(昭和49年)設置。地図)
* 近畿大学医学部(1974年(昭和49年)設置。地図)
目的別医科大学 [編集]
* 自治医科大学(総務省(旧自治省)関連の私立大学。1972年(昭和47年)設置。地図)
* 防衛医科大学校(防衛省(旧防衛庁)所管の省庁大学校。1973年(昭和48年)設置。地図)
* 産業医科大学(厚生労働省(旧労働省)関連の私立大学。1978年(昭和53年)設置。地図)
>その後に医師不足が叫ばれ、医大が乱立されたのです。
1977年以後(1977年も含む)に設置されたのは34校中6校です。




































