今年入学した高1生が語る青春リアル
難関校、入学してみたら大変だった方
子供が難関校といわれている中高一貫校に通っています。
勉強の資質はあると思うのですが、中学受験の頃から自分から勉強に自発的に取り組むタイプではありませんでした。
けれど子供はそんなものかなと思っていましたし、中学受験のころは母親の私が伴走し勉強の管理はすべてしていました。
国語や社会の暗記など興味が向きにくい勉強には大分手を焼きました。
それでも中受の頃は模試の全体で見ると上位にいましたし、本人もそれがモチベーションとなっているところがありました。
中学に入学後はじわじわと成績が低下、成績は下位に
勉強量も小学校の頃に比べたら大分へり、勉強法も改善の余地がある様に見えますが反抗期にも差し掛かり中々親から指摘も素直には聞き入れない感じになってきました。
本人成績が下がっても奮起する感じはなく、落ち込んでいるところは見せませんが、でも口に出さなくとも小学校の頃は塾でも学校でも上位だったのに大分自己肯定感は削がれている気がします。
最近は「中受で頑張ったのに、もう頑張りたくない。勉強の意味も見出せない」とも口にします。
進学の際にチャレンジ校ではなく身の丈にあった学校を選択した方が良かったのかな、と今更ながら思っています。
合格した時は本人も大喜びで進学先を決めたのですけれどね...
部活や学校生活はなんとか楽しんで過ごしてくれています。
同じ様な方、どの様にお子さん見守っていますか。親が焦ると余計子供が自信を無くすと聞くので、必要以上に不安にならずに大らかに見守りたいですが中々難しいです...
わざわざ「発酵食品」と記載しているのですが、、カレーとか肉じゃがではレシピ通りで同じ味になりますよ。微生物より人間の方が差がでますよね。
パン作りとか味噌作りとかしたことない?みんなで一緒に作っても本当に味が違いますよ
酒やワインの味とかも違いますがね
実験とかでもまあまあバラつくし、プロトコール以外のセッティングが肝になっていたりで実際に見せて貰わないと再現できない場合もあります。そういうのが「現場」ですよ
結局、「PDCAサイクルで難関校の勉強その他がハックできる」という主張が共感されない根本かな。ハックできるのは難関校未満の学校限定。本当の難関校なら中学受験時でそのレベル程度はクリアしてるので。中学受験を知らないか、もしくは本当の難関校ではないのでしょう。
また、成田氏を例外扱いしているが、ある意味王道なのが難関校。知的好奇心から色んな所に出入りして活動をしている上澄みは毎年いるし、そういうのが海外大学に進学する流れもできつつあります。
一方で深海魚発生のメカニズムは不明な点が多い。一部には発達障害系や家庭の不和等がいるのは確かかな。
各所に論理の飛躍が見受けられますね。まとめて回答します。
まず、パン作りや実験の「現場」を例に個別の差異を強調されていますが、現代においてパン焼き器が一定の品質を再現し、市販の味噌や納豆の味が均質な以上、その主張は単に「再現性を構築する管理能力の欠如」を露呈しているに過ぎません。個別の微差を神秘化するのは、仕組み化できない側の典型的な逃げ口上です。
また、成田悠介氏のような稀有な例を持ち出すのは生存者バイアスであり、一般的な再現性の議論を否定する根拠にはなり得ません。そもそも、あなたが仰る「そのレベル程度」とは具体的に何を指しているのですか?
また、品質管理で登場したフレームワークが「目標管理にも有用である」とされていることを理解していない?(汗)だから「人間は製品ではない」といった情緒的な難癖を繰り返すのでしょうね。不勉強すぎて言葉もありません。
そもそも、中学受験で成果を出せなかった親が、仕組みを正しく理解し子供に説明できるでしょうか。同様に、中学受験で中途半端な結果しか出せなかった子が、これを自律して正しく運用できるでしょうか。親は仕組みを誤用した「PDCA父さん」になり、子は叱責され疲弊する、自律とは程遠い惨状になりそうです。
むしろ、私の提示する仕組みは、難関校に通う子がスレタイのように無気力になった時にこそ、効果を発揮するのではないかと考えています。親子共に、仕組みを正しく理解し実行できるだけのポテンシャルがありそうだからです。
結局のところ、対案を示すこともできず、瑣末な例外を突いて反発することに終始されているのは何故でしょうか。
蛇足ですが、一点だけ。
実験において「プロトコール以外のセッティングが肝」「実際に見せてもらわないと再現できない」といった主張を、さも「現場の真理」のように語っておられますが、それは科学的妥当性の欠如を自ら露呈していませんか?
かつてのSTAP細胞事件も、まさにそうした「手順書(プロトコール)に書けない独自のコツ」という曖昧な言説から崩壊していきました。第三者が客観的に再現できないものは、仕組みとしても理論としても成立していない。それが現代のスタンダードです。
個人の感覚という不確かなものに固執せず、誰がやっても同じ結果が出る「仕組み」の重要性を、もう少し学ばれてはいかがでしょうか。
まずは、中学受験で難関校に進学できなかった界隈の親子についてここでコメントします。
そもそも、親の目標が「難関大進学」であるなら、難関校に届かず中堅校へ進学した時点で、親子の戦略は破綻しています。
サンクコストを切り捨てて公立中から高校受験で上位校を狙い直すのが合理的な判断であり、中堅校で漫然と6年間を過ごさせるのは、単なる結果の先送りだと思います。
また、中学生に対して「親の目標」を押し付けている時点で、仕組み以前の問題です。本人が自ら目標を設定し、納得しない限り、モチベーションなど生まれるはずもありません。
結局、「PDCA父さん」の惨状も、こうした「親の戦略ミス」と、子供の自律を阻害する「論理的リテラシーの欠如」が招いた結果です。
要は、中学受験後の戦略を誤っている親が、仕組みを正しく理解し、子供を自律の道へ導くこと自体が、極めて困難ではないかという話ですよ。
・親の目標が「難関大進学」
>まず、この目標設定が怪しい。難関大学出たからハッピーにならないかもしれない。
そもそも政治はトランプが出てきて不安定に、ビジネスはAIの登場でいろいろゲームチェンジしている。
世界における日本の立ち位置だって変化している。
こんな不安定な社会において、「偏差値の高い大学に合格する」というシンプルな尺度では通用しない。
もちろん、偏差値の低い大学より、高い大学のほうがベターではあるが、それがこれからの混沌とした社会で生き抜くために重要なパラメーターかどうかは、はなはだ疑問。
・中学受験で難関校に進学できなかった界隈
>自分の子供で言えば、長男は最難関の1校に合格し、次男は受験すらしていない。
長女はこれからどうするかは様子見。
本人の性格や可能性に合わせて、各家庭が考えれば良い問題。
答えはないし、絶対はない。
自分の考えを披露することは良いが、相手に押し付けなくてもよい。
子供の受験成果を親のトロフィーにしてはいけないと思う。
「親の管理のおかげ、サポートのおかげで、〇〇した」
と考えるのは、親の傲慢で、あくまで一人の人間、人格としてサポートするのが望ましい。
>中学受験で難関校に進学できなかった界隈の親子
がすべからく、仕組みを正しく理解できていないというのは、言い過ぎ。
サポートも行き過ぎれば、本人の自立を損ねるし、サポートが全くなければ、自立すら難しい子供もいるだろう。
子の気質があるのだから、それを皆同じに扱うのは無理がある。




































