アートの才能を伸ばす女子教育
学校部活の限界
今月、新潟・北越高校の部活遠征バスが衝突し高3生徒が死亡する痛ましい事故が発生。さらに北海道でも5月3日、部活顧問が運転するレンタカーが横転する事故が起きました。どちらも「遠征時の安全管理」が現場任せになっていた、今の部活システムの限界を象徴しています。 #部活問題
日本の部活は「教員の善意と自己犠牲」で成り立っていますが、そもそも公立校の部活指導は法的な業務(義務)ではありません。教員は「運転や医療のプロ」ではないため、過労による居眠り運転や、熱中症・脳震盪などの重大事故のリスクを個人の責任として背負わされています。 #教員の働き方改革
アメリカの高校スポーツでは、指導者は報酬が出る「プロの契約職」であり、医療資格を持つトレーナーが安全を管理します。遠征もバス会社への委託が当然です。日本のように、予算がないからと未経験の教員に顧問を押し付け、命の責任まで丸投げする構造は明らかに異常です。 #学校教育
事故を受けて北海道などは「公共交通や貸切バスの利用」を原則としましたが、現場の予算や受け皿不足で地域移行は難航しています。保護者や社会の「タダで預かってくれて便利」という甘えを捨て、スポーツは地域の専門家に委託する仕組みへ今すぐ変えるべきです。 #部活動地域移行
部活を「学校の業務」として維持するのはもう限界だと思う。公立も私立も部活は一律で完全廃止にして、利権まみれの高体連のような学校単位の大会もすべて解体すべき時代なってきたのでは?
「文化部やマイナー競技が広がらなくなる」という反論も想定されるけど実態は逆。今のシステムのせいで、予算や教員不足を理由に「顧問がいないから作れない」と、マイナーな活動こそ切り捨てられている。最初から地域のクラブやカルチャーセンターに完全移行すれば、複数の学校から少人数ずつ集めて存続できるため、学校の枠から解放された方が選択肢は広がる。
「教育」という建前で教員をタダ働きさせた上で責任を負わせるシステムが限界にきてると思う。大人の利権のための大会を維持するシステムが本当に必要か考える時期では?
やりたい人間が、相応のコストとリスクを自己責任で負担(もしくは国が援助したり、団体が高校生を支援するなど)して地域でやる。この転換をしない限り、教育現場の正常化なんてあり得ないと思う。
あなたの言う通りなら、まず教育すべきは保護者だよね。
学校(部活動等)が適切な運営をしているかのチェックは親しかできない。
よく強豪校だと顧問やコーチの言いなりのところがあるけど、
そういうところは内部・外部通報で処分(公式戦出場禁止)にすればよいだけ。
ライバル校が必至にアラ探しをしてくれるはず。
あと、部活なんて所詮趣味なんだから、学校に責任を押し付けるのもどうかね。
あのバス事故に関しては、バス会社の手配が悪いのはもちろん、
少ない部費で賄えていたとする(確認が甘かった)保護者にも責任があるよ。
「安すぎて不安になる」と今までに一度もなかった方がむしろおかしい。
よく「外部コーチが必要」なんて言う人がいるが、それならスポーツクラブに行けばいいだけの話で、
学校で行う意義はない。まぁそもそも部活動そのものを廃止にしても(学校という本来の目的からすれば)
全く問題ない。むしろ部活動で支出している費用を優秀な生徒の応援(難関大に合格し引っ越しが必要な場合の補助)に
使った方が国益に適う。
スポーツを公立高校生に部活として提供する時代は既に終わったよ。
高野連の利権がケタ違いなことくらい百も承知。日本だと「高校生×スポーツ」という組み合わせが異常に好まれるから、野球に限らずバレーやサッカーでも同じような歪みがある。
でも、今回の争点はそこじゃないよね。
金額の規模や競技の違いにかかわらず、「教育」を隠れ蓑にして教員の労働力を搾取し、学校単位の大会システムに依存している点では、高体連も高野連も構造的欠陥は全く同じ。
高野連に焦点を当てるのは、部活を学校から切り離すべきという本質的な議論から目を背けるための矮小化でしかないよ。
まずは組織や仕組みの杜撰さを改善するのが先。リスク管理ばかりを現場に求める今の世の中に、法制度が全く追いついていない。これは明確に政治の怠慢。
次に保護者の意識の問題。学校を「託児所」と勘違いしている層が一定数いる。「部活のない高校生活なんて」などという感情論は論外。安全管理にはコストがかかるという現実と、「教諭は万能のなんでも屋ではない」という事実を理解すべき。
結果として、近い将来「休日の引率や専門外の顧問は拒否する」という教諭が標準になるだろうし、労働基準の観点から修学旅行の15時間拘束をボイコットする動きが出ても何ら不思議ではない。
業務上過失致死で有罪判決を受ければ一発で失職するリスクがある以上、現場の人間が「責任の範囲を最小限に狭めたい」と自己防衛に走るのは、極めて合理的で当然の帰結。
現場の人間が「責任の範囲を最小限に狭めたい」と自己防衛に走るのは、極めて合理的で当然の帰結。
…そういう意味で、教員採用試験の受験者数が減少しているのは若者の自己防衛と言える。
教員になってから防衛するのはなんだかんだいって難しい。特に日本は組織や年上・上司に逆らえない雰囲気がある。
結果的に、従順な若者にしわ寄せがいく。
また、高校教員を志望する人の中でも「部活の顧問をやりたい」という人は結構多かった。その時点で学校教育そのものが歪んでいる。本来であれば、教えることそのものが好きであるとか、若者の進路に寄り添える仕事を好み教員を志望すべきだが、おまけに過ぎない部活動を仕事のメインにしていた人が多い。もっとも、生徒もその学校を志望する理由として希望の部活があるとか、その部活が強豪であることを挙げる人は多い。公立でありながら越境入学しているケースなどは文科省が禁止にすれば良いだけ。中2夏休み前時点の地域を受験地域にするとか、親の転勤証明書がないとその地域以外での受験を禁止にするとか、部活の抑制が必要。
高野連の方があったので触れるが、サッカーに関してはすでに部活動としての「全国高校サッカー選手権」と肩を並べてクラブチームの大会もすごく盛り上がっている。野球は12球団に独占されている状態で地域活性化などに貢献していない。結果的に高校の部活が役割を果たすわけだが、甲子園予選も連合チームができており、システムとして機能していない。
もっとも今回の問題に関しては、バスの運転手が事故前に複数回自家用車で事故を起こしておきながら、バス運転を引き受けた点。普通なら怖くて引き受けない。バス会社の適当さも異常だが、運転手の判断能力も相当ヤバい。
また、バスやトラックの事故が起こる度に思うのだが、衝突軽減ブレーキなどが搭載されていないこと。事故になれば(加害側として)相手に相当な被害をもたらす可能性が高いそれら車両に対しては一般車よりも高性能なシステムが搭載されるべきだが、そうしたことを聞かない。プロ使用を想定しているとはいえ、義務化されないことも不思議。後付けが難しく、使用年数も長いとなれば、早急に義務化しないといつまで経っても搭載車が増えない。































