女子美の中高大連携授業
私立中学の価値
この不景気の中、希望しない私立中学へ無理して行かせる道理がないと思います。
公立中学という保険もあることだし。
皆さんどう思われますか?
我が家の場合、子供はまだ小4ですが、受験希望は以下の通りで、それ以外の学校なら公立中学へ行かせるつもりです。
新興系、成り上がり系、スパルタ系、予備校風系は基本的にパスです。
希望の私立中学に合格しなかった場合は、公立中学から県立トップ高校を目指します。
2/1 麻布か開成(武蔵もOK)
2/2 なし(栄光、聖光は良い学校だけど遠いので)
2/3 早稲田か暁星(筑駒は学区外なので)
2/4 芝
一部、訂正します。
>そもそも、この掲示板は真剣に考えている人しか、見たり書き込みなどしないですし、興味も無いわけですから、
本当は、そういう方々の意見や参加があれば望ましいですね。
そもそも、この掲示板は真剣に考えている人しか、見たり書き込みなどしないですし、関心の無い家庭は、見る事も無いし、興味も無いわけですから、
本当は、そういう方々の意見や参加があれば望ましいですね。
に訂正します。
1月4日の日経新聞に小柴さん、益川さん、中村さんの「若者へのメッセージ」が載っていました。
小柴さん「筆記試験でわかるのは、教わったことを受け身で理解して、記憶しているだけのこと。それとは別にこれをやろう、という能動的な認知能力がなければならない。」
科学オリンピックについて聞かれて、「試験でだれが1等になった、どの国が1番成績がよかったというのは、お祭り騒ぎとしてはおもしろいかもしれないが、それだけで若者の能力を判定するのは中途半端。もっと能動的な能力をどう開発するか。それを本気で考えないでワイワイやっていても、あんまり意味がない」
益川さん「僕は刻苦勉励、努力するのは大嫌いで、好きなことをやればいいじゃないかと」
>「協力するも廃絶するも個々人の自由です。」これは間違ってはいないと思いま
>すよ。友達と一緒に勉強したいと思えば一緒にすればいいし、他にしたいことが
>あるなら自由に時間を使う権利もあるはずです。
おっしゃるとおり。
ただ、社会や組織が必要としているのは、自分さえよければいいという人ではなく、困っている人に手を差し伸べられる人。
視点さん
>小柴さん
>「筆記試験でわかるのは、教わったことを受け身で理解して、記憶しているだけのこと。それとは別にこれをやろう、という能動的な認知能力がなければならない。」
>益川さん
>「僕は刻苦勉励、努力するのは大嫌いで、好きなことをやればいいじゃないかと」
新年早々、おふたりともいいこと言いますねえ。私も努力が嫌いです。好きなことだけやっていたい。子供もそうなんで、受験にはちょっと困ってしまいますよ。視点さん、今年もご活躍を期待しております。
知的頭脳集団さん
>手短に言えば、試験科目が多いからオールマイティー優遇、という論理は実際にはないと思っています。
英語:30/120
数学:110/120
国語:19/80
物理:55/60
化学:39/60
合計(センター+二次):352/550
合格最低点(理一):323/550
これでもまだ19点合格点を上回っています。
>(かりに2次で国語が80点満点の10点、英語120満点の20点であっても、科目足きりがないので合格します。)このような極端なことは、センター試験のスクリーニングがあるので実際には生じにくいことはあるわけですが、程度の差こそあれ、一芸タイプというくらいにある科目ができれば、極めて有利になっています。
たしかに、量的さんのおっしゃる通り、上記のようなひとが毎年一部もぐりこんで合格しているという事実はあるでしょう。しかし、それは結果論ではないですか?この配点で、ある一芸タイプの受験生がはじめから英語国語の手を抜いて理系科目にかけるという勉強戦略をとるとしたら、かなりリスキーな選択になるのではありませんか?たとえば、「極端なこと」を言えば、理系科目が妙に簡単(あるいは難解)だったりして点数に差がつかず、多くの受験生において英語国語で合否が決ってしまったなんて年が絶対にないとは言えないでしょう。しかも、ボーダーライン上には一点二点で泣く人も大勢いるわけでしょうから、センター試験の社会だって捨てるわけにはいかないじゃないですか?
とすれば、「試験科目が多い」のである以上、その配点も無視できないレベルである以上、殆どの受験生はやはり、ある程度は満遍なく勉強せざるを得ない。理数系によほど自信があっても、苦手文系科目の克服に努力することが、最も安全確実な戦略にならざるを得ないのではないでしょうか。実際、多くの受験塾もそういう指導をしていませんか?東大受験塾では、理系狙いは文系科目を捨ててでも理系を伸ばせと指導していますか?
つまり、この配点は、一芸タイプにある程度は有利かもしれませんが、やはり原則的に「オールマイティー優遇」の価値観に基づいて考えられたものだと思われます。
>また、以上は理系の場合ですが、文系でも同様に、社会国語と英語が、大学生レベルにかなり飛びぬけてできれば、配点80点の数学で20点未満で合格をします。
要するに、一芸タイプは「飛びぬけてできれば」入れてやってもいいよ。だけど、オールマイティータイプならそこまで「飛びぬけ」なくても入れるよってことでしょう?おかしいじゃないですか?やっぱりオールマイティ優遇ではないですか?
しかも、ですよ
>さらに、これから先が大事ですが、
>ただなんとか入ればよいという策におぼれるものが出るわけですが、入ってから、そういう人にはが地獄であろう進学振り分けが待っているわけです。特に理系の場合です。教養科目の平均点で進学学部学科が競われます。
>したがって、おっとり刀で、試験をなめてかかっていると、科目選択をあやまって「撃墜王」とよばれたり、「神」とよばれる先生に当たって、ひどい目にあいます。
>そのような場合にかりに数学と物理が飛びぬけてできても、語学と人文・社会科学系がもし致命的にできないと、平均点はあがらないので留年しても人気学科にはいけないです。
だとすれば、一芸タイプがやっとの思いで入学試験をくぐりぬけたとしても、今度は「地獄の進振り」でふるい落とされる可能性が極めて高い。これでは、「東大では好きなことだけしか勉強しないなどという不埒な輩は、結局は好きな道すら選択できないのだと思い知るがよい」、そう言われているようなものですねえ。やっぱり、入試だけではなく、大学全体がオールマイティ優遇そのものではないですか?
通りすがりの企業人さん
>ジャーナルの英語が中学英語の文法、というのは、認めます。
そうですよねえ。
>中英語の文法+(どなたかが書かれていたように)12000語の語彙+専門用語、があれば、これは、ジャーナルでは無敵かも知れません。しかし、標準化のかけひきや契約交渉、まして特許訴訟になると。。。。
契約交渉や特許訴訟となりますと、少なくとも私の場合、英語ではもちろん日本語でも無理でした。私も特許出願にかかわったことがありまして、一応六法全書など開いて特許法について勉強しました。条文の内容を理解するくらいの国語力はあるんですが、その条文が、この日本社会のなかでどのように運用されているのかというところまではわかりません。そこがわからないと交渉の落としどころがつかめません。従いまして、そういう交渉ごとは素人の一研究者には無理だろうというのが私の結論です。大学でも企業でも、専門の担当者にお願いした方がよいのではないでしょうか。
ちなみに、日本でもっとも厳しい外交交渉を担当してきた前外務事務次官藪中三十二さん(大阪大学法学部中退)は、近著「国家の命運」のなかで、日本の英語教育についてこう書いています。
「すこし英語ができれば何とかなる。世界中で日本ぐらい英語にお金をかけている国はない。中学、高校、大学、さらには駅前留学まであるが、どうにも日本人は英語が苦手だ。それは文法が犯人ではないかと疑っている。私の場合も英文法が苦手だった。それでも、中学の英語教科書をひたすら丸暗記することで、一応はしゃべれるようになった。文法が難しくて英語嫌いになるくらいなら、耳から勉強するだけでも大丈夫、何とかなる。恥じらわず、ブロークンでもいい、堂々と発言することだ。そして世界に出ていってほしい。」
外交官にとっても、受験英語は不要みたいですけど。
老眼さん
>大学・大学院というところが「専門を追求するためだけの場」という観点から、例えば数学が極めて 非常に できる生徒が数学をさらに追求することを望んで大学進学を希望するのであれば(この条件部分に議論はあるかと思いますが)、数学だけで大学に進める制度は存在してもいいのではないかと思います。根本的さんが一貫して主張されていることでもございますが。
いつの日か、きっと、老眼さんと、「わかりあえる」時がくるに違いないと信じておりましたよ。
ですからね、知的頭脳集団さん 、続きなんですが、LEDの発明者、中村修二さんの次の言葉が、実に的確だと私には思われるんですよ。
「誰でも子供のころは『パイロットになりたい』とか『昆虫学者になりたい』とか夢があるが、親から『とりあえず大学に入ってから考えなさい』と叱られるのが常で、しかたなく勉強を始める。日本の大学入試は暗記が得意な人を選ぶシステムだから、暗記が嫌いでも入試をパスするために必死で勉強する。ところがいざ大学に入ってみると、講義は全然面白くないし、入学早々から大学に幻滅してしまう。さらに社会に出ても同じような悩みを抱えたまま、平凡なサラリーマンになることで自分を納得させる。要するに日本というシステムは、夢のないサラリーマンを大量生産する養成所ですよ。」
「優れた発明は、10代から20代にかけて好きなことをやらせるから生まれるのに、日本はその時期を大学入試でスポイルしている。今の大学入試制度は改革するだけではダメ、完全に即時撤廃しなければ問題の解決にならない。永遠のサラリーマンを養成するための『洗脳教育』である大学入試をやめること、それが今日日本がとるべき最善の道だ。」(『「異能」流出ー独創性を殺す日本というシステム』岸宣仁著、ダイヤモンド社)
ああ、早く中村さんがノーベル賞とらないかなあ。メディアのインタビュー第一声で、これそのまま発言してほしいなあ。




































