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私立中学の価値

【1934980】
スレッド作成者: 自然体 (ID:KR1jc1G02kE)
2010年 11月 28日 08:25

この不景気の中、希望しない私立中学へ無理して行かせる道理がないと思います。
公立中学という保険もあることだし。
皆さんどう思われますか?
我が家の場合、子供はまだ小4ですが、受験希望は以下の通りで、それ以外の学校なら公立中学へ行かせるつもりです。
新興系、成り上がり系、スパルタ系、予備校風系は基本的にパスです。
希望の私立中学に合格しなかった場合は、公立中学から県立トップ高校を目指します。


2/1 麻布か開成(武蔵もOK)
2/2 なし(栄光、聖光は良い学校だけど遠いので)
2/3 早稲田か暁星(筑駒は学区外なので)
2/4 芝

【1975467】 投稿者: 適性   (ID:iKu0Y47s9Pg)
投稿日時:2011年 01月 11日 18:09

視点さん

筋トレ??よくわからんが・・

じゃあ・・

数学オリンピックも、「プロテインで増強したカチンカチンの筋肉」ということでいいか?

で、どういうルートで、数学者を発掘するんだ?最初の一歩として。

【1975474】 投稿者: 知的=量的   (ID:4o3wqWLqUZc)
投稿日時:2011年 01月 11日 18:17

根本的さん、
偏差値80は母集団によりますが、仮に一般の同世代のひと100万人を母集団にすれば、できるうちに入らないと思います。


まず、正規分布を仮定して偏差値を適用した場合
偏差値80以上は、全体の0.13499%。 偏差値80以上は100万人で1350人と星の数ほどは大げさですが、沢山ほどいます。
偏差値90以上は、全体の0.00315%。 偏差値90で100万人で32名。これでようやく30ppm位になります。
ということは、偏差値80程度は、ちょっと腕に覚えのある「少しできる子」というイメージに思われます。


もし「一芸~」の定義の差だけなら、趣味の問題ということで任意でもよいのだけれど、大事なのはこの定義にある先の議論です。このように通用しないレベルを、「一芸に秀でる」などと考えて、教育をすれば、「一芸」を甘く見て、結局、厳しい言い方ですが、積み上げの勉強をすべき時期を無為に過ごさせて甘やかすことになる、とわたしは思います。


ミスマッチで世の中、○○専門家崩れの大洪水になります。一般的なできの良さ、平均的なできの良さをバカにすることは致命的だと思います。(わたしは、優秀者は普通層から常に供給される点と、バランスよくできるであるということは大事だ、という2つの点で、地道に「普通」の中で育つことの価値をむしろ積極的に評価すべきと思います。→少数派でしょうけど)



→少し補足をします。ご興味なければスルーください。


例えば、水泳、ヴァイオリニスト、ピアニスト、画家、数学者・・・平凡な母集団の偏差値80程度では、プロに挑戦して、その分野の一線級で残れないで、市井の指導者になるというのが普通ではないでしょうか(決してそういう人の価値を批難しているのはなく、「一芸に秀でて」プロで活躍するひとは、もう偏差値10-20上のレベルだと思うということ)つまり、「その道一本」「その分野」で文句なく食っていけるほどには世の中甘くないと言うことデス。それはなぜかというと、一芸に秀でるということで「価値がある」とは、「向かうところ敵なし」ということで人気が出てくるわけで、ひとからお金がいただけるという特別のビジネスモデル。(トッププロは数名で、あとはどうしても裾野になるという意味)


母集団が普通のひと中心の○○ゼミの模試で、仮に数学80で、一芸に秀でていると勘違いしたとします。「少しできる子」で数学者とはほとんど関係ない段階ですが、本人には、さらに将来、そのうちの1/1000あるいはもっと少数が伸びて大成することがあるかという程度だということを、大分経てから目の当たりにするわけです。


それでは、本人も転進できる時期を逸して苦痛であり、しかもそれは社会的にも損失な判断でしょう。普通のひと、少しできるひとは、それ相応に力もある。まして国際競争力が厳しい中で本来貴重な戦力と痛感します。社会で居所を見いだすようなことが教育である。可能性のあるひとにノーベル賞や化学者への憧れというのはよいけれども、「勘違い親子」の大量製造装置に大学はなっては、企業が見向きもしない人材を出すだけになる。これではいけないと思います。


それに比べると、知的な集団というのは総合力であり、平均力は大事。社会のその人に期待するニーズは、「一芸」タイプとは違うビジネスモデルに依っているため、優秀さというのもハードルが低い。その代わり深い理解は必要。あまり狭い分野の「優秀さ」を求めるタイプだと、あまりに偏ったままで無理に生きていこうとしたり、平均的な能力だという自己認識がないことが致命傷になったりする。(ひとからは謙虚さの欠如だったり、性格の問題とすることが多いようです。企業が博士を取りたがらないのは、「自分はこういう研究をしてきてこういう研究をしたい」と狭い希望を一方的に言って、企業の目指さざるを得ない「価値」い想いをいたすことが少ないことがあるから、ということも多い。)


知的集団というのは、実は大事なのは、私が以前に書いていました分類(2)(および(3))のタイプです。一芸に秀でていないケースも貢献できるという今の時代では、特にひとくくりにできる集団だと考えます。わたしは、そういう考えもあり、自分の子に限らず、中高から大学の教育には興味を持っています。もちろん、5階を避けるために言いますが、平均的にできるとは、数学が得意だったり物理が得意だったりしてはいけないということではないです。それぞれ、真面目に取り組む中で好き嫌いの濃淡は当然あります。焼肉より寿司がちょっと好きという具合に。


<根本的さんWrote>
>私の言っているのは、「一芸タイプ」「万能タイプ」。タイプ分類です。量的さんの「うさぎさん、かめさん、カメレオンタイプ」という分類と同じようなもの。当然、それぞれのタイプにピンからキリまでいるわけです。「飛び抜ける」とか「秀でる」と言っても、他の科目と比べて、相対的に、ということもありですよ。たとえば、偏差値で言って、「数学80、英語65、国語65」ならピンでしょう。「数学60、英語35、国語35」ならキリでしょう。

【1975476】 投稿者: 視点   (ID:4b.FmqGfp3Q)
投稿日時:2011年 01月 11日 18:18

小柴さんは、科学オリンピックについて聞かれて、「試験でだれが1等になった、どの国が1番成績がよかったというのは、お祭り騒ぎとしてはおもしろいかもしれないが、それだけで若者の能力を判定するのは中途半端。もっと能動的な能力をどう開発するか。それを本気で考えないでワイワイやっていても、あんまり意味がない」と言われてましたよ。

益川さん「僕は刻苦勉励、努力するのは大嫌いで、好きなことをやればいいじゃないか」といわれてました。

【1975546】 投稿者: じゃい子   (ID:KMc2X/2mhnc)
投稿日時:2011年 01月 11日 19:22

偏差値が高いからといって
実際、開発、研究能力があるかというとそうじゃないみたいなんですよね。
一定以上はあるとは思うんですけどそういう力って
数字でだすことは難しいんでしょうね。

【1975573】 投稿者: つぶやき   (ID:yA16uj5bQuI)
投稿日時:2011年 01月 11日 19:53

視点さんお久しぶりでございます
息子は元気に 私立中学に通っております。

素質はないようにおもった レポート提出 
苦手な国文法 小倉百人一首
地理 歴史 学ぶことは多いですが とても楽しく毎日過ごしております。

受験勉強を終えて 本当の意味での 勉強をさせていただいている様子で 親は一安心。
 でも 成績はおかげさまで深海魚。
 でも とにかく 楽しい学校生活の様子です。

大学は まだまだ先のこと けれども 彼なりに色々考えている様子。
受験勉強とはまったくもってかけ離れ 本をひたすら読み。
実験し 観察し レポートをまとめ。
意見を交換し 手で触れ 確認し 好奇心 向上心を持ち どの子もたくましくなってきました。

大学受験に直接は結び付かないかもしれませんが きっと これが彼の栄養になり翼になるのだと信じて
日々節約生活です。

みなさま この場をお借りしたこと お詫び申し上げます。
 
失礼いたしました。 

適性さん がんばって!!

【1975642】 投稿者: 凡才   (ID:3Vnm61znhaM)
投稿日時:2011年 01月 11日 20:58

祝、1000回。

おめでとうございます。

【1975681】 投稿者: 通りすがりの企業人   (ID:KvfmaPGOMCQ)
投稿日時:2011年 01月 11日 21:19

根本的さま
あらためて、31日の投稿を拝読しました。前半の、経歴詐称のくだりは、たしかに読ませていただいた記憶があるのですが、後半、すっぱり頭から抜けておりました。
たいへん失礼いたしました。
前回、お答えしたことが、そのまま、私のお答えになっているようです。
ひとこと追加するなら、官庁や高級官僚の方々とはけっこう接点がありますが、この人が技官か事務官か、などはあまり意識したことがありません。当然、立派な人も居るし、なんじゃ、、、という人も居ます。ただ、外務省の在外公館を除き、彼らの労働条件と給与は酷すぎます。


また、英語については、私は、地域・時代さまと異なり、海外に居住の経験はありません。前に書かせていただいた、啖呵を切って契約書を自分で書いた技術協力プロジェクトのときも、私は日本のバックヤードでした。このときの英語力は、TOEIC800点台だった、と記憶しています。英語力が決定的に不足していたことは明白ですが、だからといって、他人に頼れず、引くに引けないこともあるのです。
(もちろん、計約締結までには、弁護士との気の遠くなるような議論や、相手との交渉を経ています)

根本的さまがの書かれた、論文や国際会議の英語については、おっしゃる通りなのですが、私の分野、部隊においては、共同開発や、標準化や、委託生産やなんやらで、学会とは異なる局面でグローバルな活動を要求されるようになってきています。
現在、私の部隊で、国際会議や標準化の委員が社員の2割程度、外国企業との共同開発をやっている研究チームが全体の3~4割あります。毎週のように長時間の電話会議やったりしています。
もちろん、一方で、相当に事前に教育しないと国際会議の発表原稿を読むのさえあやしい人もずいぶん居ます。

【1975721】 投稿者: 凡才   (ID:3Vnm61znhaM)
投稿日時:2011年 01月 11日 21:56

根本的様

ご心配お掛けしてすみません。

結論を急いでは、だめですよ。

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