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私立中学の価値

【1934980】
スレッド作成者: 自然体 (ID:KR1jc1G02kE)
2010年 11月 28日 08:25

この不景気の中、希望しない私立中学へ無理して行かせる道理がないと思います。
公立中学という保険もあることだし。
皆さんどう思われますか?
我が家の場合、子供はまだ小4ですが、受験希望は以下の通りで、それ以外の学校なら公立中学へ行かせるつもりです。
新興系、成り上がり系、スパルタ系、予備校風系は基本的にパスです。
希望の私立中学に合格しなかった場合は、公立中学から県立トップ高校を目指します。


2/1 麻布か開成(武蔵もOK)
2/2 なし(栄光、聖光は良い学校だけど遠いので)
2/3 早稲田か暁星(筑駒は学区外なので)
2/4 芝

【1977500】 投稿者: 適性   (ID:iKu0Y47s9Pg)
投稿日時:2011年 01月 13日 12:45

■動機さん。

>ほったらかされてしょうがなく自分でやるしかなくなった時に初めて創意工夫が生まれる。
>そんなところから独創性のある人物が産まれるんだろうなと思います。

遊びの中で創意工夫って、よく言うでしょ。

『時代』には「強制性(流れ)」があって、動機さんの時代のように・・
物がなく、子供が多く、自然があって、親が放任(地域的しばりあり)で、自由時間がある『時代』
であれば、当たり前に

●『子供は、どこかに集まり、遊ぶわけだ。物もないので、工夫して、自分でルール決めて遊ぶ。』

その時代なら、「当たり前のこと」ってのは、無意識に「時代に強制されている」という見方もできる。
でも、「親がほったらかしにすれば」「今の時代」も「その時代」の『状況』になると思うからおかしくなる。動機さんは、そう思っているから「親がほったらかしにすればいい」なんて、言えるんだよね。

昔の親の放任は、「地域と自然」に、子供を「預けて」いたということなんじゃないか?
今の親の放任は、違うよ。

ついでに言うと。(所属する団体の)『エートス』にも、「強制性」がある。
で、時代とエートスが、ぶつかったり、相乗効果になったりするのだろう。

では、今の『時代』には「強制性」は?
物(ゲーム)があふれ、子供が少なく、自然がなく、親が放任でもあるし干渉的でもある(地域的しばりがなく)自由時間は、習い事しだい。

この場合は、どういう強制性がはたらくんだ?

●『子供は、どこかに集まり、遊ぶわけだ。物もないので、工夫して、自分でルール決めて遊ぶ。』

とは、ならない。反対だね。DSしたり、暇そうに、ふらふらしたり・・

今は、個人で、好きなことを、好きなだけしてもいい、いやなことはしなくてもいい「強制性」が働いている。親、先生、社会の圧力が基本的には、弱まってるしね。

子供が放任されて、好きなことを、好きなだけさせて、「独創的」な子ができそう?
「楽」な方に流されるよ、本より、ゲームの方が、直ぐに楽しくなるからね。

言い方は、悪いかもしれないが・・人工的(ゲームを取り上げ、子供を集め)に、そういう環境に誘導しなくてはいけないのかもしれないよ。続かないと思うけど。

親の放任「だけ」なら、時代の波に流されるだろうね、大部分が。少しは、残るかもしれないが、率が悪くないかな?

あと、頼りになるのは「親(家)」や「学校(団体)」の強制性しか、残っていないだろ。
この場合の、強制性(流れ)は、「無理やり」という意味ではないからね。誤解しないように。

で、今の『時代』の「強制性」とせめぎあう「エートス」もない学校では・・あまりよいとも思えない、この時代の強制性をよい方向に「修正」することも、難しいのではないか?

「独創性のある人物」を作りたいんだろけど?

「面倒だけど、苦労もするだろうけど、責任発生するかもしれないけど」などの条件あっても、好きなことや、興味あることをするという子じゃないと・・動機さんも、ダメだと思うでしょ。

私は、地域、時代さんの意見に賛成するね。「ほったらかし」や「自主性に任せる」が、違う意味になる。

>私は、荒れた小中出身だから、「ほったらかし」や「自主性に任せる」が、親の
>「身勝手さによる言い訳」「親が楽するための方便」に使われた結果、、の仲間
>を多く見てきました。

動機さんの
>ある意味自分の人生に責任を持たせるということですから・・・ほったらかしは。

「自分の人生に責任を持たせる」だけの「成熟」を考慮しない「ほったらかし」になるって話だよ。
最初からほったらかしでは「成熟」は困難なんだよ。社会か?地域か?家庭か?で「成熟」を担保しないといけないでしょ。

家庭で常に「こうしなさい、ああしなさい」と指示命令することが、「ほったらかさない」ってことじゃないよ。
●●家のエートスってのは、言葉がなくても、これは、OKかNGか、許されるのか、許されないのか、なんとなくでも理解させるもんだよ。
何もいわれなくてもね。子供にとって、それが、当然であったり、反発する部分でもある。
ただ、親が「こうしなさい、ああしなさい」と指示命令が常に「同じ」でない場合、それは、親の都合で、親の気分で、命令していることは、子供はよく分かる。それは、エートスにならない。

子供は「家庭のエートス」だけでなく、「社会 地域 所属団体のエートス」に影響を受けて育つ。
だから当然、親とは、異なった、人間になる。いくら、ぐたぐた言ってもコピーにはならない。

そして「影響」=「成熟」でもない。

どこから「成熟」を引き出すのか?基本は、家庭でしょ。
それには、結構、「手間ひまが、かかる」という、意識を「親が」持つ必要があるんだよ。

小さい頃から、子供に自己責任を求め、ほったらかし ってのは違うと思うね。
子供でも、自分の行動の結果責任は、子供だけでなく、親の責任でもあるってことを、子供が意識しないと「俺は勝手にするよ」ってのは正当化される。親の責任じゃないんだから。
自分の行動が、他者に影響があるということを意識するのが「成熟」だろうし、親が最初の他者になるのは、その一歩だろうね。

親が子供に「あんたは、自分の好きにすればいい、責任も自分でとればいい」と言ったなら。そういう行動をとったなら。
それは、子供は、「自分はまったく期待されていない」と感じるだろうね。

今は、「まったく期待されない」か「期待が大きすぎる」かの、両極端に、行きやすい時代。
そこは、「いい加減」を、親が見極めるのだろ。違うかな?

【1977527】 投稿者: 子育て本   (ID:8njJlRplCIo)
投稿日時:2011年 01月 13日 13:07

”ほったらかし”ってどこまでを言うのか、人によって違うのでしょうね。
種をいっぱい蒔いておいて、どの芽が出るかはほっとく事も”ほったらかし”というのかどうか。

ノーベル賞の鈴木先生もそうですが、
あれこれ具体的には言わないでも、お嬢さんをご自分の実験室に連れて行ったり、
「これがリトマス紙だよ」なんて事をおっしゃってたりする。

そういう事が最高の家庭教育なんだと思いますよ。
ご自宅に知的な空気が流れているというか、お父様自身が教育そのものというか。

私はこういう事を”ほったらかし”とは思えないのですよね。


でもこれは、家庭環境がある程度出来ている場合であって、
そこまで至っていない家庭は、何か具体的な例を示して引っ張って行くしかない。
勉強しておくと得だよとか、医学部云々もその一つでしょう。
(我が家はこれかも・・・)


親の敷いたレールを行くも外れるも子供次第。
レールは単なる基準であって、すべてではない。
「敷いてくれたレールを行くのが楽でいい」と思うなら、それも子供の選んだ人生なのではないですか?

それに戦前は親の言うとおり進むのが当たり前だったわけで、それでそこそこまっすぐ生きていたのではないでしょうか。
今みたいに”自分探し”なんてする必要もなかったし、”好きな仕事は何か”なんて事で悩む必要もなかったのでは。




地域、時代さまの、
>うちの子は、自分が納得しないと絶対に動かないキャラ。
でも、自分がやろうと思った事には爆走する奴でもある。<

ほんとにほんとに、うちの息子もそうです。
(まだ小3なので、中学生のご子息と比べるのはおこがましいですが)


でも本人に気付かれずに誘導するには、本当に知恵がいりますよね。
私はいつもばればれで、全くだめです。できません。

自己流で好きにやってるのがよくって、ああしろこうしろと言われる教室通いは大嫌い。
納得できないことは頑としてしない。
でも物作りが大好きで、一日中、ご飯を忘れてやってたりする。

ほっとくのがいいのでしょうけど、怖くてできない母です。

「これ、面白いよ、一緒にしてみない?」と小さい頃からいろいろやってきたけれど、
小学2年の時、息子に言われた一言が忘れられません。
「お母さんは僕を実験台にしようとしているね(ニヤリと笑う)」。
ばれてるやん! 子供の方が一枚上手でした・・・それとも私が下手なのか。

ほっとくにはまだまだ早い年齢。バレながらももう少し頑張ります。

【1977550】 投稿者: 公立は自分で考えるところ(動機)   (ID:xwbOCbTMH.g)
投稿日時:2011年 01月 13日 13:29

>『時代』には「強制性(流れ)」があって、動機さんの時代のように・・
物がなく、子供が多く、自然があって、親が放任(地域的しばりあり)で、自由時間がある『時代』



もう一つ付け加えるなら全てがアナログというか文明の利器が進んでいなかったので素人でもラジオの修理ができたり時計を分解して組み立てたり・・・・・なんていうことが出来ました。機械いじりをしても電子部品などなかった。


自転車のパンク修理を自分でやれる子供はいまどれくらいいるんでしょうか? 学校の技術家庭で半田付けでブリキの塵取り作りなんていまやらないんでしょうね。本箱作って埋め木で釘の頭を隠したりね・・・・・・おっと・・またノスタルジアですね。


西堀南極越冬隊長の本なんて読むとそれこそ日常生活の延長の創意工夫が随所にあって自分であれこれ経験しないとやはりこういうアイデアは浮かばないんだろうなと感心したものです。京大山岳部、雪山賛歌の作詞者にして技術者としても数々の独創性を発揮した。


地域の子育てって今はないのかな。4~5歳ぐらいから小6まで学年に関係なくいつも一緒に遊んで上の子が遊びを教える。泥んこになって日暮れまで遊ぶ。宿題をさっと済ませて外に飛び出す。すでに皆の歓声が広場から聞こえている。ボールが日没で見えなくなるまで野球に興じた子供たちは誰かの親が「〇〇ちゃん御飯ですよ」と呼びに来るまで遊び続ける・・・・・・・・・・・・。



・・・・・いけませんね。 適性さんはいつも私のノスタルジーを刺激します。

【1977559】 投稿者: 視点   (ID:4b.FmqGfp3Q)
投稿日時:2011年 01月 13日 13:38

レール敷かれて何も考えずに走ってきた生徒は大学合格で失速する。
親が敷くレールって大学合格が終点になっている。
自分の志で医学部に進んだ人は、研究や臨床で結果をだす。
志で医学部に進んだ人は、大学入学からが本番だからね。

【1977565】 投稿者: 根本的   (ID:wwmfnzaRenU)
投稿日時:2011年 01月 13日 13:44

適性さん

>でも、ちょっとイメージが違うんだよね。どっちかというと 野球なら「捕って、投げて 打って」 とか 「走・攻・守」とか、 これが、「科目」だね。


 それ、イメージちがうなあ。やっぱり受験科目なんて、視点さんの言う「筋トレ」に近いと思うよ。野球の「走・攻・守」って、例えば、数学の幾何と代数とか、物理の力学、電磁気学、熱力学とかってイメージ。これはやっぱりそれぞれちゃんとやっておかないとね。その道で勝負するなら。



量的さん


>偏差値80は母集団によりますが、仮に一般の同世代のひと100万人を母集団にすれば、できるうちに入らないと思います。


 あのう、そこ、私の言っていたのは受験偏差値での話なんですけど。受験偏差値トップレベルでなくとも、研究偏差値トップレベルになりうるひとはかなりいるだろうというお話ですよ。研究脳からみれば、受験偏差値80も90も同じです。



>例えば、水泳、ヴァイオリニスト、ピアニスト、画家、数学者・・・平凡な母集団の偏差値80程度では、プロに挑戦して、その分野の一線級で残れないで、市井の指導者になるというのが普通ではないでしょうか


 でもね、そういう分野では(数学者を除いて)、若いころから一芸ばっかりやっているわけでしょう?それでいいって価値観が、世の中に存在するわけでしょう?ところが、数学者だけは、満遍なくの受験をくぐり抜けなければならない、これは不合理ではないかってお話ですよ。

【1977576】 投稿者: 根本的   (ID:wwmfnzaRenU)
投稿日時:2011年 01月 13日 13:55

通りすがりの企業人さん


>英語については、私は、地域・時代さまと異なり、海外に居住の経験はありません。


 これはどうも。失礼しました。


>啖呵を切って契約書を自分で書いた技術協力プロジェクトのときも、私は日本のバックヤードでした。このときの英語力は、TOEIC800点台だった、と記憶しています。英語力が決定的に不足していたことは明白ですが、だからといって、他人に頼れず、引くに引けないこともあるのです。


 「引くに引けないこともある」、それはあるでようね。ところで、「TOEIC800点」以上、日本の英語教育もそういうところを目指すようにしたらどうかと思うんですけど。TOEICとTOEFLの違いすらよくわからない人間ですが(スペルあってるかなあ)、要するに、そのテストである程度の得点をもっていれば、あちらでもその英語力をそのまま評価して貰えるってことですよね。留学の際にも使えるんでしょう?大学受験の英語なんて廃止して、全部それにしてしまえばいい。どうですか?

【1977586】 投稿者: 根本的   (ID:wwmfnzaRenU)
投稿日時:2011年 01月 13日 14:03

遺伝さん


>自分が生きてきた環境によってさまざま。まあ、ウチなりの、ということで。
>英語に関しては、家庭環境や親のお仕事環境(研究畑と経営畑とか) で必要となるもの、求めるものとかが違うから。


 そりゃそうです。自分の子供の話となれば、それぞれですから、一概に決めつけられることなんかなにもありませんね。


 
>契約書レベルでも何でもまあまあ英語には困らない我が家の主、 子供には上流系ネイティブレベルの発音と、文化的な深い理解も求めてる(苦笑)。


 そうかあ。やっぱり遺伝さんとこは、上流英語なんですね。うちの家庭は3流英語だけど、とりあえず子供には、TOEIC800点以上を目指してもらおうかな、と。

【1977600】 投稿者: 根本的   (ID:wwmfnzaRenU)
投稿日時:2011年 01月 13日 14:16

じゃい子さん


>たとえそんな負荷でさえ楽しめるような能力であっても そのかわり失うものもあるのではないかと思うんですよね。 あまりにも過度だと、それが核みたいに成長するものを
奪うことだってありうるもったいないことも想定できるのでは?


 ここ大事だと思うんですよ。このスレには、「うちの子は余裕のよっちゃんだから平気だよ」なんていうひとが結構出てくるんですけど、そういう子だって、低いレベルの競争で勝ち過ぎて、勘違いしてしまい、安手の虚栄心を満足させて向上心を失うということもあり得ます。



>すべてにおいて大学受験以降に比重を置くやりかたのほうが 後の伸びの可能性は強いと私は思うんですけど。


 私もそう思うんですよ。

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