在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私立中学の価値
この不景気の中、希望しない私立中学へ無理して行かせる道理がないと思います。
公立中学という保険もあることだし。
皆さんどう思われますか?
我が家の場合、子供はまだ小4ですが、受験希望は以下の通りで、それ以外の学校なら公立中学へ行かせるつもりです。
新興系、成り上がり系、スパルタ系、予備校風系は基本的にパスです。
希望の私立中学に合格しなかった場合は、公立中学から県立トップ高校を目指します。
2/1 麻布か開成(武蔵もOK)
2/2 なし(栄光、聖光は良い学校だけど遠いので)
2/3 早稲田か暁星(筑駒は学区外なので)
2/4 芝
凡才さん
>自分の子供の頃を考えると、今のレベルは正直狂っていると言う言葉でも 行き過ぎではないかと思います。平日でも学校に7時半ぐらいから出て行って、 塾に行って、家に変えるのは10時過ぎ、夕飯も満足に取らない、わずか12歳の子供にこの生活は酷です。
私自身が中受率が高い土地で育ちました。
大昔とはいえ中受の準備は4年の夏から。朝8時前には家を出て学校に。
下校後はわりとすぐに塾へ行き、帰宅するのは懐かしのザ・ベストテンが終る頃。
10時ちょい前ですね。
記憶が定かでありませんが、6年生のときなんて、やはり週5とか行ってたかも。
そんな傍目では可哀想かもしれない小学生期を送ってきた友人が多数います。
確かにノーベル賞候補クラスの天才はその種の同窓にはいませんが、
普通に活躍している人は当然にいるし、
独創性が評価される業界で成功している人も普通にいる。
地方のナンバースクール→塾なしで難関大学の友人も多数いるんですが、
周りをみる限りでは、中受の弊害なんて思い当たらないかな。
親が子供の能力をはるかに超えるような学校を無理強いしなければ、
中受準備生活もなんら問題ないと自分は思いますよ。
中受準備自体は可哀想ではなく、努力が報われなかったときに、
初めて可哀想ということになると私は思うので。
また本来の能力以上の学校(中高)になぜか紛れ込んでしまった場合、
これはかなり不幸です。
周りを見ていると、レールをしくことよりも、
親が手取り足取りしすぎること。そっちのほうが心配かも。
視点さん
>レール敷かれて何も考えずに走ってきた生徒は大学合格で失速する。
視点さんの「2ch路線」は、分岐もなさそうだな・・誰に敷いてもらったんだ?
それに、終点はどこかな?
あー「山の手線」でしたか・・・・ぐるぐると・・
遺伝さんの
>せっかくレールを敷いてあげても、
>その通りにはいかないことのほうが多いんじゃないかな。
>多くの子供にとって、親が用意したレールは選択肢のひとつに過ぎない。
私も、親の持つ子供の理想が、レールだとしても、選択肢のひとつに過ぎないと思う。
しかし・・
視点さんは、子供の足が「車輪」だと思っているのだろうね。
足のある子供は、階段も登れば、たまに、泳いだりしてね。
親が「出発進行!」でも、子供は・・・だろ。
普通親がレールを敷いてもうまくいかない。
中学や高校になると自分の将来を自分で考えるようになるからね。
ただ、小学校から塾に偏差値至上を洗脳されると、疑問ももたず立ち止まることもなくそのレールを走っちゃう。
「疑問」や「回り道」のないことって、受験にとってはベストだけど、人間的成長にとってはダメなんだよね。
エデュの書き込み見たら、偏差値至上主義に洗脳された人達ってたくさんいるけど、そういう人達は立ち止まることなくレールを走る人達だよね。
人間的には小学生から成長とまったままだけど。
根本的なさん
*大学でも、企業でも、研究で一番大事なことは、いいアイディアを出せるかどうか、それだけです。
これがすべてですよね。
私は、特に小学校時代どうすごしたかでこのアイディアの部分が大きく作用されると
思うのですけど。
私は、ここでは年配?なのかも
場所にもよるのでしょうが、私の時代と地域の中学受験は、週一回塾に通う程度でした。
私立ってイギリスのボーディングスクール的な魅力を感じて通わす
親御さんもいらっしゃいますよね。それもまたひとつのレールかな?
今主人は、ある国の超エリートの方と仕事をしています。
(国がいろんな免除を特定の人に優遇しますがその対象になる人ですね)
アジアの優秀な人材の勢いは近年めざましいです。
日本もすべてもっていかれる前に教育の見直しを今一度するべきだと思います。
根本的なさんへ
なにも、自分のトップ分野が理系に限らず
>だから、自分の好きなことを見つけることが重要なんです。
好きなことを追求してそこでオンリーワンになるということが
これから前を切り開く鍵になりますよね。
自分の歩んできた道なんかこれから通用するとも限らない
なぜなら、どんどん日本に各国のエリートが入ってきて
日本の企業もそんな彼らに期待している。
その彼らと対抗するのに、偏差値だとかそんなレベルで語っている
うちに、勝負が決まってしまうのではないでしょうか?
どなたががここはサロン化しているみたいに書いていましたが、
私の知っている親御さんたちは、子供さんたちが優秀であるにもかかわらず
相当な危機感を持っていました。
>「順位にこだわるのは愚かです」、と老眼さんは言いました。でも、やっぱりこだわりますよ。人間、その程度に「愚か」にできている。いいことではないでしょうか。
ウチの子が偏差値表のいちばん上の学校にこだわるのは、
現在のなりたい職業に就くのと、大好きな祖父が卒業した大学に行くために
最も適していると子供らしく?安直に判断したからで、
必ずしも偏差値至上主義というわけじゃないんだけど、親としてはゲッて感じ(笑)。
偏差値の高い学校へ行くことと、人として幸せになることには全く相関がない。
偏差値の高い学校へ行くことは、社会に有効に奉仕できる人になれる確率を上げるだけ。
そうでない学校に行くことになっても、社会に有効に奉仕できる人には
自分がのぞめば必ずなれる。
まして偏差値表でTOPの学校へこだわる必要は全くないと
口をすっぱくしているところです~。
でもどうせ受験するのなら、TOPじゃなくてもTOPクラスくらいには行ってもらわないと、
と思う微妙な親心があるにはある(笑)。
偏差値至上主義と視点さんはおっしゃいますが、
希望の大学に入った途端に勉強することも考えることも止めちゃう学生って
本当にごろごろいるのだろうか?
ほっておけないほど多いのか、つくづく疑問です。
人生の可能性をはかるひとつの指標として偏差値を捉えている人のほうが、
どう考えても多いと思うんだけどね…。
本当に大学合格そのものが最終目標になってしまった子供がいるとしたら、
学校や塾や広い意味での周りの環境なんて関係なく、親の責任でしょう。
他人がどうこう言っても無意味だし、しばらくはどうにもできないかと。残念ですが。




































