女子美の中高大連携授業
私立中学の価値
この不景気の中、希望しない私立中学へ無理して行かせる道理がないと思います。
公立中学という保険もあることだし。
皆さんどう思われますか?
我が家の場合、子供はまだ小4ですが、受験希望は以下の通りで、それ以外の学校なら公立中学へ行かせるつもりです。
新興系、成り上がり系、スパルタ系、予備校風系は基本的にパスです。
希望の私立中学に合格しなかった場合は、公立中学から県立トップ高校を目指します。
2/1 麻布か開成(武蔵もOK)
2/2 なし(栄光、聖光は良い学校だけど遠いので)
2/3 早稲田か暁星(筑駒は学区外なので)
2/4 芝
後が大変だけどさん
>うちの息子は一芸タイプではありませんが、社会偏差値50、他3科目70で、6年生最後は社会に苦しみました。 努力は嫌いなので社会は60ぐらいまでしか上がりませんでしたけど、すべての学校に合格できました。
ほおお。うらやましいですねえ。
>でも社会が数点しか取れなくても中学受験なら合格していたかもしれないと思いますが、大学受験なら無理でしょう。
いやいや、量的さんも言うように、理系なら、社会なんか目じゃないかもしれませんよ。ましてや、偏差値60とれるなら何の問題もないでしょう。将来、息子さんが「一芸派」の主張に賛同してくれることを期待しています。なんて、それは、不本意な結果のときだけかな?縁起でもないですよね。
大学受験について、最近感じているのは、受験否定論者の多くが、勉強をいやだと感じてなおかつ「必要悪」として、捉える立場のようであること。しかし、本当にそのようにしか勉強はできないのでしょうか。面白くするという努力を放棄して、学ぶことを減らすことで、つまらなくしていないか、制度を悪者にし、否定してはいないか、という想いがあります。(基本的には中学受験も一緒です。ただし中学受験には別種のマネジメント/ノウハウが必要。)受験生は、不平不満だけいうのではなく、それを解決する力強さを持って良いと思います。
わたしは理系でしたが、高1のころも今も同じ考えで、もっと本を読み考え、面白みが出てくれば、逆に負担は減ります。科目が増えると勉強は理解が深まり面白い、ということもあります。多面的で深い理解した上で問題演習をすれば、良いわけです。理解がないのに問題演習をすると、頭が問題の紙の書かれた表面だけをなぞるだけになるために、本来、考える/計算するという理系の科目まで暗記になってしまう。
理系分野で言えば、高校のころ、「物理の散歩道」やファインマン物理学を読んで面白いと思ったり、ブルーバックスもクオークや化学関係を沢山読みました。しかし、それだけではなく、十分が演習が必要なのですが。
そういうものは教科書の、面白くもない世界とは比べものにならないワクワクするものを与えてくれました。これは普通の学びであって出発点であると思います。別の例では、数学などでも、受験勉強も高校の学校の数学も内容はさして変わらない。そこからどうするか、どう教えるか/どう学ぶか。プラスで「大学への数学」の雑誌などで面白みを見つけたりできるかどうか。さらに背景で興味を持てるモノに迎えるか。中3→高2はそういう時期と考えます。ガウスの5次方程式の解析解の存在議論から、群論を考えついた話などは格好の題材。
一方で、では受験勉強が役立たないか、真の学習ではないかと、いうとそんなことも全然ないです。良い問題は解くと面白い。事実として良い大学ほど骨があって面白い問題が多いです。それだけ優秀な先生が時間のない中で頭をひねって工夫して作り、さらに難度も細かくチュ-ニングしてから出していますね。なお、昔よりは問題も易しくなっているかも知れません。聞くところでは融合問題は「受験生の負担増」という理由で、いささか出しにくくなっているようです。
わたしは同じく受験否定派ではないです。
また「覚醒」は大学では遅い派でもあります。
就職の面接などで学生さんをみて感じるのは、「覚醒」は、高校までにしないといけないな、ということです。(どう覚醒させるかは重要ですがそれは別途議論するとして先に進みます。)
理由は高校で覚醒していなければ、受験勉強のやり方を間違えるからです。悪い勉強法を受用する。勉強嫌いになってしまっては困りますし、「大学にはいってから覚醒する」といっても、土台がしっかりしていないので、狭い興味/視野が狭く育つ可能性・懸念がいくぶんあると思います。これが問題である理由は、人生において”企画力””課題発見力”がなくなること、自分で問題を見つけられなくなることは大きい痛手です。(特に21世紀において知的職業を目指すなら)この議論はいかがでしょうか。。
>受験の勉強は学問でないかもしれないけど、それをきっかけに学問に目覚めることもあるんです。そもそも「覚醒」は、別に大学に入ってからでよいはず。中受、高受、大受って受験勉強に毒されて、学問に目覚めていなくても、なんら問題はない、大学入って、すべて準備が出来てから、目覚めればいいんです。
私は、社会での貢献や結果でしか評価しないだけ。
受験のチャンピオンが研究や社会での活躍でのチャンピオンにつながるなら、諸手をあげて称賛しますが、どうもそうではない。
大学・学部の研究度や社会貢献度とか数値化して欲しいですね。
医学部でも、研究や学術的貢献度で、偏差値最高峰の理Ⅲが日本一なのか?
新聞記事とか見る限り、大阪大学とかの方が研究成果をあげてるのでは?
それと米国等他の国との比較もして欲しい。
①大学入学までの勉強量と、②大学卒業後の活躍度。
米国の大学と比べたら、①では日本の圧勝だが、②では日本の完敗になるのでは?
だとすれば、日本の教育制度には欠陥があるということです。
米国の制度は知りませんが、米国の大学の方が一芸突出型も評価されるのでは?
日本の教育はなんでもできる(けど突出したものがない)受験秀才養成型、米国は一芸を伸ばす型ではないのかな。




































