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私立中学の価値

【1934980】
スレッド作成者: 自然体 (ID:KR1jc1G02kE)
2010年 11月 28日 08:25

この不景気の中、希望しない私立中学へ無理して行かせる道理がないと思います。
公立中学という保険もあることだし。
皆さんどう思われますか?
我が家の場合、子供はまだ小4ですが、受験希望は以下の通りで、それ以外の学校なら公立中学へ行かせるつもりです。
新興系、成り上がり系、スパルタ系、予備校風系は基本的にパスです。
希望の私立中学に合格しなかった場合は、公立中学から県立トップ高校を目指します。


2/1 麻布か開成(武蔵もOK)
2/2 なし(栄光、聖光は良い学校だけど遠いので)
2/3 早稲田か暁星(筑駒は学区外なので)
2/4 芝

【1981533】 投稿者: じゃい子   (ID:KMc2X/2mhnc)
投稿日時:2011年 01月 17日 14:03

離陸さま

なんとなくそうかしら?と思っていました。
こちらでも、独自の教育方法と展望を書いていかれるのですね。

>学習の同レベルの繰り返しは少なくして螺旋的にレベルアップすること、多様な学習を考えたい。そして、クラブ活動などを通じて機会を見つけて、上記の1,2,3の能力を上げることも意識して、自分で主体的に考えて行動することも、子供に教えたいと思っています。


このように指導される親御さんなら間違いないでしょうね。

【1981539】 投稿者: 根本的   (ID:wwmfnzaRenU)
投稿日時:2011年 01月 17日 14:06

じゃい子さん


>* 小学4年から塾にいこうと、素質という点に関しては殆ど影響ないというのが、私の見方なんです。 根本的なさんの意見と同じです。 関係ないと思っています。


 そうですか?無理しなくてもいいんですよ。私はなんとなく、じゃい子さんはむしろ「環境派」の視点さんに近いのかなと思っておりました。


>しかし、一見これがわからないんですよ。 その子の環境によって数字化できない部分ですので、 親が気づいて伸びた子は、(伸ばした子じゃないです) 環境もよい場合が多く、まんべんなくできるようにもなっていたりする。ここでいうペーパーの偏差値的にも揃ってる。 しかし、逆にこれが仇になる場合があるんじゃないかな。


 もちろん、仇になる場合はあると思います。しかし、それは「素質」というものに変化をもたらす程のものではない、と私は考えているんです。筋トレをやってボディービルダーのようになったのに、肝心の野球があまりうまくならないとしたら、それは筋トレの悪影響で才能がつぶされたというよりも、むしろ最初から野球の才能はなかったのではないか、と私なら解釈する。ただ、プロテインくらいならなんとかなるとしても、長期にわたってステロイドかなんか注射しちゃってると、副作用で再起不能という場合はあるかもしれませんけど。そんなのはいくらなんでも稀でしょう?


 なにが言いたいかといいますと、私が問題視する「仇」とは、社会心理的な悪影響とでもいうようなものなんです。たとえば、それは日本社会全体が、大学偏差値の序列を意識しすぎるというような。


>視点さんのいわれるように、じゃあ医者になれとか親が誘導して結局不幸になるパターンもあると思います。


 というような問題ですね。


>だから大学入学制度を変えたほうがよいと思うのです。


 これは賛成です。

【1981563】 投稿者: じゃい子   (ID:KMc2X/2mhnc)
投稿日時:2011年 01月 17日 14:34

根本的にさんへ、

無理して相手に合わせるようなことを掲示板でするのは無粋な行為だと思っています。
(ましてこのような場で)
リアル社会では、生活を円滑にするために必要だと思いますけど。

素質関係ありますよね。おおいに
兄弟でも資質が違う。



>それは筋トレの悪影響で才能がつぶされたというよりも、むしろ最初から野球の才能はなかったのではないか、と私なら解釈する

ここですね、解釈するほどの多数のサンプルがないため断言できないのです。
しかも一人と同じタイプはないのですから
そうであってはいけない。(才能がつぶされてはいけないと懸念しているのです)
そういった意味では、
根本的なさんは、よりその資質の質の高さを問うているのだということが
わかりました。

> なにが言いたいかといいますと、私が問題視する「仇」とは、社会心理的な悪影響とでもいうようなものなんです。たとえば、それは日本社会全体が、大学偏差値の序列を意識しすぎるというような。


これは、大いにクローズアップしていってほしい課題だと思います。

【1981567】 投稿者: 根本的   (ID:wwmfnzaRenU)
投稿日時:2011年 01月 17日 14:36

>周りを見渡すと、「創造力」「独創性」に関しては、 社会人になってからの努力はどうにも報われない気がしており、 もって生まれたセンスが非常に大きい気がしているのです


 ここは遺伝さんの意見と同じです。ですから、教育者(親や教師)ができることには厳しい限界があると私は思います。子供の「素質」というものは殆ど動かせない。では、なにができるのか。それは、子供の素質の限界と方向性を見極めて(これが難しい)、その素質が開花するであろう場所(教材、教育方法など)を与えることだけではないか。


 可能性のある素質がいくつか認められたら、そこを好きなだけ伸ばすようにしたい。そのために「孟母三遷」が必要ならそれもいいと思います。逆に、動機さんのように「放任」するのも、ひとつの方法だと思いますよ。肝心なことは、子供の素質が千差万別である以上、理想を言えば、それはそれぞれの子供で違ったものになる筈です。みんな一律に、まづ「受験道」に参入させるようなやり方が正しいとは思えません。

【1981571】 投稿者: 根本的   (ID:wwmfnzaRenU)
投稿日時:2011年 01月 17日 14:38

じゃい子さん


>無理して相手に合わせるようなことを掲示板でするのは無粋な行為だと思っています。 (ましてこのような場で) リアル社会では、生活を円滑にするために必要だと思いますけど。


 そうですよね。ごめんなさい。

【1981578】 投稿者: じゃい子   (ID:KMc2X/2mhnc)
投稿日時:2011年 01月 17日 14:46

根本的にさんへ

根本的にさんのファンなので恐縮します。(お世辞じゃないですよ)

【1981580】 投稿者: 老眼   (ID:lLa6DIwxrII)
投稿日時:2011年 01月 17日 14:47

離陸さん
はじめまして
「企業が求める人材像社会人基礎力」
企業が求めるものと、社会が求めるものにはギャップがあるのですね。
反グローバル運動が生じる背景の一つを垣間見る思いです。
報告で列挙されているものは主体が中心となるものばかり。
つまり他者を中心に物事をみることは重視されない。
報告にあるものの必要性はその通りなんですが、
それは最低限のものであって、
「非自己」を意識して初めてその先にある健全な社会性が生まれるのでしょうし、
そして初めて「自己」も正しく認識できるのではないでしょうか。
相応のレベルで他(人も自然も物事も)を感じる(微妙な表現ですが適語を思いつきません)ことのできる力
そのうえで、いろいろと調整をする力
が、これから生きる者にとってはより必要なことと私は思います。
辛辣な過去の自己体験や、皆さん(企業人さん、知的=量的さん、他の皆様)が身につけておられる音楽や詩歌の教養というものが
「他」を感じる力を形成する礎になるのでしょうね。
最低限の学力を身につけることとは別に幼少期から意識されるべき(べき論は嫌いですが)なのでしょう。



遺伝さん
そういったことと、遺伝さんの問いかけ『「創造力」「独創性」を磨いたり引き出すための何か』はまた別のことですが、
いずれの話題も共に、幼少期から小学生の時期が(それ以降と比べてて)より重要な時期なのではないかと感じています。
遺伝さんの問いかけと同じものをず---っと探していますが?です。
結論ではありエませんが、「(たとえ何をしているときではあっても)子供の集中を阻害しない」というところですか。。。
これは放任とは違います。むしろある意味で大きな関与だと考えています。



動機さん
「学歴つけて一流企業に就職してその中で自己実現して・・・・という高度経済成長時代のモデルが果たして通用するものなのか?」
私も同様に否定的に考えます。学歴はお金と同様に「実態のない価値」だと思いますし、
「一流企業」の捉え方もわれわれ世代とこれからの世代では違ってくるでしょうから。
一方で、「医学部に行っておけば間違いない」が大きなリスクを内包した認識であると私は思います。
そのあたり根本的さんがお詳しいでしょう。

【1981617】 投稿者: 根本的   (ID:wwmfnzaRenU)
投稿日時:2011年 01月 17日 15:17

量的さん


>「そういうトップレベルの数を増やすためには、裾野を広くする必要がある、だから、普通のひとも、ノーベル賞学者を目指して頑張れ、と言うべき」というロジックだと素直に読みました。


 その「ロジック」、なんかちょっと違うような。「普通のひと」というか「やりたいひと」はってことですよ。


>Q1
>素朴な疑問として、根本的さんは、そのトップレベルの一員だと意識して仕事をされているのか、サポーターだと認識しているのかどちらですか?


 実際に「トップレベルの一員」だったかどうかはともかく、そこを目指してはおりました。でも、今はサポーターです。意識の上で。
 


>→ 別の投稿で、「(根本的さんは) 大学は終わりになって、今は歯車をしています、とのことだったのですが、・・・アカデミックポジションを志向したが大学には残れなくなった、と読めたので考えを伺います。


 うーん。「アカデミックポジション」は、本来は、業績についてくるものでしょう?それに、「志向」してもなかなかまわってこないんですよ。上がつかえておりましたからね。やめたのは、まあ、漱石の「坊ちゃん」みたいな経緯でした。


>Q2
> 仮に、Q1への根本的さんの回答が、後者=自分の存在意義を「サポーター」として、位置づけているとして、その考えの根本に、”一芸至上主義で、化学でも物理でもいいが、「いいが抜きんでたモノから順番に単一の価値観で序列/ヒエラルヒー”を暗黙のうちに前提としているのではないでしょうか? 


 もちろん、その「ヒエラルヒー」を「暗黙のうち」どころか、おおっぴらに「前提として」おります。



>Q3
>仮に、Q1への根本的さんの回答が、後者(=自分の存在意義を「サポーター」として、位置づけている)として、ノーベル賞を取れなかった大多数の大学人は、どういうValueがあると考えられているのですか。価値なしですか?あるいは単なるサポーターの価値ですか。


 別にノーベル賞など取れなくたっていい研究している人はいっぱいいるでしょう?上から下まで様々なレベルがあるでしょう。いわゆるルーチンサイエンスだって何らかの意義はあるから、論文になるんです。だけど、より独創性の高い研究であれば、それだけ相対的に「Value」が高いということです。


>Q4
>天才的なひとを出すことのために、少しできるひと、普通にできるひと、を一芸に秀でるひとに向かわせないといけないのかが理解できません。根本的さんのロジックだと、例えば、私のように、歴史的な見方や、Valueの考え方(=社会貢献)の目線から、モノを見ていくことをかなり否定しているように思えます。


 一芸に向かいたいひとが向かえばいいだけなんですが、現状では、みんな「オールマイティ」に向かわせられているでしょう?そこが「理解できません。」

 
>→ 裾野を作るためだけに「価値を秀でたひとにだけ認める(=○○至上主義)」を蔓延させることになり、アカデミックな世界に屍の山を築き、精神的な挫折感をあおるものだと思います。


 そんなこと言ったって、今は「価値を満遍なくできるひとにだけ認める(=受験偏差値至上主義)」を「蔓延」させることにより、受験の世界を中心に「屍の山を築き、精神的な挫折感」をあおっているように、私には思えますが。

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