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私立中学の価値

【1934980】
スレッド作成者: 自然体 (ID:KR1jc1G02kE)
2010年 11月 28日 08:25

この不景気の中、希望しない私立中学へ無理して行かせる道理がないと思います。
公立中学という保険もあることだし。
皆さんどう思われますか?
我が家の場合、子供はまだ小4ですが、受験希望は以下の通りで、それ以外の学校なら公立中学へ行かせるつもりです。
新興系、成り上がり系、スパルタ系、予備校風系は基本的にパスです。
希望の私立中学に合格しなかった場合は、公立中学から県立トップ高校を目指します。


2/1 麻布か開成(武蔵もOK)
2/2 なし(栄光、聖光は良い学校だけど遠いので)
2/3 早稲田か暁星(筑駒は学区外なので)
2/4 芝

【1981627】 投稿者: 根本的   (ID:wwmfnzaRenU)
投稿日時:2011年 01月 17日 15:24

じゃい子さん


 ありがとうございます。
 私も、殆どの問題で、じゃい子さんと同じ意見なんです。めったにないことです。それだけに違いがあるならそこもはっきりさせたかったんです。これからもよろしく。

【1981673】 投稿者: 根本的   (ID:wwmfnzaRenU)
投稿日時:2011年 01月 17日 16:03

中国、韓国の話題も出ていたようですが、1/13読売新聞にこんな記事がありました。


 「韓国教育科学技術省などは、ノーベル賞受賞者の輩出を目指し、今年3月に大学院博士課程に入る成績優秀な韓国籍学生300人に、2年間で約440万円ずつ支援する『グローバル博士フェローシップ』事業を始めると発表した。対象者の8割が理系学生という」


 「同省は、『ノーベル賞を受賞するため、学生には、学費や生活費を心配せず、脇目もふらず研究に没頭してほしい』としている」


 私は現時点の学問研究レベルにおいて、日本が中国韓国に負けつつあるとは思っていません。中国など、もう日本を抜いて世界第二の経済大国になりつつある。しかし、ノーベル賞受賞者などひとりも出ていません。日本が世界第二の経済大国として認識されるようになったときには、日本から既に数人の受賞者が出ていましたけれど、中国はいまだ「知的財産権」というものすら全く無視している。なぜか。おそらく、保護しなければならない「知的財産」などないからでしょう。だから、いまのところは他国のものをコピーしたほうが効率がよいというレベルではないか。


 でも、これからは違うのでは?彼らだって、もう開発独裁型の高度経済成長路線だけでやっていけるなどとは思っていないでしょう。中国という国は、変わるときにはドラスティックに変わるような気がします。日本がうかうかしているならば、あっという間に抜かれるということもあり得る。もうその兆しが出ているのではないか。世界大学ランキングなど、中国の大学が東大を上回ったような話も聞いたようですが。日本は相変わらず、世界小学(中学)ランキングで騒いでいる(PISA?)。それでいいのでしょうか?

【1981696】 投稿者: 根本的   (ID:wwmfnzaRenU)
投稿日時:2011年 01月 17日 16:30

じゃい子さん


 「偏差値至上主義」の弊害については、元京都大学学長の井村裕夫さんがこういうことを言っているそうです。


 ご自身が学長時代、大学設立当時の文献をいろいろ調べたところ、そのなかに帝国議会に提出された「東京帝国大学につぐ第二の大学を創設する」議案が見つかり、規模は東京大学の三分の二とすると明記されていた。が、明治時代ならともかく、現在もこの骨格が続いていることを知って愕然とした、と。


 予算額と教員数を比較すると、今も京大は東大の三分の二の規模に甘んじており、旧帝大時代の序列が厳然と残されている。名古屋大学の学長が「うちは京大の三分の二の規模」と嘆いていたが、日本の大学の序列は明治から100年全く変わっていない。こうした硬直的な予算配分や研究体制のありかたが大学活性化を妨げる一因になっていることはあきらかだ、と。


 

 まったく「あきらか」です。とんでもない話ですが、やっぱりなって感じでしょう。これじゃあ、大学間での競争なんて、やってもしょうがないよってことになってしまいます。

 

【1981732】 投稿者: じゃい子   (ID:KMc2X/2mhnc)
投稿日時:2011年 01月 17日 17:02

根本的にさんへ

> 私は現時点の学問研究レベルにおいて、日本が中国韓国に負けつつあるとは思っていません。中国など、もう日本を抜いて世界第二の経済大国になりつつある。しかし、ノーベル賞受賞者などひとりも出ていません。日本が世界第二の経済大国として認識されるようになったときには、日本から既に数人の受賞者が出ていましたけれど、中国はいまだ「知的財産権」というものすら全く無視している。なぜか。おそらく、保護しなければならない「知的財産」などないからでしょう。だから、いまのところは他国のものをコピーしたほうが効率がよいというレベルではないか。


そうです。これと全く同じことを6年前ぐらいに力強く主人が言っていました。
そして、先日根本的にさんが書かれていた日本人の遺伝的な優秀さはユダヤ人にもおとらないということ
私も同感です。

しかし近年、この傾向が弱くなってきているんですよね。そこが問題なんです。

最近、アジアのトップの人材と仕事をしているようですが
主人から日本人の優位性を以前ほど聞かないですし、
また日本の現場と近隣アジアと比べると急速な勢いで他国は伸びているんです。
しかも柔軟になってきている。

これを危機と言わずとして、なんというのでしょう。
教育の根幹が間違ってきているのではないでしょうか。

【1981736】 投稿者: 根本的   (ID:wwmfnzaRenU)
投稿日時:2011年 01月 17日 17:07

もうひとつ。


 今度は「高学歴ワーキングプア」を書いた水月昭道さんの体験談です。このひとは、長崎総合大学(工学部)という名もない大学(失礼)から、九州大学大学院に進学し、博士課程を修了した人です。



 頭の良い人たちが集まる社会でのいじめは、陰湿を極める場合も珍しくない。偏差値ピラミッッドから外れた、どこの馬の骨ともわからない(私のような)ものが入ってくると、異物を排除するかのように集団力学が働き始める。「ここはお前なんかが来るところじゃない。」

差別文化が花開いているのが研究の世界のもう一つの顔だ。

偏差値が下の大学からやって来た(大学院)編入組に対して「学歴ロンダリング」と蔑称をつけ酒のツマミにして笑うのは、そこでの生え抜きの「マナー」である。

逆に上の大学から来た「都落ち組」(京大から九大へ、など)には滑稽なほど尊敬のまなざしが注がれる。

センター試験の点数自慢を、これ見よがしに口々に唱え、周囲の目を意識して悦に入るのは「頭の良さ」をアピールするための毎日の儀礼。

見所は、「バカのくせに最終学歴は(オレらと)同じか」と言って自らを憐れんで見せる一幕だ。出自をことさら問おうとする差別意識を少しでも隠そうとする恥じらいは、ここでは見られない。選民意識を堂々と表現し自慢するのが、大学院での(お遊び)文化なのだ。




これは九大だけの例外的事象であるわけがないですよ。

 
 

【1981746】 投稿者: じゃい子   (ID:KMc2X/2mhnc)
投稿日時:2011年 01月 17日 17:19

根本的にさんへ、

>これは九大だけの例外的事象であるわけがないですよ。

その通りです。

企業では、一人の画期的な開発に何人もの取締役が学歴だけでトップにたっています。
まあ、こんなことやってられるのもいまのうちですよね。
そんなのんきなご時勢ではなくなってきますもの。

主人が昔ある先端の開発について質問した私に
それに貢献した高卒の人たちの努力について語っていました。
その内容に把握できたかはわからないのですが、
ネームブランドで搾取していくシステムでは国として魅力がなくなっていくのは
あたりまえだと思います。

【1981752】 投稿者: じゃい子   (ID:KMc2X/2mhnc)
投稿日時:2011年 01月 17日 17:28

根本的にさんへ

> でも、これからは違うのでは?彼らだって、もう開発独裁型の高度経済成長路線だけでやっていけるなどとは思っていないでしょう。中国という国は、変わるときにはドラスティックに変わるような気がします。日本がうかうかしているならば、あっという間に抜かれるということもあり得る。もうその兆しが出ているのではないか。世界大学ランキングなど、中国の大学が東大を上回ったような話も聞いたようですが。日本は相変わらず、世界小学(中学)ランキングで騒いでいる(PISA?)。それでいいのでしょうか?


同意します。

最近あきれたことの一つにこのランキングをあげるためのテクニックのような
勉強をしているということをニュースで知ったことです。

塾でもあるまいし、そこに特化した勉強をして一時的に点数あげることに
注力しているような教育方針をたてるから虚弱になるんだと。

【1981779】 投稿者: 根本的   (ID:wwmfnzaRenU)
投稿日時:2011年 01月 17日 17:48

適性さん


>広い興味を持つことができれば、一人で、全部の科目のサポーターになれるが、一つにしか興味がない人は、その科目のサポーターにしかならない。


 全部の科目のサポーターなんかになれないよお。忙しすぎるって。一生かけてってことならいいかも知れませんけどね。



通りすがりの企業人さん


>天才にならなくてもサポーターになろう、というのには賛成、しかし、それが文系科目を無視することにはならない。なんでそこに飛躍するんでしょうか。


 ですからね、数学なら数学のみで評価されるようなひとつの『評価空間』、そういう空間が、社会のなかにいくつもあればいいのではないか、と。ひとつの空間でダメなら、他に移ればいいわけです。だから、流動性を確保する必要があります。物理学でも、化学でも、生物学でも、文系だって言語学、哲学、文学、歴史学、それぞれの『評価空間』があればいいんです。スポーツや芸術の世界にはそれがあるでしょう?学問の世界だけ「受験道」という『評価空間』にまづ入ることを強制される。おかしいじゃないですか?

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