在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私立中学の価値
この不景気の中、希望しない私立中学へ無理して行かせる道理がないと思います。
公立中学という保険もあることだし。
皆さんどう思われますか?
我が家の場合、子供はまだ小4ですが、受験希望は以下の通りで、それ以外の学校なら公立中学へ行かせるつもりです。
新興系、成り上がり系、スパルタ系、予備校風系は基本的にパスです。
希望の私立中学に合格しなかった場合は、公立中学から県立トップ高校を目指します。
2/1 麻布か開成(武蔵もOK)
2/2 なし(栄光、聖光は良い学校だけど遠いので)
2/3 早稲田か暁星(筑駒は学区外なので)
2/4 芝
自分にさんつけてました。(笑)
根本的 さん
10年以上前に、当時の組織で、このままじゃゆでガエルになるぞ。って全員危機意識持っていた。表面的には。
でも、変わらない。居心地がいいんだよね。結局、落ちるところまで落ちて、5年以内にIMFの管理下に入ってからじゃないの?日本が復活するのは。
宮台は、右は小室直樹、左は吉本隆明までこなせる。教養はある。デビュー当時は左で、いまは少し真ん中。やはり年取ると右方向へいきやすい。
はずれた論調も多々あるが、自分より上の世代にケンカ売ってる、媚ないからいい。
>利根川進は著書の「研究者になりたいなら日本を出て世界を見よ」の中でリスクを負いたがらない人材が選抜されがちな日本の入試制度を痛烈に批判しているが、
利根川さんが入試制度になにを言ったか知らないが
>リスクを負いたがらないのは、中高年の大人の方だろ。リスクを負わない大人が、なんでリスクを背負える子供を選抜できるのか。若者が草食化、内向き化するのは、上の世代「団塊」が資産を若者に再配分する気がなく「逃げ切り」をはかっていること
問題は「リスクを負わずに『逃げ切り』をはかる中高年だ」、これは全く正しい。
>変わらない。居心地がいいんだよね。結局、落ちるところまで落ちて、5年以内にIMFの管理下に入ってからじゃないの?日本が復活するのは。
そうそう。韓国に右へ習えだ、このままなら。
>宮台は、右は小室直樹、左は吉本隆明までこなせる。
そこが信用できないんだって。
>教養はある。
それは確かだ。でも、博覧強記って言うんじゃないかな、あれ。
>自分より上の世代にケンカ売ってる、媚ないからいい。
そこはまあね。でも、それならホリエモンの方がいいよ。ストレートだ。
視点様
孫さんとホリエモンはちがうんちゃう~?
私達がネットであ~だこ~だ言えるのも、携帯代がどんどん安くなってきてるのも、やっぱり孫さんが現れたからちゃう?
孫さんが動いた事によって、私達にも恩恵があった。
やっぱり、すごい人なんちゃうかな。
この間、テレビに孫さんが出てた。
「孫さんはホリエさんをどう思いますか?」って質問に
「僕は彼のように’お金そのもの’が欲しいと思わない。僕はお金そのものに興味はない。僕が欲しいのはビジネスを展開するための’資金’です。」って。
仏さんみたいな顔で穏やかに話をしてたけど、痛烈に批判してたよ。
あと、
僕は「夢」って言うのは個人的なもの。
僕は「志」を持って、仕事をしていきたい。
って言ってた。
「志」って言葉で、視点様の事が頭に浮かんでニヤってテレビ画面で笑ってしまったよん。
のんきな父さん様がおっしゃる
ひたすらビジネスの成功を思い描いて道を選ぶ若者もいるかもしれませんけど、
人様に何らかの価値を与えなければ自分の懐にも金は入ってこないのですから、
金儲けすら人助けをしないことにはかないません。それも一つの才能の活かし方
として認めてあげたい。神の見えざる手も少しは信じましょう。
↑
この考え方の方が、子供や若者は伸びて、「結果的に社会貢献」をする大人になるような気がします。
のんきな父さん様がおっしゃって下さってるように、本人にとって、取り組む姿勢は「夢、内なる欲求」であっても、結果的にそれが人のためになっている事って世の中には一杯いっぱいあると思う。
芸術分野なんてまさにその世界じゃないかな、、って思う。
文化、芸術方面で、自分が一番ノッテル時期→時代に一番発信力を持ってる時(一人の発信が何万人、何億人に受信されてる時)に「志」持ってる人間はあまり多くないと思う。
でも、その時期にこそ、文化、芸術方面の人間は世間の人達を癒してる、人のためになってるような気がする。
枯れた時に初めて、自分の分野の若者を育てよう、、とか、自分の得た力で社会に貢献しようって志が生まれる気がします。
>◎まずは「遺伝子」について。
>遺伝子で決まっているんだから仕方がないって一生をあきらめるなんて、もったいないじゃないか。
だれもそんなこと言っていないんだけどなあ。全部決まっているわけじゃない。でも、一部は決まっていますってお話です。だってさあ、あんまり教育方法で決まるようなこと言われるとさ。つい、言いたくなっちゃうんだよね、「違うよ、DNAだよ」ってね。
>◎つづいて「全方位からみて正義」について。
大きな声では言えないんですけど、宇宙も、自然も、世界も、善でも悪でもありません。ですから当然「人間存在」そのものも、善でも悪でもない。したがって、人間がつくり出した「善」「悪」という言葉もまた、善でも悪でもあり得ない。それは単なる自然現象に過ぎません。
ただ、人間は、人間を(自分や他人を、その感情や欲望を)コントロールするために、「善」「悪」という道具を必要としている、これは間違いない。しかも、この道具は、単なる道具だとわかってしまうと、切れ味が悪くなる。だから、あまり大きな声では、真実は言えないんです。
>よいと悪いとを判断する基準は、自分の内にしかない。
それはそうです。でも、それは善でも悪でもないんです。「人を殺してはならない」という掟は、善なるものとしてあるのではなく、我々の感情によって支えられているに過ぎません。だれしも、人殺しなんてしたくないでしょう?気持ち悪いし。恨まれたら嫌だし。また、殺されたくもないでしょう?痛いし、苦しいし、死にたくないし。その感情が人類にとって普遍的だから、一見この掟が絶対的なものに見える、そして、だれもがこの掟の存在から恩恵を受けることができる、ただそれだけのことです。でも、それが真実だって、子供に教えるわけにはいかない。しかし、いやしくも大人なら、「この当たり前すぎる事実に」気づくべきだと思いますよ。大声で口にする必要はないけど。




































