在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私立中学の価値
この不景気の中、希望しない私立中学へ無理して行かせる道理がないと思います。
公立中学という保険もあることだし。
皆さんどう思われますか?
我が家の場合、子供はまだ小4ですが、受験希望は以下の通りで、それ以外の学校なら公立中学へ行かせるつもりです。
新興系、成り上がり系、スパルタ系、予備校風系は基本的にパスです。
希望の私立中学に合格しなかった場合は、公立中学から県立トップ高校を目指します。
2/1 麻布か開成(武蔵もOK)
2/2 なし(栄光、聖光は良い学校だけど遠いので)
2/3 早稲田か暁星(筑駒は学区外なので)
2/4 芝
怒られるかな様
私も、ちょっと横にそれます。
まさしく人間に例えたら、その急上昇できる人が天才なのでしょうね。
で、さらに横に行って、横田でラプター見ました。妖艶ですね。フェラーリのラインの妖艶と似ていますが、違いは
かなり強い毒がありそうで、怖くなってしまいました。
中国は、ステルスが公開されていましたが、正直どう見ても、素人の私には、ラプターにしか見えませんでした。
ラプターを超える戦闘機は、ここ20年は出ないということで、生産中止になったようですが、さて、日本は
量産できるユーロファイターでしょうか、それとも最後のラプター購入者でしょうか。
ちょっと、楽しみです。
完全に外れてしまいました、以上です。
S2さん
>僕自身はゆとり教育が意味するものが、完全にフリーな時間だったら良かったと思うのですが、 (中略)気力・体力ともに吸われ、それが成果につながれば良いでしょうが、
公立の先生の場合移動があるので学校ごとの文化が根付かないデメリットはやはり大きかったんじゃないかと。
ゆとり教育って、いってみれば、
脱つめ込み教育&授業時間削減計画の別名みたいなものだからさ。
でもつめ込み教育だってアプローチが違うだけで、
ゆとり教育と同様に、「生きていく力を育む」カリキュラムだったのにね。
そもそも「生きていく力」ってなんだと想定していたんだろう?
時代が変われば、それも変わるのは当然なんだけど、
たぶんツメが甘かったんだろうね。
フツーに突き詰めていけば、逆立ちしたって公立ではやりきれないということは、
容易にわかったはずなのに…。
まあ、基本的に教育熱心な家庭が集う国立小でデータ取ってる限り、
結果は違っちゃって然るべきかな。
IT系の話をすればね、子供はもう異星人。
小学生のクセに、百科事典やらなんやら本の類はどっさり用意してあるのに、
調べ物はすべてインターネット検索ですませようとする(親の真似して、、)。
これってどう思います?
パソコンで遊びたがり始めたときに、ローマ字を覚えるのに丁度いいと、
タイピング練習させたのが間違いだったとちょっと後悔。
とりあえず小学生のうちは、アナログな調べ方を徹底するつもりなんですが、
これってもしかして旧世代人の価値観の押し付けかな?
彼らの世代では、何から何まで情報のほとんどは
ITツール経由になることは明確だし。
なにしろ自分が子供の頃は、こんなものなかったわけで、
大学生のときはもちろん社会人になっても初期の頃は、
DOS打ち込まないと動かなかった世代だから…。
もの心がついたときには、ブロードバンドがあたえりまえの小学生への
ITツール(ゲーム機含む)との関わらせ方は、迷うことばかりです。
凡才さん、
欧米人の日本に対する意識は、正に「極東」です。大陸の反対側の端、または太平洋の果てにて、経済発展を遂げて品質のよい工業製品を生産する遠くの国です。その点での尊敬の念は感じますが、欧米で発展した思想や技術をベースにして後発的に発展したので、その点で軽んじる意識も底にあるのでしょう。(日本人も日本の技術を導入して発展する新興国に対して同様の念が無いとは言い切れません。また、今回の出張で、未だに日本にはサムライという階級があると思っている人(相当年配者)がいるのには驚きました。相手は日本にはもうサムライはいないのか!と驚いていたが、正直こちらが驚いた。)
自分の仕事の範囲での話ですが、日本人個人としてグローバル・ジョブで取るべき持続的な行動とは、まずは彼らとの協業の中で、計画と実行においてイニシアティブを取って、問題を予見しまた解決し、成果を出し続けて自分の能力を認めてさせることにあると考えます。海外での仕事はプロジェクト毎の顧客評価が次につながるため、国内で自社の組織内で仕事をして顧客との接点が限定的な場合に比べ、プロジェクトのゴールに対し、意見をきちんと主張し成果を出してアピールすることを意識しています。私の勤務先でいえば、海外プロジェクトを国内組織で実行する機会が少なくなってきた、というのが実態です。その背景が全球的グローバル化にあることはいうまでもありません。他の業種、職種ではまた別なグローバル化のシーンがあるのでしょう。グローバル化に対しては、国や会社としての取り組みも有りますが、まずは自分で出来る個人としての取り組み(含、子供の教育方針)をしっかりするのが先決だと考えます。
その取り組みですが、ビジョンと目標を、計画と実行に落とし込んで、実際に行動することを心掛けています。先のP.201【1999040】 こんな意見さんによる、“言論プラットフォーム「アゴラ」「国際競争力をつけたい企業は、大学のありかたに注文をつけるべき」 松本徹三 より”の引用ですが、私も同様の意見であり殆ど賛同です。そのような場合、その中で自分の出来ることを選び、何が有効な手段かを検討し、具体的にアクションを取る計画まで落とし込み、更に実行が伴わなければ、ありがたいアドバイスも実質的な効用が有りません。教育という対象が我が家では現在進行形なので前進のためには批評で終えるわけにはいきません。そこで、良かれと思うことを、教育のビジョン>ストラテジー>KPI>ワークフロー>アクション項目<ファウンデーション、といったフローチャートに具体的に落とし込んで、行動への道標とすることは、考えを整理して、ビジョンを実行のレベルまで落とし込む点で効果があると考えるわけです。
ところで、私の離陸像は飛行機にありましたが、飛行機でも旅客機のイメージです。メカ的には、エンジン(=本人の持つ能力、以下例え)が推力(=本人の情熱と志を源とするドライブフォース)を生み、主翼(様々な知識で形作られた思考)が主流(=勉強や社会での活動)に対して静圧差(=OutputとInputの差)による揚力(付加価値)を発生して機体(=本人)を浮上する。(貢献により、目標に向けレベルアップする)という感じでした。私も、成程、大きなエンジン出力で垂直飛行可能な戦闘機は、天才に例えられると思いましたが、稀な天才でなくとも、もう少し身近に、個人の卓越した能力と高い価値の創出で、どこの企業ででも引く手数多で活躍出来る人材のイメージでもいいように思いました。旅客機から戦闘機(>ちょっと我が家の子供にイメージには合わない)への道も有りですね。それから、ここの例えの中でも、軍事的脅威になってきた中国(人口13億人を抱える中国が、今後「PISAでの世界第1位の選抜教育」を基盤に能力の高い若者を大量に輩出して、科学技術分野での競争力を高め、世界をリードしようとすること)は無視出来ません。(ちょっと怖い点も同じです)この可能性の高い将来に、教育でどう折り合いをつけて対応して行くのかも考える必要があるでしょう。
「欧米人」っていうの大ざっぱすぎる議論だよね。
せめて「自分が知ってる欧米人」って限定しないと。
米国でも大学でたから(企業で)即戦力になるわけでもない。
日本と違うのは、米国では大学で勝負が決まらないから大学受験で燃え尽きるような学生がいないのと、日本の医学部志向のような安定志向ではなくエリートがチャレンジしリスクをとるところ。
高校までの教育も違うのでしょう。
>わたしは理系の高校生であれば、例えば、伊勢物語を全部口語中心で読ませて、大鏡の現代語訳をポイントだけプリントに仕立てて読ませてもかなり絶大に心をつかむ効果があると思っています。ファミリーとはなにか、も浮き彫りになる。権力争い、左遷、個人の生き方の価値観、そんなものが、道長、忠平、安子、どの表現の中にも見えてきます。
「伊勢物語」も「大鏡」も読んだことありませんが、量的さん、ここはなかなかいいお話ですね。私は理系ですけど、歴史、ことに日本史には興味があります。とくに藤原氏の興亡。人間とはなにかってことがよくわかりますよね。「権力争い」とか「ファミリーとはなにか」とか(以下多少の間違いがあっても許して下さいね、理系ってことで)。
645年、鎌足がまず蘇我氏一族を皆殺しにした。それを手始めに、奈良時代を通じて敵対する他家を虱潰しにし、藤原氏の支配を確立する。平安時代には、不比等の息子四兄弟の家系間で内部抗争が繰り返され、暗殺、裏切り、密告、陰謀、ありとあらゆる権謀術数の限りを尽くし、1000年代、最終的には北家が権力の頂点に立つ。そして、道長はこう歌った。
「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」
いい歌ですねえ。私も一度は歌ってみたいなあ。
こうした歴史を知れば、池田晶子が言うことなど真っ赤な嘘だとよくわかる。人間は「内なる善」などによって行動する生き物ではないということが。社会的順位、序列への執着は、殺人に対する嫌悪感よりはるかに強く、世代を超えて、「ファミリー」を通じて、維持されうるものだということが。
ですからね。みなさんが(私も)、「世代を超えて」、「ファミリーを通じて」、学歴序列を求めてしまうのも無理からぬことなんでしょうねえ。
「欧米人」っていうの大ざっぱすぎる議論だよね。
せめて「自分が知ってる欧米人」って限定しないと。
↑
視点様
よお言うわ~。
離陸様は、ちゃんとヨーロッパ人っておっしゃってるじゃん。
しかも、きちんとその国の下調べをして。
実際に”今”その国に滞在してる中で話して下さってるねんで。
そんなん言ったら、親父さんの主張は「推測の灘生(およびそれに準ずる中高一貫生)を勝手に想像して」の主張やん。
知り合いすら居てない状態で、「否定」に走ってるでしょ?
ここで、幾ら灘に子供さんが通ってらっしゃる方達の「生の声」を聞いても、ネットから拾ってきたデータ出して対抗しようとしてるやん。
「人の話から学ぼう」って意識があまりない?
親父さんは、そんな人のような気がする。
私なんかは、自分と全く違う分野の人から生きた話を聞ける事がすごく面白いし、ためになってる。
知的様
「ばっかり食べ」耳の痛い話です。。。
私などは、ばっかり食べというよりも「これ食べてなんとかしよう。。」みたいなろくでもない生徒でした。
遺伝様は、謙遜して大学に遊びに行ってた、、とおっしゃいますが、私などはもう、その通りの学生で。。。
また、半分仕事に足突っ込んでいたので、もう、仕事の事で頭一杯で、友人達とゼミの先生の理解の元、なんとか4年で卒業出来た感じです。
源氏物語や伊勢物語を授業で受けても
「なんだかな~、光源氏、生まれがエエからって調子に乗ってるやん。遊び人のおぼっちゃんやな、自分から自分の立場悪くしてどうすんねん。興味ないな~。それに比べて伊勢の昔男は、政治的に不運な悲哀を背負って、その中での色好みか~、気持ちわかるよね。なんか、私は昔男の方が好きやな。しかし、この時代の女性は万葉集の頃と比べたら受身な人多いな~。」位、感想しか書けない。
知的様や企業人様の方が、よほど私よりもきちんと理解なさっているように思います。
知的様がおっしゃる
「・・日本史という別の教科との、極めて深いレベルでの融合もひとつの目標です。そしてそれを越えて、社会の仕組み、構造、経済なども見えてきます。 」
また、離陸様のおっしゃる
「世界史、思想・哲学、倫理(地理も含めてもいい)が一つにつながり、それらが彼らヨーロッパ人の思考の根っことなっていると考えることで、彼らの(私と異なる)考え方に納得出来たのです。つまり、彼らの思考のキーポイントを見つけたのです」
↑
エエ加減な学生だった私は、自分の職業を通じて、お2人のおっしゃるこの学びをやらざるを得なくなったのです。
私の学びは常に「後追い」
必要に迫られてやる後追いです。
でも、後追いをしなければいけない事って、やっぱり「やっておいた方が良い事」「知っておかなければ不利になる事」なんじゃないかな?と、また、その知識を自分の中に入れる時期は、ある程度早い時期の方が良いのではないかな、、って。
ダメダメ学生だった私はそう思うのです。
日本史、面白いですよね。
生き方のハウツーを学べるような気がします。
暇にまかせてここ数年は日本史の本やら雑誌やらを読んでいるのですが、統治の本質みたいなものが見えてくる気がします。
あ、そうそう、藤原氏と言えば、今の政治も似たようなものだ。摂関政治と変わらないよ。京の都の羅生門は荒れ果てて、行き倒れがころがっているというのに、宇治には頼通の別邸豪華絢爛「平等院」ですからね。
たしか小泉政権のころ「塩爺」が言っていました、「母屋でおかゆをすすっているときに、離れですき焼きを食べている」ってね(一般会計が赤字を削っているのに特別会計で浪費していることを揶揄した表現、wiki)。
特別会計なんて、要するに、各省庁所管の「荘園」みたいなものでしょう。「不輸不入の権」までもっているようだし。民主党は、この特別会計を廃止すると公約した筈。そうして予算の組み替えを行えば増税は必要ないと。
でも、やっぱりダメだった。政権とったら知らんぷりだ。蓮舫の事業仕分けでごまかしただけだった。管さんのあの顔、あの眼。自分の意思で動いている男の顔ではない。もはや「官から官」だ。財務省過去官僚のいいなりだ。




































