在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
過去も将来も、
リーダーが時代にマッチする新しい価値観を提言し集団を形成するのか、
あるいは社会を変えたいという者が大きな集団になりそこからリーダーが現れるのか、
いずれにせよ、共感を持つ者が集団となり政治を動かすことで、
既存の価値観を覆し、新しい価値感の社会を創出出来るのでしょう。
原子力問題でいえば、スイスでは、国内で稼働する5基の原発の運転に関する国民の意識は、
フクシマの事故前は賛成70%であったのが、事故後は反対が80%になった。
これは、国民が、効率的なエネルギー政策より、自然の保護を最優先することが、
スイスの持続可能な選択であると広く意識を共有していたからです。
今の日本は、「総合的に判断するという」あいまいな答弁がまかりとおり、
結局は、「現状維持」をベースに対処療法することになり、
新しい価値観どころか優先事項の共有も為されていません。
まずは個人が、何を目指してどう行動するかでしょう。
(孫さんは、明確に、今の最善手として、メガソーラ国内10ヶ所建設の計画を掲げました。この行動は大したものです。)
共通の価値観を有する集団の中から、やがて、もまれながらも大きな潮流が生じるのではないでしょうか。
個人個人の意識(=価値観)の形成の準備をする場が家庭であり、学校(大学も含む)なのです。
【引用:服の神さんから】
一部の人たちだけじゃなくて、みんなが
「今、自分が世のため人のため、何が
できるか、どう行動するか」が大切です
ね。
離陸さん
>共通の価値観を有する集団の中から、やがて、もまれながらも大きな潮流が生じるのではないでしょうか。 個人個人の意識(=価値観)の形成の準備をする場が家庭であり、学校(大学も含む)なのです。
終戦から今回の震災までずいぶんと月日が流れていますが、その間、大きな潮流は生じたのでしょうか。熟成した潮流が既に生じているならば、離陸さんが仰るところ(その通りと思う評価です)の、
>今の日本は、「総合的に判断するという」あいまいな答弁がまかりとおり、 結局は、「現状維持」をベースに対処療法することになり、新しい価値観どころか優先事項の共有も為されていません。
という、状況を迎えることはなかったと思います。
であれば、期待するように潮流は生じるものではないことを、歴史は示している。
空間と、時間を、簡単に超えてコミュニケーションがとれ、情報が先走ることもあるような、先入観も簡単に形成されてしまう、今の時代には、竜馬さんのようなリーダーが台頭することは難しいかもしれません。
>共感を持つ者が集団となり政治を動かすことで、 既存の価値観を覆し、新しい価値感の社会を創出出来るのでしょう。
という、この部分の離陸さんのお考えについても共感します。問題は、待ちなのか/攻めなのか というところだとわたしは思いますが、いかがでしょうか。期待するようには潮流というものは生じないことを歴史が示しているとすれば、待つのではなく攻めるのが、今の局面であるように感じます。
その攻めの一手を、孫さんが打ち始めた、ということではないでしょうか。
皆様、
すいません、直しが反映しておらずに、間違って投稿いたしました。お許しください。赤面です。
差替えさせていただきたく。
それと・・・じゃい子さん、ありがとうございました。
老眼さん、
寺子屋ですか。(遠い目をして)
わたしは寺子屋活用の可能性はあると思います。ただ、学校の教室を寺子屋風に開放的に設計したり、多少進度別に手心加えたりと、多くの自治体の教育委員会が試みでやっているとは聞きますが、先生に今より負担が掛かる、先生の側に力量が必要、先生の個人差が授業に出る、課題もあると考えます。(ネガティブ意見でいっているのではなく課題ありという意味)
私塾なら、生徒が通う通わないは自由ですから可能性は大いに広がりますね。
一点、言わせてもらえれば先生がとっても真っ当で良いこと、キャラが立っていること、が私塾には大事だと思います。 (免疫のない生徒が”宗教に嵌るように”洗脳されては皆、困りますし。)
また、良い先生ならば、教える内容は、別になんでもよく算数でも現国でも(言い訳が立てば)なんでも良いのかと思います。乱暴ですかね。
老眼さん、皆さん、
わたしは寺子屋(のようなもの)の経験が少しあります。
上のことに関連しているのと、少し楽しい想い出なので、一例ということでお許しいただいて書いてみます。
勿論、ご興味ない方、スルーしてください。・・ほんと、他愛ない話なので。
<寺子屋経験>
私自身は、わたしは最近になって、自分が寺子屋(のようなもの)から恩恵を受けていたことを気づきました。わたしが中学時代に通った塾は、雰囲気からして寺子屋式なところだったですね。
たそがれ清兵衛(ご存じでしょうか、映画になりましたが藤沢周五郎の小説です)の主人公が住むあばら家のような、木造築60年の襖も破けたボロ家。うっそうとした林の中にある先生の家の離れ家でした。時間になると先生がステテコ姿で楊枝を加えてでてきて、障子を外した腰高くらいの小窓のところに腰掛ける、我々生徒はノートだけ広げて、先生が口述したり、時には小さな黒板に図を書いたりするのをまず写す。教科書はなく、皆、すりきれた畳に座り、先生の汚い字と話だけで、内容を理解して、ほどなく問題をします。ノートを先生が見ることも、近くに来ることもありません。(先生が教室、というか部屋に入ることはない)
かれこれ長続きして中学3年間通ったと思います。今思うと、その当時通っていた子は6-7名。先生は、誰に対してもさほど愛想がない。白髪のハンサムです。先生の奥さんが出てくることも皆無ですが、奥さんはあきらかに先生にベタぼれ。それは中学生にもよくわかりました。
問題演習のとき、先生は出題の口述をし終えると母屋に消えてしまい、それなりの時間して良いタイミングで戻ってきます。実は、問題ができたものから、山積みになっている週刊少年マガジン、サンデー、ジャンプなどの漫画を自由に読んでよい!ルールなので、それが愉しみで通っていて苦痛などはありませんでした。結局、今思い出すと中学で因数分解の初歩・三角関数・微分までやった記憶があります。これらは独立に教えられるから、中学生でもわかるので、先生はやらせたのだろうと思います。
今の私立中学生の先取りなどというほど大げさではなく、なにげなくやっていました。(高校入試に必要ないけど) なによりも集中して考える習慣が付いたと思いますし、早くできるとできない人にわかりやすく「○○答え言え」「そうだ、なぜか説明しろ」と先生が仰って、できると楊枝を加えたまま、「そうだよ、みんなわかったか」と言って初めて笑うという感じがお決まりの授業。なにか、友達の少し怖いところもある気さくなお父さんが、教えてくれる、という感覚で面白かった記憶しかありません。
寺子屋の授業は、できる子もできない子も一緒で先生は姿を消してしまうので、早くできたらできない子に教えて上げたり、 集中(ノートを取るときと問題解くときは真剣)と弛緩(漫画を読むとき)がない交ぜになっていました。
先生は入試の話題などしたこともなく、数学の話と世間話をほんの少しするくらいでした。先生はどうやら司法浪人だったようで、どういう人かはよく知りません。ほどなく田舎に帰られたられたようでしたので、中学以来、一生、会わずじまいです。
今、この年になって思えば、先生はとても巧まずして演出していることが判ります。言葉を選んで使っていました。
受験のことなど話題にしていうことは全くなく、入試という単語は生徒に言ったことがない。入試にでるからおぼえとけ、みたいなことは言わないで、「いいか忘れるな、おおもとだからな。先に行って困るぞ」っていう具合。
先生は静かでもなく、うるさくもなく、ちょうどよい普通の話し方でした。本気で怒っていたのは3年間で2-3回、漫画の本を中学生同士で投げ合っていて、わずかに残っていた障子をさらに破いたときに、「おまえら、何考えてんだ!」とかなりの剣幕でした。 「そんなんじゃ、おまいらなんかな、社会出て通用しないぞ」(確かにそういう意味のこと、言っていました。)っていってから、最後にはニヤって、白髪でハンサムな顔でわらって、生徒の方は「今の最後の笑いはどういうこと?おこっていたんだよね?」と生徒は顔を見合わせました。学校の先生とは違う隙だらけに見せた大人っぽいキャラでした。寺子屋はこういう人がいてこそ、真っ当に成立するような気がします。怒られても、全然、皆聞く耳持っていませんでした。
わたしは【2136965】 投稿者: 福の神 さんの書き込みは納得感ありです。「底上げ必要」って部分とても良い論点って考えます。・・・いま社会は、何によらず強いイニシアティブそのものを否定する皮膚感覚、これが強烈なようです。
老眼さん
すごく残念です。
今まで老眼さんの書かれていたことに弛緩して
耳を澄ませていなかった自分に反省します。
(私立中学の価値3月11日以前)
私自身影響をもっとも受けているのは
聖書です。
政治家でも、東電の方々でも
私立中学、高校でクリスチャンの学校を出られている方も
多いですよね。
宗教というのは、とらえかたによっては非常にバランスの
悪いものになっているんですね。
バランスを取るために主人は、神などまったく信じていない
無神論者です。
老眼さんへ、
戦後から今に至るまで、官僚が国の方針作成を主導し、会社員は企業に埋没して滅私奉公するという集団主義が、日本を動かしてきました。今、戦後から続いていた成長が、バブル崩壊とその後のグローバル化により停滞し、世界経済の構造が変わっているのに、日本の経済構造や制度は大して変わらず、むしろ製造業が輸出を増やすという戦後の体制が強化されています。そういう点で、戦後から社会構造に変化の大潮流は生じていない、というのが大方の見方ではないのでしょうか。
変化の大潮流は、現在の社会構造に抵抗して、多くの者が新しい共通の価値観を目指して同じベクトルで力を合わせて対抗することで生じるのでしょう。大局的には、流れを変える強手を打ちたいところです。
自分で今出来ることをする、という点では、一サラリーマンの私は微力でしか有りません。会社では、低炭素エネルギー、CO2分離地下貯蔵等もテーマにして、私自身、その一部に関わっていますが、仕事の大前提はエネルギー消費ニーズへの対応であり、少々釈然としないものを感じます。会社では、自分に与えられた裁量範囲で年度のテーマを決められるので、今、思案の最中です。
個人的には、以前も述べましたエネルギー縮小社会への適応が念頭にあります。
【引用:老眼さん投稿から】
問題は、待ちなのか/攻めなのか というところだとわたしは思いますが、いかがでしょうか。期待するようには潮流というものは生じないことを歴史が示しているとすれば、待つのではなく攻めるのが、今の局面であるように感じます。
その攻めの一手を、孫さんが打ち始めた、ということではないでしょうか。




































