女子美の中高大連携授業
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
英語力とアメリカの大学について最近読んだ本の紹介を。
「私が「白熱教室」で学んだこと」 石角友愛著 阪急コミュニケーションズ
著者は16歳で御茶ノ水付属中退。アメリカのボーディングスクールからリベラル・アーツカレッジを経て日本で起業。3年後米国に戻りハーバード・ビジネススクールを経てグーグルに入社。
帰国子女ではなく日本の英語教育で渡米しあちらでディスカッション中心の授業を受ける奮闘振りが描かれます。
一読しての感想は?
1.うん、大したものだ。
2.勉強漬けの生活に耐えられる強い体力の持ち主。
3.上昇志向を維持できる元は何だろう?
4.ここまでやれば英語力は身につく。
・・・・・だけど日本で就職すると余りに積極的過ぎて上司に煙たがられそう・・・・・やっぱり日本社会は能力を目いっぱいひけらかす人は敬遠されそう。
でも・・・・・これからの日本の若者は彼女ぐらいのガッツがないといけないよな・・・とは思います。
ビジネス・スクール卒業直前に出産し卒業式に赤ん坊を抱いていたなんて・・・・・・多くの女性に勇気を与えるでしょう。
興味のある方はご一読を。
適性様
そこです、そこです♪
アメリカ人って本当に「差別」に敏感なんですよ。
ですので、白人だけが集まってる場所で話している会話は、私には「わからない」のです。
たぶん、壁に耳当てないと、わからないと思います。
それ位、差別はいけない。と本気で思ってる人達の言動というものは慎重なんです。
私はやや彼等と近い外見ですが、やはり肌の色が黄色い。
ぱっとみたらやっぱり「オリエンタルと、他人種の??」なんですね。
で、英語の発音が、バリバリ「日本人の英語」なんで、皆「ああ、この人はアメリカ人じゃないのね」って、もう一段階優しくしてくれる。
って感じでした。
もちろんね、、時々ムカッとする事を言われる事もありました。
仕事でごたついた時なんか。。。
でも、そう言った事を言うのは、いつも同じ人。
言わない人は、絶対に言わない。
言う人は、いつも誰にでも言っていた。
そんな感じでしたね。
英語の雑談続きです。個人的な感想をちょっと書きます。
みなさんと同じ感覚かは興味があるところなのですが。。
「大学入試までの英語能力でいい」のならば、早い時期から、「単語」「単語」ということもありだと思いますし、それはひとつの早道だと思
います。しかし、・・ここ大事ですが、地域、時代さんが、いみじくも引用されたような、まわわたしも書いたような英語の学びスコープの下で、子供の英語能力の伸びを考えつなら、違うアプローチもあると思います。さらに、わたしがもう一点追加した、国語の言語能力とのバランスまで、視野にいれて、英語学習の作り込みをするのであるならば、考えようが大いにでます。
リスニングを幼児期に、「遊び」やら、「幼児教育」なにやらで、言葉としてから入る部分も手厚くして、しかも、レベルアップする。
(なお、わたしは公文の英語の教材のできについては肯定的に評価しています。)
適当な段階からレベルをあげて、中学からは、文法・精密な読解を根幹にする。多読についてはそれぞれの能力次第なので、プラスα。適当な段階で多量の読書にも注力する。最後に英語の作文にもっていき丁寧に添削をうけること等は、一例ですが、一見遠回りですが、かなり汎用的なアプローチの可能性ではないかな、と今は、考えています。マスプロ教育で今難しさが出てくるのは、スピードをアップする仕方が、生徒の受容性がまちまちで、実は大変難しい、その点が課題と理解しています。
さて、話を戻して、多分、リスニング部分は、小学校からやるとリスニング、スピーキング、速読にとても良いし、その分、別のマイナス面があるところをうまく、耐えて、「時間を惜しむ」英語学習担っていくのではないか、と思っています。・・ただ、今の公立の小学校で時間割いてやる必要があるか、はもともと要議論ではあるとは思います。小学校の英語を既にかなり注力してやると決めた自治体では、それを前提にすることが明らかに現実解。とはいえ、場合には、小学校の英語は先取りしている家庭にはかえって物足りない面がアルでしょうし、調整も入ります。これからの子育ての悩みどころかも。
地域、時代さん、適性さん、
わたしもアメリカ人は、波風立てない、ゲームプレーヤーかをとても大事にしますよね。できるひとは観察眼もある。
ドイツ人とは、そもそもかなりかなり違います。
ただ、余り歌人の優秀な人も、日本人的な意味で「場」を微妙に読むことなどはせずに、もっと、ストレートにロジックと立ち位置を明らかにしながら、簡単化して、理解しようとしていきます。そこでは現実的なプレーンな分析が入ってきて、善悪とか、感情論を全面にだす日本の議論ととてもことなる。まさに、「コロンビア白熱教育のシリーズの「選択」の仕方のイメージ。
日本人が、相手にされなくないひとつのシーンは、この大きなロジック、およびそれらからなるストーリーを読みそこなうことが多くて、しかも、彼らの「お作法」で感情が入らないと思うところに、「感情」を入れるから仲間にはいれないからだと思っています。 例:はやぶさの帰還 「引力に惹かれ合っている みたいな、彼らにとっては”おかしな”感情表現」 嫌いだからというより、いちいちやりにくいのだと思っています。かれらは基本的に日本人は嫌いではないですから。
30代のころ、彼らの優秀なアメリカ人の英語の文章の添削を受けると、真っ赤にされましたが、そういう部分の丁寧な指摘を感じました。
(逆に、今、若い世代から方の、頻繁にくる英語の添削依頼に対しては、ロジックの指摘とともに、その表現の平明さ、クリアさの程度問題なども、”真っ赤に”指摘させていただいていますけど。)
<適性さんWrote>
わたしも、あれ・・これは、地域、時代さんが言ってたな・・と。
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日本より、むしろ「周囲の人間と良好な関係を保ちたい」という気持ちは、アメリカ人のほうが強いと出たんです。
アメリカ人は「個人主義的」だと言われますね。なのに、実験結果では「協力関係」を大切にしている。それは「自分の利益を最大化するために」こそ、周囲と良い関係を築かなければと‥‥。
日本人はいつも「まわりの人から悪く思われないように」と気にしていて、そのように行動する。
それに対してアメリカ人は、自分の思いどおりにまわりの人の考えや行動を変えさせるために、
自分の意見や行動に対する他人の反応を観察しているんです。
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というとこですかね・・・
アメリカ人はゲームプレーヤー 日本人は「非ゲームプレイヤー」になりやすい。
そこは、改善の余地はありますね。
こういう情報は、改善の「ヒント」になるでしょうし。
動機の持たせ方は、ある意味で、「興味の石」の置き方だと思うのです。
ここの専門的なことを、面白く過ごすことは、例えば、用字狂気などでは、充実していることですね。
それで親は、多くの子供を稽古づけに通わせる。かならずしも悪い意味でいっているのではなく。(*)
こどもは結構楽しい!と思うと考えます。むしろ、止めさせることが大変で、普通は考えられていません。
良くある例は、味見したお稽古を、そろそろ止めさせようとしたら、「こどもが止めたい」と言わないのです・・と。
・・ここ大事です。・・・わたしもリアルな子育てで経験いたしました。
「興味の石」を順番において、前の石を取り去り、飛び石伝いお探検を自分でしてくれることを”期待”したいなら、
取り去るよ、と子供に言わないとだんだん、新しいものにも興味がもてなくなる。
逆に、こどもに末長く愉しんで貰って良いと親の責任で判断して、あるいは考えているモノは、「良い置き石」をしっかり置く。
最初の動機は、本当は小さい頃からの継続なら、苦労はなかったのでは?というのが意見です。
ゲーム機、テレビ、携帯電話、ファッションへの興味、ネット、などなどおよそ、子供を「お客様」にするビジネスにどっぷり浸けておいて、
次は勉強、とやっても、新しいことはいや、となります。
与えることは何かの選択、そして、与えないことは何かの選択、これが、動機づけを考えるときにも、関わって大事と思います。
うちでは、こどもにTVのチャンネル権は一切無く、こどもはテレビを見ず、ネットも携帯では契約していません。
これでも情報氾濫の時代では足りないくらいだと感じてます。これで、かれの興味を持てるモノが逆に広がったと思ってはいます。
ちょっとばかり強い意見を書きましたが、
みなさんは、どう考えられますか?
(*)ただこれは悪いことではなく、コシノ3姉妹のかたもお稽古ずけだったそうですが、それも肥やしにされていますよね。
量的さん
> さて、話を戻して、多分、リスニング部分は、小学校からやるとリスニング、スピーキング、速読にとても良いし
> その分、別のマイナス面があるところをうまく、耐えて、「時間を惜しむ」英語学習担っていくのではないか、
> と思っています。・・ただ、今の公立の小学校で時間割いてやる必要があるか、はもともと要議論ではあるとは思います。
> 小学校の英語を既にかなり注力してやると決めた自治体では、それを前提にすることが明らかに現実解。とはいえ、
> 場合には、小学校の英語は先取りしている家庭にはかえって物足りない面がアルでしょうし、調整も入ります。
> これからの子育ての悩みどころかも。
この部分の良い解決策がなかなか見当たらないのです。ですから杉並区立和田中の方式を小学校にも適用できないのかな?
と思うわけです。
ある程度、小学校と保護者が一体となれば、たとえ選択制の有料であっても立派な体制ができるのではないかと期待して
いるのですが。
この部分の良い解決策がなかなか見当たらないのです。ですから杉並区立和田中の方式を小学校にも適用できないのかな?
と思うわけです。
ある程度、小学校と保護者が一体となれば、たとえ選択制の有料であっても立派な体制ができるのではないかと期待して
いるのですが。
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公立一貫様
この案も大変有効かと思います。
うちの子の学校にもネイティブの先生を読んでの授業があったのですね。
白人の先生も、黒人の先生も、オリエンタル系の先生も、色んな先生が来て下さって。
でも、2週間に一回程度だったのです。
どうせやるなら、週に3コマ位は最低でも必要なんじゃないかな、、って私は思っていました。
でも、この場合でも、外人さんに慣れるという意味ではすごく良いと思うんですが、やはり、それだけのような気がするのですよ。
ですので、公立一貫様のおっしゃる和田中学方式で、、というのは、非常に良いと思います。
やはり、言葉ですので、常に話す、聞く環境が大切で、言葉に接する時間は長い方が良いですものね。




































