在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
シルバーストーンさん、
次回、神戸に宿泊したいと思っております。ありがとうございます。
↑
量的様
『鍋』っすね(笑)
冗談はさておき。
コロンビア、見終わった後、よろしくお願いいたします<(_ _)>
量的様
長らく保留させていただいていたP10 【2445569】 に対するレスです。
あまりに亀でごめんなさい。
>最後にアメリカの先進教育の件、放送大学の「才能と教育」
>(2010年制作)を見てみると、「早秋」と「深耕」のうち、
>アメリカの早習は、移行期間無くそのままの進度で放り込んでいる
>ようです。で、うまくいかないケースもあるようですね。
これ、探したのですが、ネット上ではレジュメしか見つけられなくて…。
ピントはずれの、ただの関連だらだらレスになりますが、お許しください。
優れた才能は社会的資産である、という考え方を私は支持しています。
そしてそう考えるならば、「能力に応じた教育」をできるだけ早くから
公立の学校でも行うのが理想ということになります。
うちにはペーパー難関校に分類される
高校まではエスカレーターで上がれる私立小に通う子供と、
中学受験率がかなり高い部類の公立小に通う子供がいます。
ウチの子の場合に関して、それぞれのメリットデメリットを関連する所だけいえば、
■私学の子
○学校の勉強が楽しい
○学校生活も楽しい
○授業や宿題のレベルが高い
●学年に抜けて出来る子がいない(ダンゴ状態)
●公立小に行けば抜けていただろうに、自分が出来る子という自意識が皆無。
(まあまあ出来るほうかも?くらいのイメージ)
■公立の子
○とりあえずお山の大将的経験ができる(塾に行けば砕かれるのだけど)
○良くも悪くも、やたらと親の手を必要とする自宅学習は皆無
●学校の授業はつまらない、時間の無駄(と、最近自らいいだした)
はっきりいって、一定以上の学力の子供しかいない私学の子供の学校と、
さまさまな子供が集まる公立では、当たり前といえば当たり前なのですが、
授業のレベルも質も、まったく違うんです。私学のほうが数倍いい。
中学も同様ですよね。
公立は……です。
公立も公立ならではの魅力のある学校にするべきで、
アメリカなんかはそのへんがすすんでるんですよね。
というのもあって、先のレスでアメリカの話をしたと思うんですが、
アメリカの事例は、日本へ持ってくるにはつらい部分もありそう。
アメリカの公立小中は、州内あるいは市内でのランキングがほぼ明確なんですよね…。
なので知人のアメリカ人たちは、必ずしも私学にこだわりません。
公立だからといっても内容は画一的ではなく、ランキングが明確にある。
なので皆、学校ありきで家を構えます。
自ずとそれなりの住宅地になり、それなりの子供しか通っていない。
皆が教育熱心なので、両循環に。といった感じでしょうか。
でも参考にしたいものはありそうです。
http://benesse.jp/berd/center/open/berd/backnumber/2005_01/rep_iwanaga_02.html
日本でも、中間層以上を対象に、このへんができれば魅力ですね。
お勉強が苦手な層に関しては、中学卒業時までに特性を見極め、
生きていく力を育む方向にもっていけたら理想。
下手に大学なんていっても、これからの時代は厳しい。時間の無駄なわけで。
極論を言えば、iPadやiPhoneを使いこなせれば、
あとはなれるものなら職人さん系スペシャリストにでもなったほうが、
世の中で重用されます。
昔の商業高校とか工業高校とか(準)看護学校とか、
とっても意味があったと思います。
時代の変化に取り残さたというか、イメージングに失敗しただけ。もったいない。
さらにだらだら続けます。ごめんなさい。
----------遺伝 wrote--------------
知り合いのアメリカ人の女の子の話なのですが、小学校4年だか五年だかのときに、 算数のギフテッドクラスに誘われたそうです。
でもいかなかったと。なんでと聞いたら、 毎日が宿題ばかりになるからと。。。。 普通クラスの子にはゆるいアメリカですが、 一旦選抜クラスのようなものに入ると、 徹底的に鍛えられるよう。もちろん公立の話です。 ひとりひとり個性があって当然と考える国だから、
あたり前に成り立つシステムなのでしょう。
-----------------------------------------------
ちなみにこの子は、日本の感覚でいえば、中の上な感じの家です。
(アメリカでは上の下くらい?? そのへんの微妙な感じはわかりません)
母親が教育熱心で、全米でも屈指と思われる公立がそろう
地区に家を構えています。
が、この家は、普通にやっていれば学部によってはTOP5以内、
トータルではTOP10~15にランキングされるの某大学へ入れるのと、
息子ではなく娘のため、ゆるゆるの父親の判断で、
大変だから、、程度の理由でギフテッドクラスには
いかないでいい、ということにしたそう。
大学にツテのない家であれば、誘われればまず参加したと思われます。
ごめんなさい。上の投稿の修正です。
誤)
昔の商業高校とか工業高校とか(準)看護学校とか、
とっても意味があったと思います。
時代の変化に取り残さたというか、イメージングに失敗しただけ。もったいない。
正)
昔の商業高校とか工業高校とか(準)看護学校とか、
とっても意味があったと思います。
時代の変化に取り残さ、イメージングにも失敗していますよね。
焼直せばいいのに。もったいない。
地域、時代さん
何分大きい寮で、全体で小さい小学校一校分くらいの人数がいるのですよ。
テレビでは一寸厳しいだけみたいな感じでしたけど、最初の一か月だけ入寮
の「儀式」シーズンでいろいろ教え込まれるため大変ですが、それ以降は楽
しくて仕方無いようです。
余りに遺伝さんの投稿が、私の考えにぴったりの投稿でしたので・・・
> 優れた才能は社会的資産である、という考え方を私は支持しています。
> そしてそう考えるならば、「能力に応じた教育」をできるだけ早くから
> 公立の学校でも行うのが理想ということになります。
「公立」というところに意味があるのだと思います、しかし現状は・・・
> はっきりいって、一定以上の学力の子供しかいない私学の子供の学校と、
> さまさまな子供が集まる公立では、当たり前といえば当たり前なのですが、
> 授業のレベルも質も、まったく違うんです。私学のほうが数倍いい。
> 中学も同様ですよね。
> 公立は……です。
多様性が公立の方が多いからこその対応の仕方があると思うのです。
進度別クラス編成などは今後当然とする社会的コンセンサスが必要でしょう。
でもここがネックになっているような気がします、保護者全体としての考えでは
進度別クラス編成が必ずしも支持されているとも思えない。
となると、私学選択になるのか・・・
> 昔の商業高校とか工業高校とか(準)看護学校とか、
> とっても意味があったと思います。
> 時代の変化に取り残さ、イメージングにも失敗していますよね。
> 焼直せばいいのに。もったいない。
本当にそう思います、今後の日本を担っていく層の進路の多様化は必然でしょう。
彼らが手に職をつけて、全世界に生活の場を求めるようなイメージがあります。
極論すれば、今後大卒も含めて、国内だけに就職の場を求めるのは困難な状況なので
しょう。
世界に輸出するのは工業製品ではなく、優れた職人という事かも知れません。
遺伝様、ちぎれちぎれの引用になって失礼しました、もし、真意とずれているような切抜き
だったとしたら謝ります。
遺伝さん、
【2445569】へのレス、遺伝さん忘れていないかな、と実は思っておりました。(笑)
覚えていて頂いてとても嬉しいデス。内容の濃いものをありがとうございます。
さて、わたしが【2445569】で注目をしていたのは、日本における公立中学のありようと私立中学への接続を考えたときの公立小学校のありようです。その部分、ギフテッドをピックアップしない日本の公立教育と、公立教育の普段の教育活動の中から教師がセレクションをしている(らしい)米国の事情に興味があったからでした。アメリカの状況は、知らないことが多かったので、参考になります。
日本では、公立6年間は横並び意識の強い保護者と教員(あるいは教員組合含む)の影響か、評価で児童達を区別しないというのが今の流れなので、、小学校とは独立に、中学受験というモノサシで、セレクションが過激に進行しているのが日本の大都市。
本来は、小学校で、保護者&教員がよくわかるように評価が出来、中学校へ申し送りして一人一人の個性でできれば良く、今、現在では生活指導面などでは、情報が申し送られて活かされていると思いますが、こと、細かい学習面では、民間の評価のモノサシが独壇場になっていますね。
今は、国・自治体の教育行政は、大都市圏においては、私立を”目の敵”にしていません。この私立学校の提供する教育内容の一部を基本的に公教育を提供するものであると受け容れて、教育システムを構築しています。ですので、わたしは、それを前提に親子がそれぞれに工夫を重ねるというのが、時代に取り残されない現実的な対応だと思います。(*)
そうそう、遺伝さんがしばらく登場されない時に、コロンビア白熱教室の「選択」の議論をしていました。これはいくつかある白熱教育シリーズの中で、日本人に役だつホームランの5回シリーズだと思っています。・・アイエンガー教授が語ったように、アメリカ人は4歳でも、自立が求められて「選択」をしていますが、日本人は「選択」を突きつけられて生きていないので、この切り口から考えることは意識的にあまりありません。(うちの高校生のこどもはそれを感想で言っていました。)
この自律・自立の意識の問題をどこかで、日本の教育の中にキーワードで第一段階として入れて、その上で、始めてギフテッドのセレクションなども実質的に考慮に入れないと、根本的な横並びの意識・ムードがある意味で日本の現場の”現実”そのものなので、実務アプローチとしては、難しい。というのも、保護者全体、組合など含む現場の支持も得られにくく、反発も予想され、結局混乱することが予想される。したがって、成立しにくいもの教育改革のアプローチと考えます。・・いかがでしょうか。
(*)
勿論、”時代に取り残されない”とは、「私学万歳」的な論理をいうつもりは毛頭無く、それぞれの事情で選んだ、公立・私立の双方の中学・高校の選択肢を最大限活かせるように、生徒の特性を生徒目線と親の目線で考えて、家庭のフォローを考えるという流れであるべきと考えます。
<遺伝さん>
長らく保留させていただいていたP10 【2445569】 に対するレスです。
あまりに亀でごめんなさい。
適性さん、
わたしは、コロンビア白熱教室の「選択」の話にも通じる話題と理解しています。
生きるためには、より良い「選択」が鍵→良い「選択」には、自分が、違いが分かる人間(キュレーター、コノショア)であることが必要 → 違いが分かるためには、微妙とも思われる単語の差異、文章の差異を読み解く読解の力があることが現代社会では特に必要(→ただし十分条件ではない)→そのためのテクニックがある。対象を絞ること、腰ダメで「選択」せず、論理的に日々考えて、それにより直感力を磨き、直感と理性を融合して生きられるようにする、というのが、5回の要約だと思いますが、
これを先ほど遺伝さんにもレスした時に書かせていただいたように、ひとつ、日本の教育システムの中で、取り入れる。特に小学校から中学校で、組み入れたらとしたら、それが適切なアプローチなのではないかな、と今は考えています。根幹にも関わる大事な部分なので、実現性、実効性ふくめて、時間かけて考えて見たいアイディアです。
新刊出たの知りませんでした。早速買って読みます。
>「三月のライオン」新刊でました
<遺伝さんWrote >
■量的さん
「三月のライオン」 新刊でましたので、読みましたー。
腹の据わった、学年主任が・・・・ 「自分の行為の意味を、自覚できない」生徒に・・・・手を焼き・・・ぼやきます。
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「教育」か・・
教育とは、うまいこと言ったもんだよ・・
「教える」に、「育てる」か・・
「育」の字がなけりゃ
とっくに、放り出してるぜ
こんなこと。
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「教える」は、教えればいい・・ 「育てる」は・・あるイメージに・・育てようとするわけです。
あるイメージは、いろいろでしょうが・・基本は、社会性なんでしょう。
育てるには・・場合によっては、ある種の、「強制力」というカードも必要な場合がありますね。
毅然として、壁になる覚悟。




































