女子美の中高大連携授業
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
どこからレスつけていいか判らなくなってしまったので、逆走で気のついた所からですみませんが・・・
★動機さん
お嬢さん、旅行から無事に帰られたんですね!
イカナゴの釘煮はどうですか?
実家の母が昨年から歳をとったのか、もうしんどいから作るのやめた・・・といって送ってくれなくなりました(泣)
私の住む大阪南部では、生のイカナゴが手に入りにくく自分で作ることが困難なのでとても残念です。
粗目たっぷりと醤油の甘辛い味にしょうがの風味が混ざったあの独特の香りが、家中に漂っていた頃が懐かしく思い出されます。
>「お前は小説なんて書かないで東大行って一流企業に入ってくれ」という茶川の叫びは今も昔も変わらないですね。安定と保障を求める親心とそれに反発する若者。 そうやって親に勘当されながらも小説書き続けようと決心するぐらいでなければ芸術家はものにならないでしょう。
今活躍している若い作家達は、結構したたかに作家人生を歩み始めている気がします。
高学歴のベストセラー作家も多いですよね。
学歴を重ね、社会的地位(とりあえず一流企業などに就職)も得つつ、作家としてどうしても勝負したいと思ったら、小説に専念する年数を設定して(○年で賞を獲れなかったらすっぱりやめるとか)、堅気に戻れる道を残しているような方が結構います。
これも時代かな?なんて思います。
★地域、時代さん
162ページの【2488105】【2488125】について・・・
もの凄く幼稚な例えですが、子供の制服なんていうのがそれをよく現していると思うんですよね。
子ども達はあからさまに個性を出すことが良いと思いがちで、制服をキチンと正しく着こなす事は個性が埋没されると思っているんですが、実はそうじゃない。
同じ格好をしていても、個性は出る。
て言うか、同じ格好だからこそ個性がにじみ出るんです。
芸術面でも一緒。
美術系の学校の実技課題は、みんな同じものを基本技法をもとに仕上げますが、仕上がったものは絶対にどれも個性があって同じものなんてひとつもない。
一本の線のきちんと引くことができる技術を身に付けることが、どれほど個性を生み出す原点になっているかは、絵を描き始めの頃には判らなかった事でした。
ピアノなどの芸術面でも同じことではないかな?
>黄金比率・・・
前にどこかの板で、美人と思う有名人を語るスレがあったのですが、あれを読んでいて黄金比率をちょっと崩したほうが「美人」だと認識される気がしました。
どのぶぶんがちょっと崩れているかが、その人を綺麗と思う人が好む好まないの違いで、ファンが分かれるんです。
あるひとはAさんを美人だと思うけど、別の人はBさんを美人だと思う。
で、Aさんを好きな人はCさんも美人だと言うけど、Bさんを好きな人はCさんはあまり美人だと言わずDさんが美人だと言う。
良く見るとAとCは黄金比率に比べて目が大きい、BとDは黄金比率と重ねると鼻が高い・・・
でも(ここが肝心)ABCDを好きな人たちに黄金比率の美女を見せて美人かどうか聞いたら、なんとも思わないって言うんですよね。
印象に残らないんだと思います。
面白いですよね。
こういう見る側の好き嫌いもまた、「個性」なんですけどね。
★適性さん
>「二階堂君」は、
>>時々、私は二階堂君に自己投影してます(精神面で)
>と、ポートーキーさんが自己投影するらしいですが・・・どこらへんがそうなのか・・まったく謎です。(笑)
スルーしてくれたのかと思ったら、こんなところで拾ってくれましたか(笑)
謎ですよね?謎のままでいいです~。
若いときの私にちょっと精神面で似てるんです。
才能のある身近な友人にライバル視して必死なんだけど、なんていうか全然見えてないって言うか・・・
周りの愛に支えられているとかそういうのを真正面から受け止められてない感じのところとか・・・。
結婚して私はずいぶん変わりましたけど。
★地域、時代さん
>「ピンクのレシートは、必ず、持って帰って来てね!!」って言われてたりして。。。(笑)
大うけです(爆)
★面白い考え方ですねさん
>(1) 嫌いなものを食べること
>(2) 嫌いなことをやること
>(3) 嫌いな人と付き合うこと
なるほで・・・です。
それでは、私は「好きなものを食べて、好きなことをやって、好きな人としか付き合わない」生活をしたから、こんなに太って陽気なおばちゃんになってしまったのでしょうか???
我が身を振り返ると、多少の試練はとても重要に感じます・・・反省。
保育所の待機児童問題、深刻ですね・・・。
認可保育所を増やしたくても、なかなか難しいんですよね。
保育所って公私あるんですけど、私立も公立とほぼ同じような保育が受けられるのは、国が定める基準をクリアしていると認可されて、自治体からお金が下りているからなんですよね。
そのイメージがあるからかもしれないけど、もし私立学校で助成金もらわない学校があったら、その学校の教育内容に非常に不安に感じる人がいるんじゃないかな?
助成金がもらえる学校と言うのは、なんというか基準を満たしているとお墨付きをもらっている感じがします。
この辺の感覚は、もう日本的としかいいようがないけど・・・。
友人が保育所で困っているのを聞いて、ふと感じた事です。
■ポートキーさん
>スルーしてくれたのかと思ったら、こんなところで拾ってくれましたか(笑)
>謎ですよね?謎のままでいいです~。
ひろっちゃいました(笑)なかなか、興味深いですね。
>結婚して私はずいぶん変わりましたけど。
そうですか~。
それから、量的さんには、感謝ですね。
■量的さん
①現実を良く見る
②「私学助成金などけしからん、ありえない助成だ」・・と執拗に繰り返すことに直面していた。
③・・予定通り、平行線になって(見かけ上)議論は終わった。
解説ありがとうございます。①②③・・その通りです。異論ありません。
>わたしが、わたしには犬も食わない(=何の価値もない)と思っていた「私学助成金
>の議論」に、最後の最後に参戦したのは、「適性さん、動機さんはじめ、『ゼロ』ス
>レに参加の方々の、心の平和のため」です。
その点は、ほんとうに感謝しています。
「そこ(=何の価値もない)」に労力をつかわせてしまったことは、申し訳なく思っていました。ただ、あそこまで、もって行けたのは、量的さんだったからです。
結果的に「ゼロ」という形になり、「ほんとうに」よかったと思っています。
「イオン」エンジンをあと2つほどサービスさせていただきます(笑)
>具体的には、観念論、すなわち、べき論として議論すべき、と言い出したので、
>必要ない、と、そこで止めたのです。
私も、そこで「十分」だと思いました。つまり「現実的な話ではない」と認めれば「終了」です。
単純な話・・現実的でない話なのに、それを現実に「押し付ける行為」は「おかしい」ですからね。
補足させてもらいますと・・・
■前提は■
私達は「現実」に今の状況で、自分の子供を含め、子供の教育を、問題にしているわけです。(理想を排除しているわけではありませんが、あの話は、生産性はない話でした。)
■観念論、べき論■
別に・・「観念論」や、「べき論」が悪いわけでもなく・・
私学助成の、違憲論を、どっかで主張しても、かまわないですよ。
そういう、経緯で、そういう「可能性」があったのだな。と「理解」する。
「理解」すれば、それを、「個人的な判断材料」にすればいい。それで、終わり。
でも・・・終わらない・・
『問題』は・・自分が「気に入らない」「嫌い」という感情がある属性があり、その属性「攻撃」の「免罪符」として、「観念論 べき論」を・・利用したことです。
もし、それが可能であるなら・・
違憲、合憲の争いがあった場合、その争いに、終止符が打たれるまで(打たれませんが)「攻撃」は続けられるということです。
例えば・・
●助成を貰うなら・・「絶対?に違憲でない」と言えるのか?説明しろ。
●そんなことも、自分で、主張できずに、貰ってるのか?
●「私」はないのか?哲学はないのか?
とかね。
■合憲、違憲を主張?■
合憲か違憲か?・・これ、基本的には、現在も対立する説が「ある」のだから、「一般人」が「絶対に合憲」とか、自信をもって、主張できるものでもないでしょう。
これは、逆もしかりで、一般論としては「絶対に違憲」であるということも「現在、合憲になっている」以上は「確定的」には「いえない」ものです。
もう少し、丁寧に言うなら、「個人」としては「絶対に違憲」「絶対に合憲」と言うことは「可能」だが、それを、相手に『押し付ける』ことは「現実的」ではなく、とても問題がある。ということです。
■意見の主張と、『押し付ける』の違い■
『押し付ける』とは・・自分の意見を主張、表明するだけでなく。
自分の意見と「反対の意見」または、それを「受け入れない」場合には、「勉強が足りない、センスがない、分かってない、こっちが正しい、反省を期待します、失礼だ、言論封鎖だ」などなどと・・とにかく「否定」し続ける。
「合憲と思って」貰い続ける人間や、私学は「けしからん」「論外」と「攻撃」を続けることでしょうね。
まるで、皆、俺の意見を受け入れる「べき」だ・・・それが「当然」?。
『神の視点』??(基本、自分は優れていて、相手は劣っている前提??)
量的さんのコメントでは
*****************************************
なぜならば、法改正の論議があることを、「私学助成金」がけしからんと断定する議論に、結びつけることは、一主張があることの例示に過ぎず、無理があるから。(=具体的には”要議論”ですね、でも誰も取り合わないでしょ、ここまで明確に位置づけ、支持者もいる状況なら。ということで十分と整理)
*****************************************
ということです。ほんとに「けしからんと『断定』する議論に結びつけることは」無理がある。本人も、そんなことは、「分かってる」のですけど。
(つづく)
■それは、イヤガラセ??■
では・・いったい、「なに」がしたいのか?。
言っていることは・・
■自分は、私学助成は「違憲」だと確信しているから、私学助成廃止を、支持している。
これだけなら・・勝手にどうぞ・・だが・・
■だから・・私学助成廃止を、あんたの「耳元」で、「叫び続ける」権利がある。
というの感じ・・・。上で書いたように、「押し付け」は無理があるのに・・。
「反論」は「押し付け」で潰す。
■止めたいなら、「合憲」であることを確定的に証明しな・・・できないだろ?
だそうだ・・それは「イヤガラセ」?。
■意見の主張方法は、自由でしょ?■
では、これはどうですか? 違憲と言えば、自衛隊ですね。
『自衛隊員』に向かって・・
「自衛隊は、違憲だ! 金返せ、おら。」
「憲法変えてから、金貰え」
「俺は認めんぞ、税金で食ってるくせに」
「戦闘機買わずに、その金を、弱者に回せ」
「自衛隊の合憲性を説明してみろ」
「国家とはなにかわかってんのか?」
と「叫び」続ける人・・皆さん、どう思います?。
たしかに、そういう人も、いるかもしれませんが・・自衛隊が嫌いなんでしょう
さらに、自衛隊員を「傷つけたい」という気持ちがあるのでしょう。
多くの人は・・
「それは、自衛隊員に、向けて言っても・・・」と思うでしょう。
「イヤガラセか?」と思うでしょ。「国会に行け」と思うでしょ。
でも・・「私学助成金の主張方法」は・・これと、いったい、どこが違いますか?
まったく、同じでしょ。
「現実」と距離のある、結びつけることが困難な、個人的な「観念論」を・・直接「責任のない人」への「現実」の攻撃に使っているわけです。
不思議なことに「ここ(攻撃)だけ」が「現実(リアル)」です。
「現実」の問題として「私学助成を貰うな」「憲法変えてから、金貰え」とある意味「脅迫的に迫る」ということです。
その「権利」は、自分には「ある」ということです。
それこそが、「自由」だということらしいです。
それを批判することは、「言論封鎖」ということにするようです。
こういう「議論方法」というより「攻撃方法」を「評価する人」の多くは、自分も、その対象を攻撃したい人の可能性が高いでしょう。実際そうみたいですし。
こんな「攻撃」を、「民主主義の言論の自由」と、言うのか~そうか~自由ってなんだ~??
私たちは「議論」から「飛び出た、攻撃部分」を問題にしてるのですからね。
とても「迷惑」なんですよ。「そういう方法」を「意図的」に、とる人が・・・
だから、距離を置くのですよ。不毛なので・・ね。
■おまけ■
それから・・
■自分は、私学助成は「違憲」だと確信しているから、私学助成廃止を、支持している。
私は、これぐらいなら・・「あっそ。」でしたが。
それ以外にも、公的助成をしてはいけない『理由』が「様々」あるわけですが・・・
それが、酷いもんで・・・個人的欲望とか・・・
>とにかく、オレが医者になれたらいい・・そんな人間に公的助成が必要でしょうか?
と、「勝手に断定」した『内心』を公金助成が不可である「理由」の「一つ」にしたことで・・・こりゃ「ダメ」だと判断しまた。これは「攻撃」が目的ですね。
私学助成の「条件」に、「個人の内心」があるなら、教えて欲しいけど。ないでしょ。
量的さん、お帰りなさい。
よし!
スペースアドベンチャー大作の御礼に餃子を奢りましょう!
前スレでの不毛な議論の慰労にラーメンもつけちゃう!
地域、時代さんにも餃子、ご馳走しますよ。
ピンクのレシートと引き替えに。
(餃子のほうが安いがな…)




































