在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
■ハリーポッターさん
これは、これは、お久しぶりです。
>「教養」とは…
>「愛とともにあれば、道しるべとなり、灯りとなって、人生の価値を生み出すもの」
>「愛が伴わなければ、ときに壁となり、足かせともなって、道を阻むもの」
愛ですか・・・
愛が伴わなければ・・・仏作って魂入れず と同じ?で、形だけで、価値がないもの。どころか。害にさえなる。・・ということでしょうかね。
取り扱い注意ですね~。
■企業人さん
>本筋となにも関係ないところに反応して申し訳ないが。
企業人さんの、本筋以外の話は、個人的には、面白くて、好きです。
さて・
企業人さんは、お題に「答えてない」のに・・・
「教養」を感じさせるのは・・・ずるいですね~(笑)
本人は、そんなこと思ってないでしょうけど。
気が向いたら書いてくださいね。教養とは・・
■みなさん
私は、この『教養とは?企画』で・・ある程度、時間が必要と思い・・
>私は、最近「これいいな。」と思ったものは、月末?あたりで書きますので・・
>それまでに、よろしくお願いします。
と書きましたが。。。
皆様に、さっそく、反応していただきましたので・・・
別に「最後」に紹介する必要もないので・・・もう・・書いておきますね。
私が紹介するのは、名前も知らないという意味で、誰の発言なのか、わからないのです。
養老猛氏の文章に・・こういうものがあったのです。
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四月のはじめに、八十歳を越えられた恩師を囲む会があった。
そこで恩師の口癖ともいえる、『人の心が分かる心を教養という』、という言葉にあらためて出合った。
教養は、ものを識ることとは関係ない。やっぱり人の心がわかる心というしかないのである。それがいわば日本流の教養の定義であろう。
自分だけの考え、自分だけの理屈、自分だけの感情、そんなものがあったところで、他人に理解され、共感されなければ、まったく意味を持たない。
心こそ人類が共有するものなのである。
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■教養とは『人の心が分かる心』である・・・でした。
ここには、辞書で必ずでてくる「知識」がないのです。そして、でてこない「心」があります。
人の心を理解するには、現実には、様々な「知識」が必要であることも・・・・理解できます。。
と、同時に「知識」なんて必要ないのではないか・・とも、思えます。
そして・・
これは、教養の「使い方」の話でもあるのでしょうね。
教養は、多くのとらえ方があります。
皆さんが書いてくれたように。
しかし、全部、正解なのです。
それぞれをネタにして、十分に、話が広がるものです。
『人の心が分かる心』は・・
やはり、教養を「どのように使う」ものとして「意識」するのか?
という、問いかけに思え・・・・
私は、そんな風に「考えたことがなかった」からですが。こころに残りました。
■みなさん
まだ・・
■教養とは『 』である
は、まだ、まだ、つづけております。
ぜひ、自分の、教養とは『 』である
を、教えて、ください。
どれも、とても、面白いものです。
■地域、時代さん
ご協力、ありがとうございます。
>私は 教養とは「あっても邪魔にならないもの」って感じかな。
地域、時代さんらしい、ですね~。今までで、一番、さっぱり?してますね。
社会的にイメージされると思われる「教養」には、特に、追いかけるほどの魅力を感じないし、必要も感じていないということでしょうかね?
多分、「常識」を重んじる・・「教養」は・・あればあったでいいのでは?
ということでしょうか。
>適性様がお書きになった「文章」の内容に近い事をイメージしました。
なるほど、こっちのイメージもあったのですね。
企業人さん・・・・そんな有名な方たちではありません。まあその周辺にいた人という事でご勘弁ください。
教養ある人というので思い出すのは・・・・・・・やはり旧制高校出身者ですね。彼らは文系、理系を問わず何でも良く知っているし独特の雰囲気があります。
司馬遼太郎が「坂の上の雲」を書いた時に海軍関係者に聞き取りをしたそうです。その時に「何とも言えぬ風韻がある」と評しましたが・・・・同じようなものを旧制高校出身者に感じました。
野坂昭如が旧制新潟高校、東大工学部出身で新潟県副知事をしていた実父の家に戻った時に・・・・・膨大な蔵書に圧倒されたそうです。
私の恩師も(囲碁とは別の人)東大物理出身なのにちょっとしたエッセイなど書くと英国詩人の一節などがさらさらっと出てくる方でした。
その方が言うには旧制高校は語学学校のようなものでネイティブもいて教室ではその言語しか話さなかったそうな。それにやはり旧制高校まで進めた階層はある意味貴族階級で親もそれなりの職業、教養の人物が多かったそうです。
帝大の定員とほぼ同数で選ばなければどこかの帝大には進めた(学科によっては事実上無試験)旧制高校生は大学受験勉強は最後の一年だけで良かったらしく最初の2年はひたすらバカ騒ぎや運動、ストーム、駄弁り、読書などができたとのことです。
教養はたっぷりした無駄な時間がなければ身につかない気がします。




































