女子美の中高大連携授業
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
居眠り生徒を拳骨で軽く殴って起こした程度
↑
これ、問題ないですか?
私は問題アリだと思いますけど。
大きな声で起こす。体を軽く揺すって起こす。または隣の席の子に起こすように言えば良い。
その後説教すれば良いのでは?
「暴力」で相手を納得させる事なんか「出来ない」。
暴力は一時的に相手の行動を制止するだけには有効だけど、その相手の「根本的な考え方を変化させる事」などナイ。
のではないかな?
私はそのように思うのですね。
以下、体験談を書かせて下さい。
議論はあくまで、家庭ではなく、学校における体罰ですよ。
適性さんなんかは、頭の中が完全にゴチャゴチャになって混乱しているけど、一般用語の「体罰」と、学校教育法が規定する「体罰」は同じではないのですね。
有形力の行使・・なんて言って、まるで法律が分かってるかのような見栄を張って、「体罰が認められることもある」的な発言をするから、「ああ・・適性さんは全然分かってないのね」と、みなさんが感じてしまうわけです。
適性さんがカッコをつけて、「有形力の行使」なんて言葉を使うのなら、それは当然、学校教育法が規定する体罰を前提としているのであって、「体罰は絶体禁止」ですよ。一般用語の体罰ではありません・・みなさんが不可解な印象をもつのは当たり前です。
■南無阿弥陀仏さん
>家庭がどのような認識であろうと肉体的苦痛を伴う懲罰行為は絶対にしてはならない。
そうですか。
>これを見る限り居眠り生徒を拳骨で軽く殴って起こした程度では肉体的苦痛には到底及ばず、体罰とは考えられない。
この場合の、程度 到底 ・・・ 誰が判断するのでしょうかね???
判決文では・・・
***************
本来、どのような方法・形態の懲戒を選ぶかは、平素から生徒に接してその性格、行状、長所・短所等を知り観察している教師に任せるのが相当であり、その決定したところが社会通念上著しく妥当を欠くと認められる場合を除いては、教師の自由裁量権によって決すべき事項である。
**************
となっていますから・・先生なんでしょうね。
適性さん
学校教育法が規定する体罰は、絶体禁止である・・しかるに、その体罰の解釈は、東京高裁判決では・・
・・このように説明しなきゃ、みなさんが混乱するわけです。
「有形力の行使」・・分かってないのに、言葉をオモチャに使ってはいけませんよ。
懲罰行為のうち、有形力の行使は肉体的苦痛を伴う体罰以外は裁判所も認めている。
生徒指導には有形力の行使がある程度必要なことがあるからだ。
学校教育において体罰はいかなる場合も禁じ、そのこと自体は妥当であるが、
一般的認識として体罰が文科省の見解でいうところの「肉体的苦痛を伴う」と必ず一致しているとは言い難い。
有形力を行使すればそれは体罰であると誤解される恐れはある。
しかし、それは体罰についての認識の幅が観念上異なるだけで、
裁判所も認めているように、ゲンコツの例のとおり、実質的に家庭でも考えの一致をみるのではないか。
笑
■無常感さん
>適性さんなんかは、頭の中が完全にゴチャゴチャ
>まるで法律が分かってるかのような見栄を張って
>適性さんがカッコをつけて
はいはい、いつものことですが・・・・・・根に持ってからな~。
どうせ、、こういうの「乱発」せずに、ここでは書けないのだろ???
だから・・無理なんだって。
ご自分は、頭の中は整理されていて、法律も完璧で、カッコつけない謙虚な人なのだろ? わかったよ。
■無常感さん
なんか、変わりましたか??
動機さんコメント
**********************
皆でわいわいやっている。時に議論は白熱したりじっと静かに聴き入ったり。なるほどと思ったり自分が今まで考えたことがなかった話が出たりで面白い。
さて・・・・・・・それを横目で見ていて自分も仲間に入りたくなった。自分は議論には負けないし教養もぴか一だと思っている。相手が何を言おうと如何様にでも言い返せる自信がある。
自分の弁論能力は誰にも負けない。ああ言えばこう言うは子供のころからの得意技だ。成るほど一同を煙に巻くが・・・・・よく見ると中身はない。それは自分の言いたいことがあるからではなくあくまで「他人を言いくるめること」に快感を覚えているからだ。
ある時は法律論を振りかざしある時は同調者の議論に乗り、相手の反論には論点をずらすか無視して・・・・・ともかく自説を延々と主張し続ける。
相手にしても時間の無駄なのでほとんどの人には相手にされていない。自分の論をどんどん展開して活発に議論を盛り上げればいいのに・・・・・「相手をやり込めること」しか考えていないのでどんどん対話相手がいなくなる。
自分のところの話題が白熱していないのでよそが気になって仕方がない。「この話題は自分ならここを論点にする」「ここはこう反論するところ。なぜ誰も言わないんだ。」「違う違う。こいつは頭が悪いな。」などと指をくわえて見ていが・・・・・・ついに飛び込んでしまった。
案の定、熱のこもったやり取りをしていた井戸端会議はぴたりと止まった。当然だろう。今までの経緯を無視して「知らん顔して」闖入してきたのだから。この一年を振り返れば・・・・・・・・・・・何が起こるか十分わかっているはずだ。
井戸端会議の参加者の一人と決定的に対立している者がやってくれば場は凍りつく。それくらいのことが分からぬ男なのか? 立派な学歴や自慢にしている教養で「人の気持ちを忖度する」ことができないのか?
「私は貴方とは同席したくない」という人がいるならなぜその気持ちをくんでやれない? そう思われた自分の未熟さや欠陥について想いを来すことはないのか?自分の振る舞いで嫌われたら・・・・・・・少しは何かを考えるのがインテリとしてのあるべき姿ではないのか?
私は本当に、本当に恥ずかしながら相当に悪い生徒だったんですね。
ここでも小中スケ番だった、と書いておりますが、本当に悪かった。
その私が「皆よりも頻繁に先生にど突かれて、殴られていたか??」と聞かれると、、、。
答えは「実は、私は 他の友達よりも先生達から暴力をふるわれていない」のですよ。
理由は
女だから?→これは関係なかったと思います。私を怖がっているような悪い女の子達は、私と一緒に怒られた時にボコボコ殴られていましたから。
私は「わかってんのか!」の言葉だけですよ。
なぜ、私が主導で悪い事をやったと誰が考えてもわかっているのに、私は殴られないのか?
たぶんね、先生も「相手を見てる」んですよ。
これは、私と仲の良かった男の番長にも言えた事。
なぜか、、私達2人には頻繁に手をあげる先生達ですら感情的に手を出す事はめったになかった。
これね、先生達も私達が怖いんですよ。
私達を怒らせると生徒が徒党を組んで自分に向かってくる。
ド不良だが、成績はビックリする位エエ。
何をしてくるかわからない。
つまりね、、、体罰を行う先生の方がそういった「強さ、弱さ」に敏感なんです。
逆に、くそ真面目な暴力を振るわない先生達の方が一律でしたね。
私も真面目な生徒も一緒に言葉で叱る。→その先生の言う事を聞く聞かないは別。
一生懸命、一律で叱る。
言葉で私を叱ってくる。
子供ながらに「ふ~ん。。。」と思っていましたよ。




































