在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
無常感さん
私とはなにか
公とななにか
ということを、学校で教わったことないですね。
大学で法律関係などを勉強していると
本腰をいれて考えそうですけれど。
私学に公的資金を投入するということを
違和感なく感じる現在の形を
普通に受け止めているということが
また不思議でもあります。
それがおかしいけれど成り行き上にあり
日本の現状として最適なんですよと
いったことも意見としてでてましたね。
私学を公立教育に変えるには、政府の思想が入り込みすぎて怖い
なんて話もありましが、
すでに公的資金が入っているのなら
同じだともいえますし。
弱点さん
ある程度落ち着いたら、きっといろんな地域で育って見たこと
感じたことは、+になると思ってなきゃ大変すぎて辛いところです。
顔面偏差値基準にしたりする先生もいますね。
男子だったり女子だったり先生の好みが大きく作用されます。
いつぐらいにわかるものなのだろうと。。
だいたい自分の成長してきたのを振り返ると中学ぐらいで親はわかっていたようなので
数学なんかは、中学の棒グラフみていたら一年生からずっとみてきたら
分かれてきてますね。苦手な生徒とそうでない生徒さん。。
芸術系ってそれが自分の職業だったら思いきることもできるんですけど。
まあ親が心配しなくても本人が選択して親を説得するくらいじゃなきゃ
だめですよね。。。。
さくらさん
大丈夫。
ずっと同じところより経験値が高い分プラスになりますよ。
>顔面偏差値基準にしたりする先生もいますね。
そこですか? そうか…。
悩ましいことですね。
お気に入りとか、そういうのはありますよね。
同じことをしても、あの子には絶対注意しないとか、
私も何回か聞かされました。
先生も人だからね…。
>まあ親が心配しなくても本人が選択して親を説得するくらいじゃなきゃ
>だめですよね。。。。
なるほど。
じゃ、そのときは説得してもらいます。
そういえば、カーネーションでも何度もそういう場面がありましたね。
あと1週間か…。
弱点さん
いえいえ、親に説得というのは自分に言い聞かせてるんです。
そういうことができなきゃ別にそれはそれだけの話だからというので。
カーネーション 夏木さんになって一度観たぐらいかな。
気持ちを切り替えようと思っているうちに時はたち。。
しかし、バイタリティのある方ですね。
それでは、今日はこの辺でおやすみなさ~い☆☆
今日は、珍しくノンアルコールなので、ちょっとだけ、辛口コメントで。
視点様
(医学部の試験に関して)
医者を目指す人が、必ず医学部に入れるというわけではなく、その場合は工学部や農学部、理学部などをバックアップとして目指すことになるわけですよね。
その際、医学部だけ、特殊な試験をするとなると高校生にとっては大きな負担ではないでしょうか。
医師国家試験で、そのあたりの技能は見たら良いのでは。
> さくらさんって、私と思考パターンが似てる気がするのですね。
文章が短いのも似てるし(笑)。
気が短いのも似ていますね(笑) ...すみません、突っ込み下手で。
無常感様
> 一貫性がある、軸がぶれない...
別の言い方をすれば、他人の意見に耳を貸さない、反省をしないということもいえませんか?
> 大学の講義で「分かる」ということにこだわっても、ほとんどの学生には無理だと。 じゃあ、意味が無いのか?・・というとそんなことはなくて、
分からなくても楽しむ・・それが大事、時間が経つとなんとなく分かってくるものらしい。
(勉強しなくても)、時間が経つとわかる科目って何ですか?
> 言葉には、「書き言葉」と「話し言葉」があるわけですね。まあ、普通は、聞き手が分かりやすいように、ほどよく2つを混在させながら書くことになります。
この辺り、同感です。
> そうそう・・いまの高学歴者はダメですよ。
批判する側より、批判される側に立ちたいです。
スループさま
日本語でも書いてください。
さくらさま
どうもありがとうございます。健康は第一ですよね。
> 極端に出来ない子がホームレスを襲撃する場合のほうがあるとも 考えられますが、そういう子は自分が実際二―トになる可能性も大ですね。
できる子や著名人、教育者が、悪いことをすると非常に目立つので、多いような気がしているのかもしれませんが、きちんと統計を取ってみると、そんなことはないのでは?
> 新興宗教にお酒を飲まないというのを訓戒にしているところがあるんですね。
お酒を飲まない、新興でないところから、怒られますよ。
> 東電は、電気料の告知をせずに勝手に値上げをしたとかで
東電の一般職員の方も必死にがんばっています。「高学歴者」「東電」「中受」...は、ダメとか、ひとくくりにするのはどうかなって思いませんか?
糞親父さま
> こんな会話をもっとしたいなー、と思うからです。
この会話は、どんどんした方が良いですよね。
地域、時代さま
地域、時代さまは、こっちの親父さんとあっちの親父さんのファンのようですね。ある点では、似てますからね。
弱点さま
> 私も他の兄弟に負けたくないと思っていたところがあります。
そういう比較じゃなく、やってもらいたいものです。
こんな贅沢は言いませんので、とにかくやってもらいたいものです。
ちょっと、休憩。
息子が1年ぶりに、昔やっていたスポーツの習い事に行ってきました。
当時、レギュラーだったときには、練習が辛くて、いつもやめたいといっていたので、受験でやめたときにはほっとしていました。(うちの家庭では、嫌だからやめるということは、許されないので。)
受験が終わっても、ずっと行くのをいやがっていたのですが、最後、きちんとみんなにやめる挨拶をしてきなさいといって、行かせました。
帰ってきて、開口一番、「すごく楽しかった。次もまた行こうかな。」と、中学校の部活もそれにするかもなどと言っています。
この辺、なんとなく、自発的学習のヒントになりそうなんだけど...もやっとしています。
>大学の講義で「分かる」ということにこだわっても、ほとんどの学生には無理だと。
じゃあ、意味が無いのか?・・というとそんなことはなくて、
分からなくても楽しむ・・それが大事、時間が経つとなんとなく分かってくるもの
らしい。
>(勉強しなくても)、時間が経つとわかる科目って何ですか?
横から失礼させていただきます。独り言として聞き流して下さい。
森毅の「分からなくても楽しむ」というのは「楽しむ」というのを文字通り解釈する
と実行は難しい。しかし少なくとも我々の世代は「分からない講義」を聴いた後珈琲
を飲みながら友人たちと「分かんねえよなあ」と批評する時間を楽しんだものである。
森毅のいうのはそういう意味である。講義された内容のほとんどは分からないままで
あってもそれは記憶の片隅に断片的に残っている。その断片が大切なのである。
最近の学生たちを見ているとそういうことが分かっているものがあまり多くない
ように感じる。
(勉強しなくても)時間が経つと分かることはあるかという問いであるが、それは確
かにあるのである。分かるというのは言い過ぎかもしれぬ。少しずつ分かってくるの
である。分からなかったことが棘として刺さっていることがその反応を引き起こすの
だ。あの先生の分からん講義を聴いたという経験とそのあとに飲んだ珈琲の記憶が
触媒となる。
実際学び直すとよく分かったということはあるものだ。
森毅の言っているのは「学び直すことが一生なくても」そういう経験が大袈裟に言う
と人生の知的営みにおいて大事であるということだ。価値観の問題かもしれぬが。
僭越ながらわたくし自身にもいくつか熱心に聴講したものの分からないまま(不完全
に取ったノートも紛失した)科目がある。それは目に見えて役に立ってはいないが
いろいろと楽しみのもとになっている。最近もそれを痛切に感じたことがあった。
汽船さん
>しかし少なくとも我々の世代は「分からない講義」を聴いた後珈琲
を飲みながら友人たちと「分かんねえよなあ」と批評する時間を楽しんだものである。
講義された内容のほとんどは分からないままであってもそれは記憶の片隅に断片的に残っている。
その断片が大切なのである。
素晴らしいご説明ですね。
そういえば、京大の近くは喫茶店だらけで・・「進々堂」、勉強喫茶で有名でした。
面白い考え方ですねさんが、疑問にお感じになった「科目」には限定されません。
すべての学問・・あるいは文化が、そうなんだろうと思います。
ぼやっとした知識、理解があって、そこから「見当をつける」・・ここに意味があって、
三談論法的に、全体の様子をつかんでしっかり理解する、ここにつながるらしいです。
(必ず、分かる とは限りませんせんが・・・)
汽船さんの おっしゃる「断片」・・ある日突然分かることの キー なんでしょうね。




































