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駅弁大學とは?

【2771771】
スレッド作成者: 蘭 (ID:p7cvTbyYt8o)
2012年 11月 25日 20:17

駅弁大学とは、第二次世界大戦後のGHQ指導下で行われた学制改革により、「一県一国立大学化」が実現され、各地方に国立新制大学が急増した状況を、ジャーナリストである大宅壮一が諷刺した語である。
一般的には、第二次大戦後に急増した、一流とは言えない無個性の地方国立大学をイメージするものとして使われる。

戦前のいわゆる旧制大学は、1877年にお雇い外国人により国際的学問水準を確保した旧制東京大学が東京に設立され、1886年の帝国大学令によって、旧制東京大学は唯一の総合大学である帝国大学となった。
この帝国大学令が根拠となって複数の学部(分科大学)を有する帝国大学だけが官立の大学として設置を許されることになり、その後、東京の組織を手本に京都帝国大学(1897年)、東北帝国大学(1907年)、九州帝国大学(1911年)、北海道帝国大学(1918年)、大阪帝国大学(1931年)、名古屋帝国大学(1939年)が各地に誕生した。なお、京都帝国大学の設立時に、東京の帝国大学は「東京帝国大学」と改称された。

敗戦直後のハイパーインフレ下という最悪の環境下で行われたため、大学新設は質的向上をもたらさず、結局全国の専門学校が一斉に看板を新制大学に架け替えるという「移行」にとどまった。特に、教員養成課程は戦前中等学校レベルである師範学校が母体となったため「二階級特進」などと揶揄された。

その結果、「国鉄の急行停車駅ごとに大学がある」と評されるほどに、全国各地で新制大学が急増し、ある程度の規模の都市にはどこでも国立大学があるような状態になった。大宅はこれを諷して「急行の止まる駅に駅弁有り、駅弁あるところに新制大学あり」と発言したとされる。かつての進学校生徒などが、「地元の駅弁を出て、でもしか教師になり、気楽な一生をすごすのさ」などと使うのが、典型的な用例であった。
なお大宅は特定の大学を指して「駅弁大学」と揶揄したことはない。

【2779081】 投稿者: 地方エリート   (ID:CPhBzZsYuAo)
投稿日時:2012年 12月 02日 12:03

やはり地方では国立大卒はステイタスです。
早慶より評価は高い。
それが旧帝クラスになるとへたすると「神童!」だ。

旧帝から県庁。
地元国立から教員か市役所勤務。

地方の勝ち組の構図です。

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