在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
生き残る中高一貫私立はどこか?
桐朋が今年東大現役一人だそうだ。駒東も東大が減少して大騒ぎしている。
少子化と公立の復活で今後中堅私立中高一貫校はますます大変になるだろう。
環境を買うのが私立受験の大きな理由と言っていたがやはり第一は進学実績(男子の場合)だっということが明らかになった。伝統だけでは駄目だと言うことだ。進学実績が下がれば凋落校と認定されてしまう。
今後、桐朋に続いて凋落する私立学校はどんどん増える。逆に内申がどうだ、教師の質がどうだ、公務員に子供を任せられないなどと言っていた私立親も日比谷や小石川、横浜翠嵐の実績を見れば考えを改めるかもしれない。
悠然と構えていられるのは昔からの名門校、麻布、武蔵、学習院、暁星、成城、成蹊などで高校入試をやっている開成は今後劇的に(日比谷に流れるので)東大合格者を減らすかも知れない。学芸大附属に続いて開成凋落も視野に入ってきた。あと5年もすれば東大100人を切るのではないか?
幾つもの国の人々と協業で成果を出す国際的プロジェクトでは、
そこに集う人々には与えられたポジションでの仕事を責任を持って全うする専門性が第一に求められるが、共通語英語でのコミュ力も必要。
様々な専門分野のネットワークが結びついて仕事を進める場合、英語での発信力、議論の場でのコミュ力の弱さはチームとしてのタスクのボトルネックに成り得る。この能力の無い者が広範囲の仕事を管理する要職に就くことは、まずない。
グローバルというのは、部屋の中で英語で仕事をすることにあらず、
多様な考え方と専門性を持つ多国籍人材と交流し協調しながら他者の考えや知見を己の思考に取り入れて、均質的人材での思考の枠を超える新しい価値を生むような機会のある環境をいうのではなかろうか?
日本では昔はインターナショナル校がそういう人材を輩出していたが、今は日本に就業する外国人家族の子供、及び日本人でも海外生活の長い帰国子女がかなり増え、そういう人材が日本国内でグローバル環境で教育を行う学校が不足している。日本でもニーズは増えているのだから、そういう人材を受け入れて特化した学校がニーズに応じて増えても良いと思う。
>で、欧米に追い付け、という段階はとっくに過ぎてるんだから、海外大への進学実績を競うなど、おかしな話です。
私が大学に入った頃は、海外大への進学なんて考える人は帰国子女やハーフくらいで、純ジャパには殆どいなかったと思います。海外大学院はありましたが。
学部については、むしろ東大の方が海外大よりレベルは上(ペーパーテストのレベルだけ見れば、圧倒的に東大の方が上なのは事実です)という認識だったと思います。
でも、今は、海外大が人気。
なぜか。
やっぱり、平成以降日本の経済が低迷して、日本の世界の中での地位が低くなり、再び「欧米に追い付き、追い越せ」になったからではないのでしょうか。
そりゃあ、英語は話せないより話せた方が良い。
しかしここでの論点は、10代から20代の学問にかける時間をどこに振り分けるか、になるんジャマイカ?
極論すれば、「英語Aクラス科学Cクラス」で世界に出るのと「英語Cクラス科学Aクラス」で世界に出るのじゃ、どっちが成功するのか。
これは圧倒的に後者でしょ。
そもそも「英語Aクラス科学Cクラス」なんて英語圏に山ほどいるんだから。
と、スレの流れもわからないまま書いてしまいましたとさ。
いやいや
そもそも英語ができなければ、その素晴らしい科学の能力を評価も認知もされない、ということですよ。これからのグローバル世界では。
移民の国アメリカでは、祖国では高度なエンジニアだったのに、(戦火を逃れるなどで)アメリカに行って、英語ができないために能力を活かした職にありつけず、タクシーの運転手などで食いつなぐ人もいます。
英語が普通にしゃべれない=どんなに優秀でも話も聞いてもらえない、という時代が来ると皆思っているから、海外大学目指したり、グローバルが流行っているわけでしょ。
実際、今の日本でも、外資系などで、一定の英語力がなければ他がどんなに優秀でも雇ってもらえない、とかありますよ。
一定の英語力(英検準1級から1級くらいかな?)は、これからの社会で下層に落ちないためのまずは必要条件でしょう。
極論ついでに言えば、科学者として一流ならば英語が喋れなくても通訳付ければいいじゃない?
この「科学者」というところは「経済学者」でも「政治家」でも「アスリート」が入ってもいい。
英語は後々でも身につけられるけれど、学問(あるいは別の何かでもいいけれど)を武器にする人間としてのセンスやら力量ってのは、そうそう後から身につけるのは難しいでしょ。
世界で戦うなら戦う武器を磨く方が先決で、英語は後でもいいんじゃないかな。
「英語学」や「英文学」がやりたいなら話は別だけど。
>実際、今の日本でも、外資系などで、一定の英語力がなければ他がどんなに優秀でも雇ってもらえない、とかありますよ。
何か得意があって英語が苦手なら、無理に外資系で働くこともないでしょ。自分のウリがわかっていない人特有の失敗例ですな。
「英語ができれば有利」なのは間違いないんですけど、ただ英語ができるだけじゃ、単なる英語のできる人でして。
麻雀で言えば英語はドラみたいなものかな。ドラだけじゃあ上がれないけど、ドラをもって上がると点が高くなる。
だからまず上がるための手役が必要で、これが平和(へいわじゃないよピンフだよ)なのか七対子(チートイツって読むのさ)なのか清一色(チンイツね。麻布の名物先生じゃないよ)なのか。
この手役を高めたり、あるいは完成に近づけるのが、中等教育の大きな役割だと思うんだ。
(今晩は麻雀をやったせいで、ちょっとそれっぽいところを混ぜてみました)




































