女子美の中高大連携授業
中学受験に大きな影響あり!地方創世って?
内閣官房の地方創世により教育が大きく歪められていると思います。
早稲田は2年間で合格者数半分に…。
本当に地方創世って教育を歪めるほどのスピードで行わないといけないものでしょうか?
東京都は2月に反対の緊急提言を出しましたが、本日の国会でも強行していくことを明言した政府。
教育の観点から合格者数を減らすならわかるけれど、「地方創世のため」で跡付けの理由というのはおかしいと思います。
中学受験はこれから早慶附属校を中心に、附属校の人気が大幅に高まるでしょうが、将来の日本にとって大きなマイナスとなると感じます。
国公立の獣医学部
・帯広畜産大学-北海道大学 共同獣医学部(40+40名)
・岩手大学-東京農工大学 共同獣医学部(30+35名)
・東京大学30名
・大阪府立大学40名
・岐阜大学-鳥取大学 共同獣医学部(30+35名)
・山口大学-鹿児島大学 共同獣医学部(30+30名)
・宮崎大学30名
私立大学の獣医学部
・酪農学園大学120名
・北里大学120名
・麻布大学120名
・日本大学120名
・日本獣医生命科学大学80名
・岡山理科大学140名
本日、神宮に「明治神宮野球大会」の観戦に出かけた。大勢の観客でにぎわっていた。むろん、東京六大学代表校である『法政大学』の応援にである。
ところが、結果は『環太平洋大学』に4対2で惜敗。完敗といえようか。実はこの大学、昨年も慶應に5対1で圧勝している。しかし、不勉強にも私はこの大学がどこに所在するのか知らなかった。ただ、吹奏楽関係で名前を耳にしたことがある程度だった。
そこで、あらためてHPを拝見したところ、こちらの野球部は甲子園出場がならなかった選手たちに、大学では『神宮』=全国大会を目指そう、と明確に目標設定していることが分かった。まさに、甲子園常連校の中心選手、高校日本代表、甲子園球児目白押しの「大学野球界の東大」こと、エリート軍団法政大学野球部の真逆にあるような立ち位置である。
また、試合中の彼らのプレーをみながら、私はふとこれは地方私立大学再生の成功例かもしれないと感じた。その他にも、たとえば岩手の『富士大学』なども日本代表クラスのプロ野球選手を数多く輩出する大学として知られる地方の雄である。今、行われている日米野球の柳田や菊池といった名選手も、そうした地方大学の出身者たちだ。
鳴り物入りで、華やかな東京六大学での野球を選んだ有名高校生選手たち。だが、その後大学では伸び悩み、学年が進むにつれて試合に出る機会が少なくなっていく。けっして、珍しいものではない。その逆に、有名大学からは声もかからず地方大学に進んだが、そこで良き指導者により才能が開花、憧れのプロの世界に入れたという選手は多かろう。もちろん、そうした地方大学が野球部関係に資源を集中していることは間違いあるまい。しかし、東京の有名私学に対抗するためにそれはやむを得ぬものかもしれない。
いずれにせよ、「地方再生」の参考になるヒントがそこに存在しているようにも思われる。たとえば「地味でも、ピカリと光るような存在」。かつて我々を魅了したラグビーの『新日鉄釜石』。あのような地域の誇りとなるような存在に、ご当地の大学が位置付けられるようになることは困難であろうか。
「じ○さん黙らせようと思って」とは、
君のご尊父の口をふさいでいったい何をしようというのかね。
しかも、自らはけんか腰で下郎のような聞くに堪えない言葉を吐き散らしながら、他人には「黙らせようと思って」とはいかなる了見であろうか。
そのような乱暴な物言いで以て、この私を脅迫でもしようというのかね。
そんなものなら、これまで幾度も本物の右翼や筋者らから受けていて屁でもない。お得意の過去ログ探しで確認してみなさい。詳しくそれらのいきさつを述べた経緯があるから。
せめて、下品で乱暴な物言いはやめるべきだ。
ここは、そうしたけんか腰のアウトローの場ではない。
The First Moderns: The Architects of the Eighteenth Century
Joseph Rykwert The MIT Press
でしょうか?
通読は私には荷が重いですが、図書館にはあるようなのでながめてみようと思います。どうもありがとうございました。
美術史美術館は2度行ったことありますが、建築に注意を払ったことはないですね。エントランスが豪華な大理石でクリムトの壁画があり、とても洒落たカフェがあったことはよく覚えています。
既存の建築パーツの組み合わせによるデザインが始められていたというのは大変興味深いですね。というのも美術史美術館の竣工が1872年で、ボルツマンがいわゆるボルツマンの関係式を発表したのが1877年なんです。今では信じられないことですが、当時は原子論を受け入れてる物理学者は少なかったそうで、ボルツマンはいわば要素還元主義の先駆けとも言える存在なんですね。最後は論争に疲れて自殺してしまう孤高の存在だったわけですが、同時代にそのような建築が生まれていたとすると、彼の独創もやはり社会的・歴史的文脈と無縁ではなかったのかと思わさせられます。
まぁ、私は物理も建築も素人なので戯言ご容赦願います。(^^;)
はい、それです。パラパラ眺めていても図版が豊富なので大意はつかめると思います。「専門家以外」は精読する必要はないですし、、、こういう分野の歴史家にもいろいろなスタイルがありますが、僕はリクワートは面白く読みました。
こういうのを読むと「教養」って大事だなとも思いますね。




































