在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
悠仁様の進路
夏休みのご様子が公開されて、健やかに成長されて
いらっしゃる様子を微笑ましく拝見致しました。
いよいよ来年は中学生になられますが、皆さんの
関心を集める進路についてのスレをまた立てます。
皇族限定そのとき限り
で思い出すのは日本百名山の一つ平ヶ岳に拓かれてた通称「皇太子ルート」。
百名山ハンターをやっていた皇太子(現天皇)、普通に登れば往復10時間以上かかる平ヶ岳に登りたいとのことで、臣下たちがせっせと原生林を切り開き、山頂の高層湿原を潰して新しい登山道を整備、往復6時間ぐらいだったか?
一応名目は林業振興ということになってたと聞くが未確認。
皇太子殿下平ヶ岳登頂後は、自然保護のためと言うことでルート閉鎖。
今回の話とは違う様相になりそうなところは、この皇太子ルートは、便利だと、通行禁止後も一般登山者が使いまくり、山頂の高層湿原がさらに荒れ果てたことか。
今はどうなっていることやら。
皇室という特権身分の存在が民主主義の平等の原則から外れることはやむを得ないでしょう。日本の民主主義はその内部に矛盾を内包しています。
それは、そもそも、依然として日本社会に色濃く残っている家制度が儒教的な家父長制を文化的な基礎にしているのとも符合しています。
それから、大企業とその下請けの関係、メインバンク制を中核にして株式の持ち合い制度によって結束が固められている企業グループの存在、さらにそれらを指導し統制している科挙に似た国家公務員試験に合格した者たちによって形成されている官僚組織など、欧米の資本主義には見られない特殊日本的な制度によって、本来の資本主義の原理からは外れた特殊日本的な資本主義が形成されていることはよく知られていることです。
つまり、市場の原理よりも統制経済の色合いが強い経済社会が作られている。
これらは儒教的な階層秩序を原型にしており、それ自体、民主主義の平等と公正の理念からは外れた原理によって成り立っています。
つまり、皇室は、日本社会の特殊性、民主主義からの逸脱を等身大に象徴しているということで意義があるのです。
皇室は、伝統と民主主義の相克から生じる矛盾を象徴的に乗り越えて解消する、すなわち、伝統を民主主義的に改変して民主主義と両立できる実体に変えていくための象徴的な手段としての意味があります。
つまり、皇室を変えていくことによって日本人とその文化を変えていけばよいのです。
皇室は日本を変えるための実に便利な装置なのです。
まあ、森嶋通夫先生の思想を基にしてざっとこんなビジョンを持っています。
因みに、私は森嶋通夫の著作は原典の英語版でしか読んでいませんので、とりあえず、最後の著作である『Japan at a deadlock』を読むことをお勧めしておきます。
どこが頓珍漢なのか、しっかりお答えください。
皇室は先人の知恵の結集
先祖の供養をすることで今の日本を思う心が培われる。
昭和天皇憎しで女系天皇まで持って生きたいジェンダーフリーが供養を放棄し個人主義で国を維持しようとしたら暴動が起きる。
皇族が減少した国の未来は暗雲が立ち込める。今令和 暗雲だらけで未来に展望が見えない。
>皇室を変えなくても、日本人は昔から変化し続けています。
と言うか、皇室自体が時代に合わせて変化しているのですね。
戦前の天皇制は、天皇を家父長の位置に据えることでナショナリズムを糾合しようとした極めて特殊な天皇制で、古来の天皇制とは一線を画しています。
私はむしろ、隋、唐との外交交渉の必要性から整備され形成されてきた八世紀ころの天皇制に立ち返るべきだという考えを持っています。
冠位十二階が設立され古事記や日本書紀が編纂された時期の天皇制です。
つまり、皇室は外交活動を通じて国益に寄与すべきという考えを持っています。




































