女子美の中高大連携授業
共学と男子校と後悔
共学と男子校と後悔について、知りたいと思います。
共学校と男子校について、、、
なんでも物事は、嫌だ、と思うことは共感されない…
よって、
1)男子校で後悔してる!人はどこの誰で何人いる?
反対に
2)共学校で後悔してる!人もどこの誰で何人いる?
を集計することとします。
ルールは、エデュ内の人数はカウント不可、ツイッター、インスタ、書籍、ブログ、新聞、ニュースなどネットで意思確認できるものとします。
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社会の声から、日本が進むべき道を探りませんか。
圧倒的な差があるとわかったなら、それはそれで意味あるでしょうね。
というか、そもそも男子校は2.5%しかいないので統計的には同じくらいの割合で後悔してる人がいるとして
共学で後悔してる人の方が18倍くらい多くないとおかしいんだけどね。
先日の筑駒文化祭での某クラスの生徒にとったアンケート、学校の良い点の一位が「男子校であること」でした。そこ?と思いましたけど。うちの夫(ほかの私服別学出身)、そりゃあダサい私服でも女子にチェックされない、ガリ勉でもオタクでも趣味に没頭ものびのび、中高生に男子校は自由気ままで最高だよ、と。当時もスポーツの大会で女子に応援されてる都立高とかを見て、共学いいよなズルイよなと口では言ってたけど、男子校も悪くはなかったとのこと。
夫はともかく、最高峰の共学でもどこでも選べる立場の子が別学を選んで満足している事実は大きいと思う。
人はなぜ後悔するか。
後悔とは自分がしてしまったことを後から悔やむことであるから、そこには「かつて何かをしでかしてしまった自分」と「もしそうしなかったならば現在あるであろう自分」がいる。
何かをしでかしてしまった自分は現実の自己である。もしそうしなかったならば実現していたかもしれない自分は仮想の自己である。後悔とは、現実の自己を過去という牢に閉じ込めつつ、仮想の自己という理想郷を現在ないし未来に見出そうとする企てである。人が過去の現実の自己を許すための免罪符として発行するのが後悔であると言ったら言いすぎであろうか。
人間は、悔恨を刻み込むために過去を発明し、その悔恨を払拭するための希望として未来を発明したそうである。
計算は間違ってないでしょうが、現実的にはちょっとずれてる印象です。
全男子中高生のうち2.5%が男子校に在籍しているとすると、ほとんどの男子中高生は共学に在籍していることになります。
つまり、ごくごく一部の男子校受験挫折者以外、彼らのほとんどは、男子校を選択肢として意識したことはないでしょう。
実際には学校生活が薔薇色でなくいろいろあっても、それを共学校のせいだ………なんて考えに結び付ける生徒は少ないと思いますよ。だって彼らにとって小中高通して共学だけが常態だから。
リアルにご自身が共学、特に公立(この層が最大数)の出身のかたは如何ですか?当時一度でもなにかで困ったとき「しまった!自分が男子校生ならこんなことにならなかったのでは?」などと真剣に後悔したことありましたか?
それでも男子校にいけばよかったと後悔するレベルなら、かなり深刻なレアケース。
例えば校内で洒落にならないほどの異性間トラブルの当事者になった、あるいは巻き込まれた、性的な被害にあった、とかね。
そこまでいかなくてもモテすぎて非常に鬱陶しい、その逆で非常にツラいとか?
でも、そんなことが原因で共学を後悔してる人が18倍もいたとしたら、共学って怖いところってことです。そんなわけないですよね?
それをみんな一緒に18倍はいないと…とは乱暴です。上記の点についてどう思って言ってるんですか?
某超難関男子校のOB講演会、有名人プレゼンターがこの学校で後悔したこととして、あったかもしれないモテ期を逃したと答えて全員爆笑。
麻布出身の同僚は「あんな男子ばかりムサい学校で6年間過ごすことないぞ、共学に行け行けって息子には行ったんだけどねえ・・・」と言いながらも、母校に入ってくれた息子が誇らしくてならないようで満面の笑み。
要は、半分自慢なんだよね。とくに高偏差値の別学出身者の場合。
でも、伝わらない人もいるんだよね。あ、私の上司(東大出身)は「東大なんか偏差値馬鹿ばかりで使えない」と言いつつ「俺たちが『大学』って呼ぶ時は東大のことだけなんだ」とも言っていた。その心理に似ている気がする。




































