在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
やはり正しかった??働き蜂の原理
蜂の集団を観察していた生物学者が次のような法則を発見しました。
働き蜂の集団のうち熱心に働く優等生は1〜2割。怠け者が1〜2割。
残りは普通。
このグループから、優等生だけを選び出して新しいグループを作ると、
優等生ぞろいのエリートグループになる、と思いきや、やはりよく働く蜂
は1〜2割。1〜2割は怠け者となってしまいました。
これを、「働き蜂の原理」と言いますが、このアナロジーが人間集団に対
して成立するかどうかは議論があります。(この掲示板でも以前に大論争
がありました。)
さて、日本一のマンモス校として知られるT学園は、早慶合格者数も日本
一を誇っていましたが、なんしろ人数が多いので合格率はあまり高くなか
ったのです。
そこで校長先生が「早慶に現役合格できるのは上位1〜2割くらいだから、
上位1割を抽出して別学校を作れば、早慶現役合格率100%の趙進学校が
誕生する!」と考えた(らしい)のです。
その結果がどうなったかというと、エリートを集めた新しい学校でもやはり
早慶現役合格は上位1〜2割くらいで、期待されたほどの良い結果ではありま
せんでした。
一方、成績上位層を抽出されてしまった元の学校は、合格実績が下がり、結局
両校のトータルの成績は昨年を下回ってしまいました(慶応合格者数日本一の
座も失いました。)
この種の「実験」の評価は大変難しいので、即断はできませんが、この結果を
見た限りでは、人間の集団にも「働き蜂の原理」はある程度適応できるのかも
知れません。
またまた面白い説
『商財、商材、商済、商罪』がでてきて、楽しくなりました。
ちょっとわからないですけど、
『働き蜂の原理』の応用編としてこんなことも考えられるのかな。
地球上の国々の役割。
個々として付き合えば
割合とお互いの属する国に対する偏見が無くなるものですが
いざ、国対国、という政治的な関係になると
そこにも『働き蜂の原理』、あるいは
から騒ぎさんのおっしゃるような◯財、◯材、◯済、◯罪、的なカテゴリ−分け
というか必然がうまれるのでしょうか。
(国の場合『◯済』っていうのはないかもしれないですが)
もしそうなると、『国家』というのも、生き物、
となると「難関校」という、生き物、さえいるような気さえしてきます。
コミュニティというのも
そこに属する人たちのエネルギ−が交わりあって
ひとつの、生き物、になっているのかもしれないですね。
そして、生き物、として集団をつくるうえで、
必然的に『働き蜂の原理』のような関係が生まれてくる…………
こういう考え方って、変ですかね。
クリエイテシブなエネルギーっていうのも
やはり、個と個の気のコラボでそこにナニカが生まれちゃってるのかもしれないですね。
ちょっと宇宙的になってきてしまったでしょうか。
こんな方向に発想していくのはスレ主さん的には想定内ですか?
スレ主です。皆様興味深いご投稿をありがとうございます。
広い意味の「働き蜂の原理」は学校や会社など社会のいろいろな分野で見られると
思います。
国家の集団などでも、ある程度この原理が見られるのではないでしょうか。
最近の例を挙げますと、サダム・フセインというのは冷酷な独裁者ですが、比較的
堅実な政治をやってきた人です。しかし、イランが革命で混乱し、またアメリカや
ソ連の影響力が低下すると、地域覇権を目指してクウェートを侵略するなど、冒険
主義に転換しました(その結果はご存知の通りですが)。
別の例を挙げますと、戦後の日本の経済成長は、財閥解体と戦争協力者の追放によ
って古い経営者が一掃されたこと、それによって新しい経営者(「三等重役」と呼
ばれで、揶揄されていた人々)が育ったことがひとつの要因と言われています。
環境に応じて良くも悪くも人(組織も)は変わる(正確には、隠れていた別の面が
顕われる)ということだと思います。
ただ、「良いとこ取り」をして、その部分だけ純粋培養しようとしても、それはな
かなかうまくいかない、というのが「働き蜂の原理」だと思います。
逆に、「駄目グループ」とレッテルを貼られた集団にも人材は見出せる可能性があ
るということも言えるのではないでしょうか。
印象派さんへ
日本の中学や高校で現在あるか、という御質問ですが、わかりません。
多かれ少なかれあるであろうと希望しますが、
それがどれほどであるかは良く分かりません。
クリエイティブなエネルギーが化学反応を起こす一定の条件があると思います。
生徒一人一人がかなり優秀である。この場合、優秀といのは必ずしも
ペーパーテストの偏差値とは限らない。
生徒一人一人が「個」であることを奨励されている。かなり変な奴がいる。
授業は双方向であり、活発なディスカッションがある。
プロジェクト等、自然発生的スタディグループのようなものがある。
多様な進路・価値観が認めらるだけでなく、奨励されている。
(東大一直線の子もいれば、ハーバードを目指す子もいる。
学歴なんかくだらんといっていきなり仕事を始めたりする子もいる。
中にはしばらく何もしないで流浪の旅に出たりする奴もいる。)
行事は学校からのおしきせでなく、生徒の企画、運営に任されている。
生徒同士のぶつかり、先生への反抗もあるが、学校は多少のトラブルでいちいち騒がない。
(先生方は結構肝が据わっている。小心者の先生は尊敬されない。)
最後に、一定の「混沌とした状態」があり、皆が自分の行く末に悩んでいる。
おもしろいスレがあるものなのですね。
あまり途中経過を読まずにいきなり書きます。
東大合格者数がとても多いKS中と、それに準じるKJ中があります。
入学時においてはKS中の最下位の人のほうがKJ中の最上位の人より学力が上です。
しかし6年たつと、KS中の下位のほうの25%よりKJ中の上位の25%のほうが学力が高くなる。
これも、働き蜂の原理の一種ですか?
原理かどうかわからないけど、周りの集団が優秀すぎると自信がなくなり、周りよりも自分が余裕をもって上位だと既をよくしてますます出来るようになるということは、絶対あると思います。
働き蜂の話は、いわゆる「20:40:20の法則」ですね。
組織や人材論でよく喩えられますが、結果としてそういう風に分かれてしまうと。
一方で「カマス理論」というのもあります。
カマスを水槽に入れると最初は餌を求めて元気良く動き回るんだけど、餌との間にガラスの仕切りを入れておくと、見えない壁(ガラス)に当たってその内動くのをやめてしまう(餌を追うのをあきらめてしまう)。そこに元気のいいカマスを1匹放り込んでそいつが元気良く動き回ると、また他のカマスが活性化する。実験するとこうなるそうです。
たとえレベルの低い学校でも、突然変異的に難関大学に合格者が出たりすると、急に活気付いてみなの実力が飛躍的に伸びることもあるでしょう。
スポーツでも一人すごいプレーヤーがいると、回りもそれに引っ張られたりする。
あるいは自分と同等か下だと思っていた仲間が急に伸びたりすると「俺も!」という風に思ったりする。
そういう刺激をいかに作れるかがカギじゃないでしょうか。
会社も学校も。




































