日大の学部訪問で広がる将来の選択肢
留学や行き過ぎた英語教育のメリットが良くわからない2
留学や行き過ぎた英語教育のメリットが良くわからない
のスレ続編
英語が大切だということは誰も異論はないと思うのですが、留学や行き過ぎた英語教育にどういったメリットがあるのか、さっぱりわかりません。
> 結局、出る杭を打ち、後進を前にいかせない、昔ながらの日本から脱却出来ていないのに
異文化を理解している、と。
主語が抜けていて、誰に何を言いたいのか、さっぱりわかりません。
そして出る杭とは何のこと?
このスレの趣旨と違ってきたね。
JICAで国際協力やりたいとか、明確な目的を持った人が徹底的に英語をやることはこのスレでも否定されてないから。
そうではなく、ごく普通に日本に住んで、エリートコースを歩んで裕福な生活を、という一般的なエデュの価値観において、「過度な英語教育」もっとはっきり言うと大学受験レベルを超えた英語教育が必要か、というのがこのスレのお題。
私は必要だと思うが、それを主張するためには普通の日本人にとっての必要性を語るべきで、JICAだとかアフリカで焼き鳥屋起業だとか特別なケースを持ち出すのは逆効果。
JICAに非帰国子女が大勢採用されていることからも分かるが、語学必須の職種ですら早期の英語教育はマストではないということ。
国内の裕福なご家庭が習い事の一環として幼児期から英語に触れさせているのは好きにやればいいのでは。
成人後からも急成長可能なのが語学学習のいいところ。
エデュでやたら英語重視する人は大昔の自分の苦労がトラウマになってるのでは?
これだと思います。
ambivalence
この障害は会話によって顕著に表れる場合もあります。
例えを下記に記載します。
・次々と話題が飛ぶ。
・話が脱線する。
・話の要点が絞れない。
・同じ事を何度も繰り返す。
また、上記の様な典型例に加え、自分の頭の中で思い浮かんだ言葉を、説明や前置きなく強引に話を持っていき、当人の話に周りが振り回される事もあります。
また、妄想(想像)での出来事と現実とが混乱して、会話にツジツマが合わなくなったりします。
客観的に観て完全に矛盾した論理であるにも拘らず当人はその矛盾に違和感を感じないという特徴もあります。
時間は無限にあるわけじゃない。何かに時間を使えば何かの時間が失われる。小学生時に英語を一生懸命やってそれに時間を費やし、中学受験で第一志望を落とした子もいる。
時間は有限だ。その上で。
東大に受かるなら、中高で好きなだけ英語をやればいい。そうでないなら、まずは大学受験東大合格を優先し、英語はその後でいい。東大に入った後で英語をやれば十分。
英語はあとから回収できる。中学受験や大学受験は一生でその時、しか、回収できない。
と、個人的には思います。
英語を軽視しているわけではありません。少なくとも東大に受かる程度の英語は身につけるわけですから。
JICA採用サイトのFAQには、
「語学力はどの程度必要ですか?」
→ 新卒については、選考時に一定水準の語学力を必須条件とはしていない、と明記されています。
入構後の目安としてTOEIC 800点(1年以内)、860点(3年以内)が示されています。
これは、早期の英語教育でなくとも射程圏内です。
だからJICAの例を挙げて、早期英語の必要を説くのはおかしいし、まして、海外で活躍したいなら早期英語は必須みたいな主張も穴だらけ。
話がとっ散らかっていて要領を得ないし、ただの変な人でしかない。
自分がやりたければやれば良いだけなのに、自分の意見が絶対的正解かのように言っているのも何だかなあ。






























