日大の学部訪問で広がる将来の選択肢
留学や行き過ぎた英語教育のメリットが良くわからない2
留学や行き過ぎた英語教育のメリットが良くわからない
のスレ続編
英語が大切だということは誰も異論はないと思うのですが、留学や行き過ぎた英語教育にどういったメリットがあるのか、さっぱりわかりません。
東大について、私は、
東大に青息吐息で必死でギリギリ合格するくらいなら、早慶附属で英語強化なり資格試験の早期準備なり、自分のやりたいことに時間を使う方が良いのではないか
というようなことを書きました。
東大がどんなところか、私なりに表現すると、
日本で一番、上下の学力差が大きい
大学側は中位以下の学生に冷たく、落ちこぼれを救済するような思考回路は教官側に無い
という感じです。
事実、東大後の人生航路には驚くべき広がりができる。青息吐息で入って、一息ついで気づいたらクラスメートははるか先を走っている、となると、辛い。
東大のメリットを感じるとすれば、学内上位、かな。
ちなみに、文系では慶應は商社、早稲田はマスコミ、理系では、早稲田は建築、土木(産業界密着分野限定)、慶應はインターネットや通信では東大に引けを取らないかと感じています。
>東大に青息吐息で必死でギリギリ合格するくらいなら、早慶附属で英語強化なり資格試験の早期準備なり、自分のやりたいことに時間を使う方が良いのではないか
というようなことを書きました。
それもひとつの戦略と思います。
>東大がどんなところか、私なりに表現すると、
日本で一番、上下の学力差が大きい
大学側は中位以下の学生に冷たく、落ちこぼれを救済するような思考回路は教官側に無い
成績イマイチでも大学を追い出されることはまずないならそのような対応をされても仕方ないかも。能無きものは去れというようは風潮の海外大学では最悪の選択をしてしまう人も毎年いるという話を聞くこともあります。
英語力増強、会話能力はそのうちの一部に過ぎません。
むしろ、読む力、書く力に大きく依存します。
どれだけの話題の広がりに耐えられるか。 私のことで恥ずかしくもあるのてすが、私はパーティで技術の話ばかりする、という陰口が聴こえてきて、こりゃまずい、と、乱読多読に走りました。
書く方。公式文書、例えば政府機関提出文書、契約書、MOU、提案書、大切な会議の議事録、論文など。アメリカの現地校でさえ、高校高学年のアドバンスクラスで、公式文書の書き方、というようなクラスがあります。それほど、甘くない。
私の場合は、適宜、英語の当該分野のアドバイザーに英文の添削を頼むことも多々ありました。私の実力はその程度で、アドバイザーを使える恵まれた会社でしたぎが、それでもしんどいことはしんどい。
これに比較すると、話す聞くは、後からでも何とかなるようにおもいます。そもそも、話される内容をナチュラルスピードで聞けないと会話になりませんから。そして日本人の場合、読めない内容は聞けないです。
ビジネスの現場では、パーティや雑談は全人格の値踏みの場、という緊張感は必要です。
>そして日本人の場合、読めない内容は聞けないです。
だから耳を残し、発音を残す早期教育が大切なのでしょう?
日本人の場合、聞くことさえ出来れば今の時代、高校、大学からでも語彙力を伸ばせばなんとでもなるのに。
いまは読み書きにしか活かせない。
>英語力増強、会話能力はそのうちの一部に過ぎません。
むしろ、読む力、書く力に大きく依存します。
全く同意です。読む、考える、そして書く力。ひとつの言語で育まれた認知能力、要は年齢相応の国語力の裏打ちがないにもかかわらず子どもの頭はスポンジのように柔らかいからと英語ビデオ漬けにしてしまうと、会話ペラペラになってもスポンジボブみたいになりそうです。
英語の音を聞き取り発音する重要性を否定する気はありません。
リスニングの能力には二通りあって、
1. 英語の音を聞き分ける力
2. 話される話題や内容を瞬時にりかいあする力
があると考えています。
上の1.は重要です。これはフォニックスなどで発音とペアで鍛えるのが理想。
しかし、多くの日本人は2.でつまずいています。
たとえばCNNのニュースは200-250wpmで読まれます。ニュースのスクリプトをこの速度で読み内容を理解できないと聞けるはずはない。十分な語彙力と、広範な内容に関するバックグラウンドが必要。
語彙力は必要な時に鍛えればよいというのはその通りかも知れませんが、そんなに簡単には語彙力はあがりません。目先の業務には対応する内容、せいぜい専門分野の周辺、でとどまることも多い。
私の経験から言うと、大学卒業や大学院修了時に英検2級程度の人は、その後ほとんど伸びません。準一級レベルの人をきたえて、はじめて専門周辺の対話ができるようになります。
英語ができるようになるのに、国語力による裏打ちって要るのかな?
今の日本の英語教育は、英語を日本語に訳すのがベースなので、国語力がベースとなっているけれど、他の多くの国はそうではなく、英語は英語として認識し、英語で考えるやり方になっている。
英語と日本語は言語として違いすぎるので、先に日本語をガチガチに固めるのは、英語力をつけるにはむしろ有害であるとすら思います。
>英語ができるようになるのに、国語力による裏打ちって要るのかな?
英語ができるイコールペラペラ話せる、または日常会話に困らないというならば特に要らないと思います。大学でもコミュニティカレッジレベルの大学留学や外国で日本語のできるちょっとした事務員や店員さんとして働くならばあまり必要ないかもしれないですね。
これに対してガチの交渉や大学院レベルが求められる場合は年齢相応の国語力を持ち合わせていないと勝負にならないかも。
>今の日本の英語教育は、英語を日本語に訳すのがベースなので、国語力がベースとなっているけれど、他の多くの国はそうではなく、英語は英語として認識し、英語で考えるやり方になっている。
そういう傾向がありますよね。
本来なら中2(英検3級あたり)から英和辞典より英英辞典や語源辞典を使うように、要は英語は英語で考えるようにするとよいとは思いますが、残念ながら学校(特に公立中学)ではそのことを教えてくれないことが多いと思います。上記のことを親が経験的に知っている家や英語に力を入れている一部の私立中学だけが実行しているのが現状と思います。
中受前にフォニックス式を経験していれば大学以降の発音矯正に役立ちますが、そのことを知る人は一部かもしれないですね。






























