日大の学部訪問で広がる将来の選択肢
留学や行き過ぎた英語教育のメリットが良くわからない2
留学や行き過ぎた英語教育のメリットが良くわからない
のスレ続編
英語が大切だということは誰も異論はないと思うのですが、留学や行き過ぎた英語教育にどういったメリットがあるのか、さっぱりわかりません。
私たちが子どもだったのは、もう何十年も前ですが。その頃から『これからは英語力がないと通用しない!』と言われていましたね?
で、そこから何十年。英語力の高い韓国は、英語力の低い日本に、ノーベル賞で負け続けて来ましたね?
つまり、数十年前の『これからは英語力がないと通用しない!』は、嘘だった、ということになりますよね?
少なくとも、ノーベル賞受賞で比較する限りは?
英語力は必要ですよ。東大に入れるだけの英語力は。
東大に入れないのに(早慶でもマーチでも同じこと)、英語力英語力言っても、英語力産業に踊らされているだけではないでしょうか?
ここでの論点は、研究者に限らず、仕事や国際的な活動で英語を使う必要性でしょう。
日韓のノーベル賞受賞数を比較しても、英語が必要という話が嘘だったとは言えません。
大学入試に合格できる英語力で、その後の仕事にも十分かどうかは別の問題です。
英語の重要性を述べることを「英語力産業に踊らされている」と結び付けるのも、飛躍があると思います。
東大に入ることは、日本において一流の大学に入ることで新卒時の就職がいくばくか有利になるという程度の意味はありません。
本当に大事なのは東大で何を学んだのか、なのですが、ここでは、東大卒という肩書き、ブランドを手にすること自体にしか関心がない方が多いですね。正直、東大卒から見ると笑ってしまいます。
日本は昭和時代と違って実力主義であり、東大に入ったら人生勝ち組なんて時代はとうに終わっています。
今、ノーベル賞を受賞している研究は日本はまだ英語とか言っていない時代のものではいですか?
それこそ都心で女子の大学進学がなんとか普通に世間から受け止められるようになった時代くらい昔の。
今は英語教育も全般的なものになり、時代はかわりました。女子も当たり前のように大学を選びますし、総合職就職をする時代です。今のノーベル賞はその変わる前の時代の功績ね。
結局、東大も英語力も、数多くあるスペックの一つでしかない。
問われるのは総合的な実力で、東大卒の肩書でもネイティブ並みの英語力でもない。
東大卒の肩書を過剰に有り難がるのが滑稽なのと同じで、ネイティブ並みの英語力とやらを過剰に有り難がるのも滑稽なんだよ。
なぜ気付かない?
研究の世界では英語は単なるツール。
研究者は日本育ちで早期英語教育など受けなくても、英語で論文を読み書きし学会発表し他国の研究者とネットワークを築いている。研究の世界では早期英語教育より、ある程度の地頭の良さや粘り強さの方がはるかに大切。






























