日大の学部訪問で広がる将来の選択肢
留学や行き過ぎた英語教育のメリットが良くわからない2
留学や行き過ぎた英語教育のメリットが良くわからない
のスレ続編
英語が大切だということは誰も異論はないと思うのですが、留学や行き過ぎた英語教育にどういったメリットがあるのか、さっぱりわかりません。
付け足し。現在の家庭を理解できていない昔の方々のために。
AI
専業主婦家庭が主流だった時代は、放課後から夕食までの間に「今日学校で何があったの?」「どうしてそう思ったの?」
と大人が根掘り葉掘り話を聞く時間的余裕がありました。子どもはその中で、自分の経験や感情を言葉で順序立てて説明する
トレーニング(抽象化・論理化)を無意識に大量に行っていました。
一方、夫婦共働きが当たり前となった現代では、両親ともに夕方以降に家事と育児を猛スピードでこなす必要があり、
家庭内の会話がどうしても以下のように変化します。
業務連絡型の会話:「宿題やった?」「早くお風呂入って」「明日の準備した?」
一問一答型の会話:「楽しかった?」「うん」「テストどうだった?」「普通」
こうした指示・確認中心の会話では、感情や事実の描写、理由の説明が発生しないため、日本語環境だけで育っていても
「考えを言語化する力(思考力)」を鍛える機会が不足しがちになります。
*************************
現在子育て中の方は参考に。
英語圏は経済成長率が高い。英語を使っているだけで有利な時代になっている。
英語が世界言語となり、英語が喋れないと国際的には通用しない時代になってしまった。
日本語だけで人生渡っていけた親世代とは違う。その認識がない残念な人が多いね。
私がセミリンガル問題を指摘しているのは、そういう一般的家庭の英語学習ではありません。一般家庭が週に何日か学校で英語やり、英語塾に何日か通う、という程度では、この問題は起こらないのではないかと考えます。
例えば、日本在住でも、インターは危ない。家庭の言語が日本語でも、日本語教育に相当に注意を払わないと、英語も日本語も不十分になる可能性があります。
イマージョン教育には相当に濃淡があるので、なんとも言えないかな。
私が目の当たりにしたのは中高生で、子供の親しかった友人が壊れていくのを見るのは辛かったです。
中国人が日本の中高の進学校に大挙して合格し日本語も問題なく進学できるのに、日本人は日本のインターナショナルスクールで英語が身につかないのは、やはりマジョリテイだからだろう。
中国人が日本語を駆使できるのは、漢字などそれほど日本語と変わらないので身につきやすいこともあるが、日本ではマイノリティだからこそ、日本語や日本の教育が身につくのだろう。
日本人が日本のインターナショナルスクールにいってもマジョリテイは日本人なので日本語でコミュニケーションできてしまう。これで家庭でも日本語なら身につかないのも無理はない。
優秀な帰国生は家庭で日本語でも海外でマイノリティなので英語でしかコミュニケーションできない環境にあるからだろう。
英語でしかコミュニケーションできない環境であることが英語の習得の動機にもなる。
日本人が日本で英語を修得しようと必死にならないのは困らないからだ。
日本人の英語能力は、世界123ヵ国中96位とほとんど英語が通じない国となっている。
外資系企業の投資割合も北朝鮮より低いのは様々な要因があるが、英語でコミュニケーションが成り立たない環境であることが最大の要因。
日本は日本人が圧倒的にマジョリテイであり、英語を学ばないと困る環境にないことが、日本人の英語能力が低い最大の要因。
途上国の場合、英語ができないとまともな職につくことができないことが多い。だから必死に英語を学ぶので、日本人よりはるかに英語能力が高い。
他方、日本人は英語能力が低くても、まともな職にありつくことができた。世界第2の経済大国、文化大国で多くの国の人が日本語を学ぼうとした。
しかし、もはや日本は国力が傾きかけており、英語ができないとまともな職にありつくことができなくなっていく。韓国では英語民間テストのスコアがないと大企業に入社できないので必死に英語を学ぶ。
韓国は日本の未来を暗示している。少子化で韓国並みに日本市場が小さくなれば英語ができないと話にならなくなる。
日本の大学は学部から英語授業とする勢いは加速していくだろう。
教職員が英語授業できるか、学生が学部から英語授業に対応できるか、というとなかなか難しいが、将来を見据えてできるところから実施していくしかないだろう。
東大Codや東北大ゲートウェイカレッジのように、留学生等を半数程度にした英語授業とするのは、日本人の非帰国生がマイノリティになる環境にするためでもある。
早稲田国際教養学部は留学生と帰国生でマジョリテイとなっており、非帰国生はマイノリティの立場になる。ここでマイノリティというのは、日本語が通じないという意味でのマイノリティになる。
マイノリティだから必死に学ぶ。結局、日本で英語授業とするには、日本の非帰国生がマイノリティとなる環境を創出する必要がある。
まったく日本語が通じない環境に身をおかないと人は必死に学ばない。
留学して日本語が通じない環境にいってはじめて必死になるように、日本の大学の学部からの英語授業もマイノリティの環境をつくり、必死に学ぶ環境にする必要がある。
中国人が優秀なのは、日本では日本語ができないと生活が大きく制限されるからでもある。マイノリティになって人ははじめて必死に学ぶ。






























