日大の学部訪問で広がる将来の選択肢
留学や行き過ぎた英語教育のメリットが良くわからない2
留学や行き過ぎた英語教育のメリットが良くわからない
のスレ続編
英語が大切だということは誰も異論はないと思うのですが、留学や行き過ぎた英語教育にどういったメリットがあるのか、さっぱりわかりません。
参考までに、慶應理工の英語レベルがおぼろげにわかる情報が大学公式サイトに公表されているので。慶應の他学部は、学生のレベル別の分布を示唆する資料が見つかりませんでした。
慶應は全学部、英語の講義実習をレベル別に分けて少人数クラス(25-30名)実施します。
理工のクラス分けは下記の通り。持っている英検などのスコアでなく、入学時実施のプレースメントテストでクラス分けです。
基礎 英検2級未満 1クラス
中級 英検2級程度 4クラス
中上級 準一級程度 4クラス
上級 一級程度 1クラス
この他に、英語Nativeレベルを対象にした最上級クラスがありますが、これは理工のみではなく他学部と合同てす。
ここからは感想
私の実感とほぼ合っている(少し甘い感じはする)ので、こんなものかと思います。
2級レベルは、半数とは言わないけれど相当数居る。
基礎クラスは塾高スポーツ推薦組かと一瞬思ったのですが、スポーツ推薦の人が忙しい理工に進学することは稀なので、それだけでは説明できないてすね。英語が極端にできなくてもそれ以外の科目で得点して合格する人が多少は居る、ということかな。
いずれにしても慶應理工入学後も英語をきっちり教育するプロクラムが用意されていることは良いことと思います。
>持っている英検などのスコアでなく、入学時実施のプレースメントテストでクラス分けです。
英語のプレースメントテスト、受けた人全員が真面目にやっているとは限らないかも。楽によい成績を取れたり、友だち同士同じクラスになれるよう少し調整することもあるみたいですよ(慶大ではないですが)。
Time for kidsは語彙数別ではありません。
レベル分けはGrades(アメリカの学年”)や、読解の難易度を表すLexile指数が基準です。
語彙数でなく語彙の質、つまりGradesが上がるにつれて文章が長くなり、使用語彙の難易度や抽象度が上がっていく仕組みです。
どういう認識なのか?本当にTime for kidsやってます?
ネイティブの子供向けで、日本の英検で言うと、3級〜準1級くらい。CEFRでA2–B2です。
なので、お爺様が孫に負けるということは、孫が凄いというよりも、お爺様の英語力が何十年もの滞在年数に比して低いということかと。
あまり皆さん興味ないかも知れないけれど。
アメリカでは年齢相応の図書をたくさん読ませる教育がされており、Lexile指数はそのために設定されたものです。どの本をどの学年で読むのが適当か、という目安。
また、これは必ずしもアメリカ人向けではなく広く英語学習者向けですが、Graded Readerという本が発刊されています。これは、古今の名作を易しく短く書き直したもので、概ねレベル0から6、レベル6で準一級程度です。
私はLexile 小説しか知らず、Timeのような報道系に設定されているとは知りませんでした。喜ばしいことです。
以下、個人的感想です。独り言ですのである方のみお読みください。
Lexile指数の設定は、極端に報道系を高く、小説を低く設定する傾向にあります。
たとえば、New York TimesはLexile指数1380で全ての文書の中の最難関レベルです。
これに対し、John GrishamのThe Pelican Briefは580で、小学校2-3年、英検にすると3級から準2級レベルとなってしまいます。
The Pelican Briefは、明解な英語で読みやすいのですが、れっきとした大人向けエンタメです。懸命の捜査にかかわらず迷宮入りしかけた最高裁判事暗殺事件の犯人や動機を正確に予測したレポートを書いてしまった法科大学院生の女性が、複数の正体不明の暗殺者に狙われ、逃亡しながら事件の解決をはかる、という、結構複雑なリーガルミステリーで、日本人の英検3級には読み通せるものではありません。
(ジュリア ロバーツ主演で映画化されました)
これが証拠に、Graded Readerがあり、レベル5、英検2級から準1級、相当に文章が単純化され、長さも1/7くらいになっています。
Time for kidsが語彙数別というびっくするような間違い投稿があったので、Lexile指数に触れましたが、更なる深掘りありがとうございます。
>Lexile指数の設定は、極端に報道系を高く、小説を低く設定する傾向にあります。
これは、Lexile指数の判定基準が、文の長さや単語の頻出度合いによる語彙の難易度だからではないでしょうか?
報道系と小説では、専門用語や難解な単語の頻出度合いは報道系の方が高くなります。
対して小説は、会話文が多かったり、専門用語よりも日常的な単語語が中心なので、Lexileが低く算出されてしまうような話を聞いたことがあります。
つまり、報道記事のほうがLexile指数が高いからといって、高度で知的水準が小説に勝るというわけでないのだと思います。
測定しやすい言語的特徴は評価されても、文学的な表現は数値に十分反映されないという、Lexile指標の限界といったところでしょうか。






























