将来の選択肢が広がる学部合同説明会
中高6年間は、あとから取り戻せない
もちろん、勉強に集中できる環境を最優先するなら、男子校・女子校という選択は十分にありだと思います。
ただ、中高という多感な時期に、異性と日常的に関わり、考え方や価値観の違いを知り、自然なコミュニケーションを学ぶ経験もあります。
「鉄緑会などの塾に行けば異性と出会える」という意見もあるでしょう。でも、私が言っているのは、単に異性と「出会う」ことではありません。
普段の授業、文化祭、クラブ活動、体育祭、修学旅行など、何気ない学校生活の中で、異性と一緒に考えたり、協力したり、時には意見がぶつかったりする。そうした日常の積み重ねこそが大切なのではないでしょうか。
大学や社会に出れば、異性と関わる機会はいくらでもあります。でも、「中高6年間を共学で過ごす」という経験だけは、後からやり直すことができません。
大学合格実績や偏差値だけでなく、
「この6年間で、どんな経験をしてほしいのか」
という視点でも、学校を選んであげてもいいのではと思う今日この頃です。
皆さんはどう思われますか?
コミュ力がある上位3割位はメリットもデメリットもあるでしょう。
それ以外のモブキャラは共学だと別学にはないリスクがある、ってだけですね。「何もしてなくても異性から敬遠される」、って人いませんか?多感な時期になかなかの刺激ですよね。別学だと平等に接してもらえますよ。
共学で楽しく過ごせるかどうかと、モテるかどうかは別の話だと思う。
共学では、異性のほとんどが恋愛対象ではない同級生や仲間です。
気が合えば友達になるし、そうでなければ普通の同級生として接する。
同性とそれほど変わらないと思います。
実際に親しくなる友達は、異性より同性の方が多いかもしれませんが。
グループワークや学校行事などで男女一緒に活動するので、特に社交的でなくても異性とコミュニケーションを取る機会は自然にあります。
「モテ要素が友人関係に含まれる」というのは、異性を恋愛対象として意識しすぎているように思います。
>「何もしてなくても異性から敬遠される」
共学だからといって、むやみやたらに異性に接近することもないし、敬遠されることもないです。子どもの頃から「分け隔てなく」(という理想論)を刷り込まれており、異性云々より「人として」相手をみるので、敬遠する行為は賞賛されないし、そもそも共学は敬遠できる環境にありませんから。
共学だから異性を敬遠しないというのは、飛躍しすぎと思います。
共学は単に異性と接する機会が日常的にある環境であって、異性を意識しない環境でも無ければ、異性を敬遠できない環境でもありません。
一方的に恋愛感情を抱く。
逆に抱かれたりして、それが嫌で敬遠したり。
相手を人として見ることと、異性として意識しないことも全く両立しません。うちの子はしょっちゅう「もう、男子はー」なんて言ってますし、説明会でも、男子の傾向、女子の傾向みたいな話に必ずなりませんか?
「分け隔てなく接しましょう」と教育されることも、家庭の問題では?共学だからその傾向が強い根拠はありますか?
「敬遠」の定義が違うのでしょうね。一方的に言い寄られるのでそれを避けるという意味での「敬遠」でしたら、それはあるでしょうけど…。たとえば、苦手な感じの異性(同性も同じですが)がいても、同じクラス、同じグループにいれば、もうしかたない(敬遠しようがない)わけですし、時間をかけて、観察し、考察することもできますから。「男子は~」「女子は~」とか、クラス内で「男子対女子」になったりもしますが、それは相互理解を深めるプロセスであり、性別で傾向がみられたとしても、でも個人差もあるよね、と修正することができます。ちなみに「分け隔てなく」を教わるのは小学校(&家庭)ですね。中高の教育はその土台の上にあります。
> 分け隔てなく接しましょう
確かに明示的に上記を教育したりされたりすることはないかもしれないですね。環境として男女が揃ってるくらいの感覚の気がしますが、その辺りのことをおっしゃってるのかと推測です。
個人的には、女子が体調が悪い時の友人のフォローの仕方等、何気ない日常において、男女の違いを学ぶことができるのが、共学ならではかもしれません。






























