アートの才能を伸ばす女子教育
東大20名!改革の必要性あり?なし?
大学通信にて判明。
何が今の武蔵に足りないか?考えましょう。
当たり前のこと。
東大合格者がほしいなら東大に入る力のある子をいっぱい入れるしかない。
今の武蔵は広い庭と好きなことができるという風潮だけで、実力は伴わない子たちが来てるから上位20人くらいしか東大には行けない。
80人東大に行ってた頃は、実力的には120人は東大に行ける連中が来てた。もちろんそのうち30人は京大に行っただけだが。
私はそうは思いません。
東大入るくらいなら、中学受験で武蔵に入れる子なら大多数が、努力次第でチャンスはあると思う。
それに、東大合格への学力や意識の高い子に入ってもらうためには、東大合格者を増やすしかない。結局、学校と生徒を良くしていくしかない。
>東大入るくらいなら、中学受験で武蔵に入れる子なら大多数が、努力次第でチャンスはあると思う。
英検のような資格試験であれば、絶対評価なので可能性はあるでしょう。
しかし、相対評価で、定員が決まっている大学受験では、今の時点で合格できないレベルの子が合格するためには、どこかの誰かを蹴落とす必要があります。
そして、中学校受験をして上位の学校に行った子たちは、皆大学受験を目指して努力する子が多いので、その中で上に行くのは簡単なことではありません。
小学校時代の成績が大事、というのはそういうことです。
例えば開成などの上位の生徒にとっては、スタートラインが少し先にある感じになります。
スタートした段階で若干先に行っている子に追いついて、追い抜くことは、「努力すればチャンスがある」などという、ふんわりした考えでは難しいでしょう。
^全く同感です。広いグランド、自由で束縛のない学生生活、カリキュラムを度外視し興味を追求する教育はものすごく魅力的ですが、本来中高で学ぶべきことが消化出来ず、相対的な立ち位置を見失なってしまうのでしょう。
中高で学ぶべき基礎学力をしっかり身につけさせようとする浅野や巣鴨は、自由さに欠け好きなことが出来ないと言われがちですが、長い目でみるとこちらが正しいような気がします。
入口の学力は実績を上げていかないと解決できない問題。
では実績を上げるにはだが、教養主義が問題のような意見もあるが、あれはあれで2次まで行けばその効果は出ているように見受けられる。問題なのは、センターで失敗するケースが多すぎ、学校からもそういったアドバイスを受けているようだ。
しかしながら、カリキュラムとしてセンターに対する体系的な対策を行うわけではなく、一方で比較対象が武蔵の周りの生徒ということで、実際の立ち位置が全く把握できないまま高3生となり、2次対策もやりながらのセンター対策ということで準備不足のままセンターに臨み、失敗するというのが毎年繰り返される。
授業のカリキュラムは手厚くなくても良いが、高1、高2のあたりからセンターレベル模試などを学校として定期的に受験させ、立ち位置をしっかりと把握させること、さらに自分の目指す大学でのセンターの目標を1年前には各生徒に考えさせるぐらいの進路指導は必要。





























